五話目 一章目 終わり
唐突のお茶会(スイーツ食べ放題にて)が終わり、優貴と夏目とは別れ三莉と二人だけになった。
先ほどまでの騒がしさがなくなり、戻った静けさが二人の居心地の良さを表していた。
「ようやく、落ち着けたね」
「はい。さっきのはさっきので楽しかったですけどね」
笑う三莉に、小さく頷いた。
楽しかった。そう、確かに楽しかったのだ。
埋まるはずの心は埋まらず、笑えるはずの心は笑えず、足りない状態での、足りない時間。
そう。俺は物足りないんだ。
「ねぇ三莉さん。俺の隣、歩いてもらってもいい?」
「え? はい、いいですけど」
若干歩速を速めた三莉が、まるで俺の視界に滑り込むようにして入ってくる。
身長が俺よりも小さいために見上げてくるという形になるが、隣にいるという幸福感。
でも、足りない。
「ごめん、ちょっとわがまましていい?」
「はい? いいですよ。まぁ物にもよりますけど」
まるで警戒心の無い顔で見上げてくる三莉を他所に、俺の手は自然と伸びていき。
いつしか手は触れ合っていた。
「あっ……」
驚いたように声を上げるか、拒む様子のないことを確認すると、触れ合っていた手を握る。
小さく、やわらかく、すべすべで、女の子だと意識させるような華奢な手。
若干の興奮と、隠し切れない支配欲が垣間見えていた。
「……別にこれくらいのことなら、言ってくれればしましたよ」
「あれ? 俺ってそんな好感度上げてたっけ?」
「ここはギャルゲーじゃないですよ。それに嫌いじゃないですもん。少なからずいい人だなぁって思えるくらいは」
「あれ? いい人止まり? もしかしてほんとに好感度たりない?」
「ですからっていうのはやめますけど……。それくらいは好きにやっていればいいんじゃないんですか?」
「そっか。好きにやらせてくれるんだ。だったら、さ」
「またですか? まぁ聞くだけならいくらでも聞きますよ」
飽きたと言わんばかりの口調だが、やめることはない。
握る手からまるで期待でもしているかのように力が強くなるのだから。
こんなもの、止められるはずがないだろう。
「今度はさ。どこかにお遊びに行こう、俺たち二人だけでさ」
「……二人だけで遊びにですか?」
「そう。デートをしよう」
「……」
はっきりと言い切った後には、詰まるように返答が来ない。
そして気づかされる恥ずかしさに、俺は頬を赤らめた。
「ででで……デート、ですか?」
「人が恥ずかしくなってきたこのタイミングで追い打ちみたいなこと止めない? ちょっと恥ずかしいんだけど」
「あっ、すみませって、あなたが言い出したことでしょうっ!」
「ははっ、ごめん、ちょっとした冗談。それでこっからは本気」
「さっきまでのは冗談だったですね」
落胆したような声と共に、掠れたような笑顔。
そして、陰った視界。
気付けば短いトンネルのような|陸橋下≪りっきょうした≫まで来ていた。
「ごめん」
そう一言謝り、三莉を壁まで追いやった。
あまり痛くはしないようにそっと肩を押すだけだが、女性にとってはそれだけで驚愕だったのだろう。
驚いた顔をして、目の瞳孔がいつもよりも開いていた。
「やっぱり嘘。本当はデート、したい」
「あの。それって……っ」
三莉が息を飲んだ。
きっと今までにも類を見ないほどの真剣さが、そこにあったからだろう。
真っすぐに見つめることもそうだが、これほどまで緊張することも初めてだ。
緊張して、怖くて、今にでも「嘘だよ」の一言で済ませて逃げたい。
けれども。
確かにみんなで遊んでいた時よりも充実している心が、そこにあるから。
「二人で行きたい。君が誘ってくれたみたいに、俺が誘うから」
だからっ。
これが人生初のデートのお誘いになると思うから。
――答えてほしい。
この思いに。
「次は俺が君を笑顔にさせるからっ。だから俺と――」
――デートをしてくれませんか。
「……新城君から、誘ってくれるって信じていましたっ」
微笑んでくれた。
暗がりのせいで顔の細部まで見ることは叶わないが、その声色から、今三莉がどんな顔をしているのかは容易に想像できた。
「もしも誘ってくれなかったら、また私が誘おうと思っていましたけどね」
「そ、それじゃぁ……っ」
「それと。あまり女の子をこんなかっこで拘束紛いなことをするのは、どうかと思いますけどねぇ」
「うっ、それは、まぁ……」
言われて気づけたが、やはりこのかっこは自分で見てもかなり危ない絵だとわかる。
小柄な少女を男が壁に追いやって逃げ道を塞いでいるのだから。
「もし、このまま壁ドンとかしたらどうする?」
……あれ? 俺何言ってんだろ。
「……何言ってるんですか?」
ほんとだよ、本当だけど言わんでくれよそこは。
「でも。もしされたとしたら驚くだけで止まりそうですね」
「それだけ? 叫んだりしないんだ」
意外な返しに唖然とした様子に三莉も「心外ですね」と怒ったような顔をした。
「さっきも言いましたけど、私はあなたのことは結構好きって言ったじゃないですか」
「……なんで女子はそういうことをすんなりと言えるのかわかんないわ」
「それだったら男の人もそんな感じのことしょっちゅう言ってきますよ?」
「え? マジで?」
「例えばずっとこの距離感で顔を直視していること自体ですかね」
「……あのぉ。これで、これくらいで大丈夫です、か?」
すり足で一瞬で距離を開けると、顔色を窺った。
さきほどからも怒ったような雰囲気はなかったが、それでも言ってくるというあたり気にはしていたのだろう。
「大丈夫です。それじゃあ目の前の障害物がなくなったところで、帰りましょうか」
「あの、ほんとスンマセン。だから嫌味やめてくれません?」
突然の口攻撃に飛び出たのは、高速の平謝りだった。
うん、虚しい限りだ。
「嘘ですよっ。ほら、もう帰るんでしょう?」
そう言って差し出してくる手に、俺は首を傾げた。
「俺さっきのでお金使ったから、あんまり払えないよ?」
「私レンタル彼女じゃないですからね? というか、元はあなたから手を握りたいって言ってきたんでしょう」
「……っあ、そっか」
「まったく。ほら、隣に歩く女の子の手は、手を繋ぎたそうに彷徨っていますよー」
ほらほらー、と見せびらかすようにふらふらと揺らす細腕に、自然と手は伸びていった。
「俺も丁度左腕が空いていたところだったからな」
丁度よかった。
なんてキザなセリフで、手を握り直した。
本当は良い所によいしょを重ねた結果なんだけども。
「やっぱり、隣にいる方がしっくりくるわ」
「それは、私が小っちゃいって言いたいんですか?」
「えぇ、なんでそうなるんでしょうかねぇ」
「ふふっ、ちょっとした冗談ですよっ」
陸橋を潜る前よりも、明らかに近くなった距離感で、俺たちは帰路に着いた。