三話目
「おわ、ったぁ……ぁ」
「……真後ろで急に死に損ないな声がしたのですけれど」
反応をしてきた三莉の言葉の通り、俺は今日一日の授業で完全に集中力を使い切ったように机につっぷしていたのだ。
「だってさ、この学校めっちゃ疲れない?」
「まぁ内容がすごい濃いですからね」
「まじでそれだよ。もう疲れすぎて頭が回んないよ」
そういうと、遊ぶように俺は机に体を伏したまま両手を伸ばして低くう唸りながらゴロゴロと左右に揺れた。
「つーかーれーたーよー」
「えぇ? それ私に言われてもってところなんですけど……っと、そういえば」
思い出したように三莉が鞄に手を伸ばせば、探るようなそぶりの後に、一枚のビラを取り出した。
「疲れて頭が回らないのだったら、ここに行ってみませんか?」
「えーっと」
そのビラを受け取ってみれば、カップル限定が入店条件のスイーツ食べ放題店だ。
「これを見せたってことは、まさか俺に一緒に行ってほしいということでいいんです?」
「え? はい。だってこれ、男女のペアじゃ入れないらしいので」
「……そーゆーことでしたか」
ビラを片手に深くため息をこぼした。
確かにビラの目立たないようなところにしっかりと男女ペア限定コースと書かれてあり、通常の食べ放題よりもいくらか安くなっていた。
「これならあんまり高くないですし、休息を得るためには最適だと思いませんか?」
「そ、そう、なのか……?」
甘いものは密かに楽しむといとう男のスタイルを突き通している俺からすれば、反応の困るようなものだ。
そんな俺でも、今のように前のめりな勢いで話してくる三莉の反応を窺えば、それがとても嬉しいということぐらいは俺でもわかる。
「そうなんです! で、ですから、あの……ご一緒にいかが、ですか?」
「スイーツ店、かぁ……」
三莉の強請るようなかわいらしい顔に悶えるということもあるのだが、それ以上に男がこういう店に行くことや、ましてや三莉と行くというところに問題があるわけでしてね。
「やっぱり、放課後は忙しいですか?」
「忙しいってわけじゃないんだけどな……」
確かに忙しいような用事はなく、学校が終わっても家に帰ってアニメやラノベを見ることぐらいしかやることがないことで予定的な意味では拒否することはないのだが。
「ならっ、ならっ!」
「おうおう、ちょっとは落ち着いてくれよな」
行きましょうよっ、としつこく迫ってくる三莉を無理矢理にも突き放す。
「あのなぁ三莉さん。女の子でかわいい君が、俺みたいな冴えない男にここまで食い掛ったり、放課後にどこかに誘ったりなんてしたら、ただの寄り道っていうことじゃ済まなくなるよ」
「……どうしてです? というか、本人を目の前にしてかわいいとか言ってくれるんですね」
「まぁね。もしも俺が優貴みたいにかっこよければただ遊びに行くってことで済ませられるだろうけど、それが俺のような冴えないやつだったら、ただ遊んでるじゃなくて何か裏があるんじゃないかとか勘繰られるの。自分で言ってて悲しくなるからもうやめない?」
「だったら新城さんが一緒に行くって言ってくれるまでやめませんっ」
うわー、優しそうな顔して結構エグいこというような子なんだなこの子。
今まで見たことがないほどの破顔ぷりを見せてくる三莉だが、その顔の裏ではそんな鬼畜なことを考えていると思うと、すべてが台無しになる気がする。
「じゃあさぁ逆に聞くけど、三莉さんは俺と一緒に行って噂とかされても別に構わないってことになるんだよ?」
「ま、まぁ……。はい、スイーツのためならば」
「やめてっ! そんな我慢してまで食べに行こうとしないでぇ!!」
「だが断りますっ! 私はそれだけこのスイーツ店に行きたいってことなのですよ!」
「別にそれだったら俺じゃなくても優貴とかと一緒に行けばいいじゃん」
「えー……」
「うっわなにそのいやそうな顔」
まるで苦虫を奥歯で磨り潰しながらまるで吐き出してきそうな顔でこちらを見てくる。
確かに三莉と優貴の中は良くはないが、それでもここまでの反応をされるとは思いもしなかった。
「あんな男と二人で遊ぶに行った暁には気が気じゃなくて胃に穴が開きますよ!」
「だったら別の男子とかにも――」
「それができないから私は新城さんに頼んでるんですよっ」
「俺だけしか行く当てがないから渋々ってわけですか……」
「そうです。でも、新城さんとは一緒に遊んでみたいって思っていたので、丁度良いというわけですよ!」
私頭いいでしょと言いたげな笑顔に、肩を落としてため息を吐いた。
落とすだけ落としておいて、突然と同じラインまで引き上げてくる。
ため息をつけばいいのか感嘆を述べればいいのか、まるで分らなくなってしまう。
俺じゃなくてもいいのに、俺でもよくて、俺がよくって。
本当にこの子はよくわからないままにペースを崩しかかってくる。
こんなんじゃ我慢なんてできるわけないじゃないか。
「そんなに一緒に行きたいならさ、俺と一緒に行きたいって言ってみてよ」
「え? それだけでいいんですか?」
「むしろそれがいいんだ、俺には」
「わかり、ました……」
考えるように、それでいて閃かずに浮かない表情のまま口を開く。
意味を理解できていないままではあるが、それでも三莉は顔に微笑みを浮かべていた。
「新城さん。私は誰でもなく他でもない、そんな新城さんと一緒に行きたいんですっ」
「うっほ」
かわいらしく、そして意地らしく強請って来る姿に思わず変な声が漏れる。
だって涙目に上目遣いをされたら男の俺には何ができようか。
「それじゃあ、これから一緒にここに行ってくれるんですよね?」
「うん、男に二言はないからね!」
かっこつけるように親指を立てて見せれば、嬉しそうにその指に飛び込んでくる。
「それじゃあ早速行きましょう!」
「ちょっとは俺もワクワクしてきたしなっ」
「それって、さっきので興奮しただけじゃないですか? 変態さん」
「……」
「ふふっ。来ないなら置いていきますよー!」
今のハツラツとした明るさの裏に、先ほどの裏があると感じただけで背筋が凍える。
悪戯な口元に、小悪魔的な目に。
なりより清楚な三莉からは想像すらできないほどのビッチな声色で。
本当に背筋がゾクゾクしてきやがるぜ!
*
放課後のホームルームが終わったタイミングに、その時は向こうからやってきた。
「放課後になったので、さっそく行ってみましょう!」
「おうおう、突然だな」
ホームルームが終えて背伸びをしようとしたすぐに、勢いよく振り返ってきて俺の肩を掴んできた。
その姿からは授業を受けていた時のような凛々しさは一切見受けられず、本当に年ごろの女子と見れる。
「こうしてみれば普通に可愛いのに、なんでだろうな」
「可愛いって言ってくれたことは嬉しいですけど、何か含みがあるような言い方はあまり気に入らないんですけど」
「はいはい拗ねない拗ねない。ほら、ケーキとかでも食べに行くんでしょ?」
「行きます、けど……」
最低限のもを鞄に詰め込んで席を立つ。
三莉の方を見てみれば、準備が全然終わっていないのか俺の姿を見るなり慌てて机から教科書を引き出した。
「毎日教科書持ち帰るのって大変じゃない?」
「……毎日持って帰らないで勉強しない方がおかしいんですよ」
「うっ、痛いところを突いてくるなぁ……」
ジト目でまるで邪魔をしないでくださいとでも言わんばかりの視線を向けてくる。
というか、そもそも毎日教書を持って帰らないのは俺だけじゃないだろうに。
「すみません、お待たせしました」
「おう。んじゃいこーぜ」
そういって歩き出せば、その後ろをつけてくるように遅れて着ける。
不意に後ろを向いて目があえば、どこか不思議そうに首傾げてくる。
きっと三莉は基本誰かの後ろを歩くのだろうか。
「なぁ」
「ん? 何ですか?」
「三莉さんはさ、隣歩かないの?」
「そう、ですねぇ……」
どこか考え込むようにうなりを上げれば、突然と俺と目が合う。
もちろん俺から目を合わせたわけではないから、向こうから合わせてきたのだ。
「そんなに難しい質問だったか?」
「いいえ。ただ」
言葉を詰まらせ笑みを浮かべれば、駆け足で近寄ってきた。
「こっちの方が、よかったのかな、って」
耳まで赤く染めて恥ずかしそうに顔を背ける。
そんな仕草に、少し笑いがあふれた。
「結構お茶目なところもあるんだな」
「あんまり揶揄わないでくださいね! それに、こんな私でも今を生きる花の女子高校生なんですよ?」
「そうだったな。 甘いものが大好きな賢さマックス少女だったな」
「もう。なんでこの人はかわいいって言葉が素直に出てこないんでしょうね」
「そんなの思春期男子に要求されてもなあ」
「そうでしたね。隠してはいるけど本当は甘いものが大好きな甘党思春期男子、でしたね」
「この子、しっぺ返しの威力がおかしいんだよな」
「ふふーんっ」
「別に褒めてないからな」
「わっ、わかってますよ!?」
「どうだかなー」
含みのある笑みを向けてみれば、卑しそうな顔でこちらを睨んできた。
*
ビラにあった噂のスイーツ店に着けば、順番待ちすることなくすんなりと入れた。
店員の案内のままに連れられた先は、丁度窓からは映らずに壁となっているような席だった。
「あれ? そんなスイーツあったんですか?」
「三莉さんとは正反対の方にね。一個ほしい?」
「いいんですかっ!?」
「また取りに行けばいいだけだしね」
そういってプレートを差し出せば、三莉は手早く一口タルトを取った。
「……ってこれ一つしかないですけど、よかったんですか?」
「だから取りに行けばいいし、三莉さんに強請られたらなんでも上げるしね」
「強請るって、私そんなはしたなくないですよ?」
そんな謙虚はセリフを言う三莉の視線は先ほどのタルトと自らのプレートに釘付けだった。
「そんなに食べたいなら無理に俺の話に付き合わなくても……」
「ふぁ、ふぁい!」
「ごめん、言うまでもなかったようだね」
俺が口に出した時にはすでにリスにでもなるかのように口いっぱいに歩奪っている姿があった。
「無制限のバイキングなんだからあわてなくてもいいのに」
苦笑いをこぼしながら、俺はホイップを括ったウエハースを齧った。
「そういやここら辺さ」
「はい」
「駅が近いってこともあるせいかうちの制服が目立つよね」
「言われてみれば……確かにそうですね」
この店の中を見渡してみても、確かに同じ制服のペアを二、三組見受けられる。
「なんかこれだと同じクラスメイトとか来そうだよね」
「やめてくださいね、そんな事態になったら私は何をしていいかわからなくなりますので」
「あー、確かに。三莉さん大人数だと何も喋れなそうだもんね」
「なんかそういわれると対抗心が沸きますけど、その通りなんですよね……ははっ」
乾いた笑みを浮かべながら、皿に乗るスイーツを目に収める。
「うん、とりあえ今日は二人だけなんだし、気にせず食べよう?」
「うん……」
泣きそうなほど虚無感に苛まれた目のまま、おもむろな手つきでマカロンを口に運んだ。
「やっぱり。今日新城くんと一緒に来てよかったです」
「なんかすごい死にそうな目だけど、そういってくれたら嬉しいや」
「そうやって行ってくる素直じゃないところは良くないところなんですけどね」
「……なら、どうせなら名前で呼んでくれてもよかったのにっていうのも、聞いてほしくないこと?」
「――っ!? もう! ほ、本当にそういうところが……」
「ところが、何だい?」
きっと今の俺の顔は口元がだらしなくほどけて気持ち悪いような笑顔になっていることだろう。
だが、そんなことは気にする兆しもないままに、三莉を煽るようにつついた。
「嫌いです」
「ちょちょちょ!? なんか急にさっぱりすぎない!?」
「冗談ですよっ」
初めから騙すつもりだったのかのように、三莉の顔に笑顔がともる。
そんな行動に変に安心したように怠けた顔に微笑みを返してくる。
「本当に、こんな風に話せる人ができて、よかったですよ」
「それなら、俺もこんな風に話せる女の子のともだちができて早速青春のそよ風感じてるよ」
「青春って。まだ一年生には早くないですか?」
「そうか? 健全な男子高校生からすれば今でも遅いって叫びたいぐらいだけどな」
「へ、へー」
若干引いたようなまなざしを受けながらも、剽悍とした態度でエクレアを齧る。
チョコのパリっとした固さに、下地の糞割り勘が絶妙で、毎回食べる時にはシュークリームじゃダメなのかと思ってしまう。
って、まあそれぞれ良さがあるっていうもんのことか。
うまいうまい、と内心褒めている。
そんなときのことだった。
「あれ? もしかして新城くんに卯月ちゃん?」
平穏を崩すような音が耳に入ったのは。
「……これ、おいしいですね」
「え? あれぇ?」
明らかに顔をしかめて反応したのにも関わらず無視を突き通して恨めしい目で俺に共感を求めてきた。
いやさ、フラグを立てたのは俺だけどさ、それで全部俺の責任ってちょいと重すぎない? 主に恨みが。
「おーい、お二人さーん」
ひょこひょこと恐る恐るやってきて視界に入り込んできたのは、やはり声の想像通りに優貴だった。
「あれぇ? 確か三莉ちゃんと新城……冬真くん? だっけ」
ついでに同じクラスの名前は知らない変なギャルも連れてのご搭乗だった。
「……けっ」
まるで見せつけるかのように近づいてきた二人に舌打ちを浴びせてみれば、女の眼光が鋭く光った。
……こわ。
「もしかして、なんだけどさ。俺ら絶賛邪魔中だったりする?」
「なんか白々しいこと言ってくるような男は颯爽と脱却してほしいとは思ってるよ」
「ってことは、オッケーってことだなっ」
「どーしてそうなんだよ……」
迷惑気味にため息をついてみるが、まったく意味も成さずに三莉の隣に座っていた。
「ねぇ卯月ちゃん」
「……気安いです」
「うーん、やっぱりまだ固いみたいだ。なんで新城くんだけはこんなに打ち解けられてんだろうね!」
「見んなよ、こっち見んな」
「ふーん。ねぇ新城くん」
「ん? なんだよ」
というかお前も見んな。俺を見てきてないけど、今にも呪いそうなほど目を見開いて二人を見んなよ。
「あの二人ってなんであんなに仲いいの? 知り合ったばっかでしょ?」
「知らんわ。というか俺もだよ。優貴のことだったらお前の方がまだ知ってると思うぞ」
「……あっそ」
それだけを言うと、不機嫌そうなままプリッツを齧った。
……少しは目は常人に戻ってきたかな?
「は? ポッキーじゃないじゃん」
嘘です。
きっとこれが彼女の正常なんでしょう。諦めましょうねー。
「夏目―、俺らもなんか取り行こうぜ?」
「んー? 私はいいや。新城くんのちょこっともらえば今はいいし」
「は? 俺の食うの?」
「悪い?」
「……別にいいけど」
ここで悪いって言えたならどれだけよかったことだろうか。
俺はまたしても彼女の眼光に屈してしまったのだ。
「っていうことだからさ。男子二人で取り行ってきなよ。私たち女子二人組は席取りしてるからさ」
夏目と呼ばれた彼女がそういうと、そう言われるのを分かっていたかのような素振りな優貴がテーブルを立って笑顔で俺に手招きしていた。
「三莉さん、二人でも大丈夫?」
「まったく。新城くんは私を何だと思っているんですか?」
「他人とはコミュニケーションも取れない人?」
「ふーん。そんなに怒られたいんですか?」
「まさか。でもそれだけ言えるなら平気か。えーっと、夏目さん?」
「なんだし」
「三莉は結構な臆病だから、あんま威圧しないでくれな」
「はぁ。そんなん言わなくてもいいし。てか新城くん中の私どうなってんのよ」
「いやぁ……とりあえず行ってくるわ」
「私のはほんとに適当でいいからねー」
「おう」
短く言葉を返せば、逃げるように優貴のもとに駆け寄った。
「なぁ、お前の彼女怖すぎない?」
「ははっ。彼女じゃなくてただの幼馴染だよ」
「ふーん。じゃあ付き合うつもりはないんだ」
「まぁね」
なぜだろう、この澄まし顔。
一緒にラウンジにスイーツを取りに行ってるのだが、その横顔の澄ました顔がどうしても苛立ってしまう。
「おや? イラついているのかい?」
「別に?」
「歩き方が少し堂々としだしたけど」
「お前は暗殺者か何かですか?」
「いいや。ハイスペックと呼んでくれ」
「オーケーニュータイプ。今から貴様をリア充の罪で呪ってやる」
「あれ? 理不尽過ぎない?」
そんな返しの言葉に耳を貸すこともなくトレーを取った。
「なか優貴、夏目さんの好きなものってなんなの?」
「多分とんこつラーメンとかこってり系は苦手だぞ?」
「誰がそんなマニアックの好み聞くかよ。今の問いかけだったら普通はここに並んでるやつだろ」
「ちょっと引き継ぎに問題が生じたわ」
「ニュータイプへの?」
「いや、上位か亜種に」
「そうか。ならばスラッシュなアックス様を持ってこなければな」
「ほう? 盾な斧は使わないと」
「……だから夏目さんの好きなモノは何なのさ」
「大体マカロンとかそんな感じのサクふわ系なものだったらなんでも好きだぞ……って特にこれとかドンピシャだぞ?」
「……うへぇ」
そういって指さしてきたのは、マカロンの中にホイップやらアイスやらが詰め込まれたような、一つで胃もたれしそうなものだった。
「そんな声出すなよ。好きな人は好きなんだぞ、こういうの」
「マジで? なんかめっちゃ太り……なんでもないわ」
はーい、今一瞬で周りの女性たちの目が怖くなりましたー。
「それじゃあこれとなんか適当に取ってから行くわ」
「おう。んじゃ俺は適当に帰ってるわ」
そう言ってトレ―に乗せたものを満足そうに見渡しながら座席へと向かった。
「とりあえず夏目さんのやつは取ったから、三莉さんにも何か取っていってあげよっかな」
さっきの反応から、三莉さんならば何を選ぶだろかと考えてみる。
のだが、何も浮かばず終いだ。
きっと三莉さんなら誰かから貰ったものならば嫌な顔一つすることなく受け入れるだろう。
だからこそ、想像が膨らまない。
例えば……。
「どんなお菓子を頬張っている三莉さんが一番笑顔になるんだろう」
頭の中に小さく頬張る三莉を浮かべてみるも、どんなものも靄がかかるように、しっかりと意識できない。
「いっそのこと泣くほど嬉しそうに食べてくれる図があればいいのに」
「わっ、私そんなに食い意地は張ってないっ!? ……とは、思いますよ?」
「え? 三莉さんじゃん。夏目さんはもう平気なの?」
声のする方を向いてみれば、声から察せはしたが、やはり三莉さんだった。
先ほどの妄想が聞かれたのか、ほんの少し恥ずかしそうに反論をしてきた。
「そんなことより! 本当に食い意地張ってないです!」
「わかってるよ。甘いものが好きなのにそのプロモーションならしっかり自制できてる証拠だもんね」
「あの。それって暗に私は本当は食い意地の汚い女ってことになりませんか?」
「……なりたいの?」
「なりたくないですよっ!」
訝し気に聞いてみれば、怒ったように肩を叩いてくる。
うん、痛くない。し、かわいい。
「あと、女性の体はそんなにまじまじと見るものではないですよ」
「あぁ、それは素直に謝るよ。んで、何食いたい?」
「むぅ。なんか言い方じゃ若干癪なんですけれども。あっ、バターケーキが食べたいです」
「これか。結構マイナーなところに行くね。よく食べたりするの?」
「まれに、ですけど。これのバターのしっとりしたのがたまらなく美味しいんです」
生き生きとした表情に「太りそうだな」などという水を差す言葉を投げかけることはなく、口を閉ざす。
リクエストされたバターケーキを四つトレーに乗せると、三莉に振り返った。
「これくらいあるんだけど、一旦は満足いきそう?」
「これだけじゃないですよ。私は男の子と違って小柄な女の子なんですよ? こんなにあっても食べられるか心配なくらいですよ」
「……これ、みんなで分けようって思ってたけ。そうだよね三莉さん、これくらいは一人で食べちゃうよね?」
「――っ!! もうっ。早く戻りましょう! 夏目さんたちだけにしていたら二人だけの世界に入ってしまいそうですよ」
「そうだな、大食いお嬢様」
「でっ、ですからぁー!」
怒った声を上げる三莉に、俺の口角は自然と上がった。
まるでその声がじゃれてくる子猫のような気がして。
「ほら、ちょっとは落ち着けって」
そういって俺の手の平は、無意識に三莉へと向かっていき。
「はっ、うぅ……」
頭を撫でていた。
あれ? 俺何やってんの? いや、ほんとマジで。
今更冗談だったで済ませられる雰囲気ではなく、半ばゴリ押しのように頭を撫で続けた。
だんだんと三莉の顔は朱を帯び出し、周りは反応をしているわけでもないのに、どこか居心地の悪さが体を駆けまわる。
「あっ……あのっ」
「ん? どうしたの?」
「はうっ。何でもない、です……」
勝った。
何に勝ったのかなどわかるわけもないのだが、この場凌ぎで三莉からのリアクションを躱せたのだ。
だからこそ、早急に次の手を施す必要がある。
だから俺は。
「それじゃあ二人とも待ってるだろうし、さっさと行こう?」
逃げた。
流れ落ちるように三莉の頭から手を下ろし先導するように歩き出す。
そんな背後で、微かに聞こえた。
「本当に男の人はこういう時だけ、ズルいんだから」
半歩遅れて三莉が着いてくる。
その様子に、俺の顔に微笑みが浮かび、自然と歩く速度を遅くした。
少し長いので半分に分けますね~