四話目
「優貴はさ、あの子のこと狙ってんの?」
「あの子って?」
「……そんな反応するってことは、狙ってるってことでいいの?」
「やめてくれよ。確かにかわいい子だけど、出会いたての子に唾をつけたいと思うほど恋に盲目じゃない」
掠れた笑みで夏目をあやす優貴に、どこか疲労が感じられる。
そんな表情で見つめられた夏目は、敵わないと言わんばかりに目を逸らして俯く。
明るい場所のはずなのに、暗く感じる。
いや、暗いんじゃないんだ。きっと互い同士が眩しく見えるんだろう。
「ほら、食べないの?」
スイーツの乗るトレーを指で滑らせて夏目の元に寄せた。
「ありがと」
それだけを返せば、適当な手つきでトレーに手を伸ばし。
隙と言わんばかりに、夏目が取ろうとしていたスイーツを奪い去った。
あっけのない光景に夏目は若干反応に遅れてから優貴を見て睨みつける。
だが、その刹那に夏目の顔は赤に染まる。
「あーん、してあげるよ」
イタズラと言わんばかりに笑みを浮かべる優貴の指先はスイーツが摘ままれ、夏目の口へと向けられていた。
「きゅ、急に何よっ」
「んーっと。拗ねてるのがかわいいって思ったから、じゃだめ?」
「かっ、可愛いって! 何言うのよ!」
うわーっ! という擬音が似合うようなほど可愛く暴れる姿に優貴は慌てて手を遠ざけた。
「危ないって。それにあーんは今までもちょくちょくやってたと思うよ?」
「それはやってたけどさ! 今みたいな雰囲気ってのは、始めて……じゃん?」
「なんかじれったいなぁ。どうなの? されたいの? されたくないの?」
急かすような態度に、夏目は成すすべもなく縮こまる。
「ほら。嫌なの?」
優貴からのその言葉に、観念したように口を開いた。
「あ、あーん……」
素直に従う姿に、明るく晴らした顔で摘まんだスイーツを夏目の口へと運ぶ。
「んっ。おいしい」
「そっか。ならもう一個行っとく?」
「……いい。大丈夫」
怒った顔で優貴を妬むような眼で見つめる。
相応の恥ずかしさだったのだが、行為の終わった今でさえも顔はほんのり赤く、湿った汗が消えない。
「ほんとに男子はそういうこと普通にやってくるよね」
「普通にって。俺普段こんなことやってたっけ?」
「やってたっけって。いつもやってくるでしょ……まぁ? 他の人にやってるところはあまり見ないけど」
「ならやってないじゃん」
「……はいはい、わかりました~」
欲しがりのようにあーんを期待する眼差しと指先を向けてくる優貴を無視し、もうっ、と唇を尖らせ、摘まんだケーキを、自らの口に放り込んだ。
*
俺たちがテーブルに戻った後、場の雰囲気は微妙なものになっていた。
「なぁ。俺と離れた後に何があったの? もしかしてタイムなスリップの旅行でもしてきた?」
「なんでだよっ。ただ羨ましいって思っただけだよ」
「羨ましい? 誰がさ」
肩を竦めれば、呆れたような視線が斜め前から刺さる。
「あのお二人さん? なんでこっちを凝視するの? 透視するくらいだったら俺退くよ?」
「はぁ。俺たちは、新城と卯月ちゃんの仲が羨ましくてつい自分と重ねたってわけだよ」
「ふーん。だってよ」
「……あの、まるで理解せずにそのまま私に丸投げするの、良くないって思いませんか?」
軽くため息をつけば、マカロンを一つ、頬張った。
「少なくとも、私たちは故意としてこういう関係になったわけじゃないですから」
「ほー。それじゃあ今の関係は運命によってっていうわけか。すごいじゃないか新城」
「そんな大層なものじゃないよ。それをいうなら幼馴染の方が運命だろ」
「それもそっか」
納得いった表情でプリッツを齧る。
その横では夏目と三莉が仲良く話しており、どこか居心地の悪さが感じれる。
疎外されているわけでもないのに、疎外されているような感じがして。
「……満足できてないのかな」
「なんか言ったか?」
「いいや。運命だったらもう少しまともであってくれっていう愚痴だよ」
「哲学か? 急に変な奴だな」
「おいおい、失礼極まりない奴だな」
笑ってくる優貴に、「マカロン美味しいですね」という三莉に、「食ってみるか?」とスイーツを差し出してくる夏目。
どうしてか、それだけの変な悲しみが紛れた。
……そんな気がした。
ちょっと短いけど、ご了承を