唐突なる出会いは運命のように 一話目
高校生。俺はそんな響きにかっこいいや楽しそうと言った余韻んだような、そんな微睡に期待をしていた節があった。
小学生の頃には中学生に。中学生の時は高校生にあっこがれを抱いていた。
そんな高校生になった俺はどんなことに憧れを持つだろうか。
大学生? 違う。
社会人? 違う。
簡単だ。
――恋人。いわゆる『彼女』というものに憧れを抱いているのだ。
不肖、新城冬真は現在、隣にいる美人系な小柄少女に視線を向けていた。
周りにはいろんな人が居る。それでも、特に誰とも話そうとしない、居心地の悪そうな彼女に。
「うぇーい! みんな! もっとノッてノッてぇ!」
耳障りな声がうるさく響く。先ほどからずっと。
誰が歌おうと、そのマイクだけは必ず渡さず幹事みたいなことをしている男子。
きっとこういうのがクラスの中心としてリア充していくんだろうな、なんて思いながらジュースを口に含もうと口元へと運ぶ。
「ほら新城くん! 君の番だよ。ほらマイク」
突然話しかけられた俺は驚きのあまりジュースを零してしまい胸元にシミが出来る。
軽くお手拭きを宛がえば、あまり変わらず。
洗濯だけで落ちるか? なんて心配しながらマイクを受け取った。
「おう。ありがとうな……えーっと、俺が入れた曲はーっと……」
今日は高校の入学式が終わった後の、みんなで親睦会ということでカラオケに来ていた。
ぐう戦、ではあるのだが、運が良いことに、隣は俺と同じくボッチ気質な女の子だった。顔こそしっかり見ることはできないが、それでも顔立ちはとても整っており、隣にんまったときに軽く話しただけだが、とても綺麗でかわいい声なのだ。
……ちらっと横を見たけど、やっぱりすげータイプだ。
「お―い新城、お前曲入れてないんじゃね?」
「あれ? マジで?」
「ならさならさ! これ、俺がいれたやつだけど代わりに歌ってくれないか? いつもの癖でいれてたやつだからさ」
俺はクラスの中でも初日にしてとても高いカーストを確立した男、那城優貴に言われて確認してみれば、確かに俺の選択した曲は入ってなく、画面には、聞き覚えのある、デュエットの純愛を叫ぶような曲が表示されていた。
こいつ、こっちを気遣うフリしながら日リアナ俺にさらっと自慢をかましてきやがった。
「というわけで!」
とっさにあふれた危機感に、俺は那城を睨んだ。
「……何が、というわけなんだ?」
若干察してはいるが、というよりも少女の方も察しがついているのか驚いた顔で俺の方を見ていた。
うん。正直に巻き込んでほんとにごめんな。うん、ごめん。
「新城と隣の君、えーっと三莉……羽月ちゃんだっけ?」
「えぇ、そうです。これからやることはある程度察しはついていますけど、一応聞いておきます」
「話が早いみたいだねぇ。んじゃマイク渡してあげて! 新城くんと羽月ちゃんによる純愛ソングデュエットが始まるぞぉ!!」
「……少し、恨ませてもらってもいいですか?」
「ははは……俺には女の子に罵倒をされる趣味はないんだけど……」
困ったなぁと言いながら三莉に目配りをし、俺は回ってきた方のマイクを女の子、三莉さんに渡した。
「なぁ、歌うからそっちのマイク、貸してくれ」
「えっ? あぁ! そっかそっか!」
目立ちたがりな男子……幹事男子でも呼ぶべきか。少し恨めしそうな顔をしながら声を掛ければ、まるで今思い出したとでも言わんばかりな顔でいい、名残惜しそうにマイクを渡してくる。
初めからずっと持っているせいで変にマイクが暖かい。このマイクを三莉さんに渡さなくてよかった。
「仕方ないですね……まぁ? 青春っぽいこと、やってみたかったですし。やってみましょうか」
初めて見せた顔で笑って見せれば、三莉のほうが積極的に思えるほどにマイクを持ち、そして席を立つ。
こちらを見下ろしながら手を差し伸ばしそっと微笑む。
「ほら、楽しみましょう?」
「そう、だな……っ! ああ! よしっ。歌ってみますか!」
差し伸ばされた三莉さんの手を軽く押し返せば、重くなった腰に勢いをつけ立ち上がる。
一度視線を交わせば、それだけで互いには自然と笑みがこぼれ、次第に気分は高揚していく。
イントロが流れ出せばマイクを口元に持ってき……
歌い終わった頃には、先ほどまで見せていた気後れしたような顔はきれいさっぱりに拭され、変わりに満足そうに微笑む顔があった。
それだけで満足になり、俺は”やり切った”という雰囲気を噛みしめながら席に沈むように座った。
きっとどこかで激しく緊張でもしていたのだろう。
横を見てみれば三莉さんも同じように席に座り、疲れたような顔をしてメロンソーダを飲んでいた。
そのグラス越しに目が合えば、三莉さんは目元だけを柔らかく溶かして笑って見せてくる。
「あー、なんか二人すごい良い雰囲気になっちゃってるじゃん!」
「新城くん流石に早すぎじゃなーい?」
周りから揶揄ってくる声に、三莉が顔を伏せるようにしてこちらから目を反らし完全に会話の意思を無くす。
声を掛けようとするが、耳まで完全に真っ赤に染めた姿を見ればその考えも自重してしまう。
「おっ、さっそく振られたかー?」
「おいおいお前ら、ちょっとくらいは空気読んでやろうぜ?」
嘲笑うかのように言葉を掛けてくる周りに、俺は愛想笑いしか浮かべることが出来ず、ただ茫然と失ったものに寂しさを噛みしめる。
そっと、息を吐くように俺はコーラの入ったコップを手によって口に宛がい。
飲もうとすれば、きゅっと、袖を掴まれた。
「ん? 三莉さん、どうしたの?」
コップを口に宛がった状態で止まり、視線だけを三莉さんに注いだ。
三莉は依然と耳まで真っ赤にしたままなのだが、その雰囲気には逡巡を纏っており口を開くことなく見守った。
「君の……いや、」
その声に耳を傾けてみれば、更に袖を力強く引っ張られ、自然と俺と三莉との距離は縮まる。
震えた手、そして定まらなく吐息になってしまっている呼吸。
そして息を飲み込んだ次の刹那に。
「君がこっちばっか、見る、から」
恥ずかしそうに言われたセリフは、俺の頬までも赤く染め気まずさを逃れようと宛がったままのコップでジュースを流し込む。
「結構、楽しかったよ」
「……えっ?」
突然の言葉に思わず顔を上げた三莉さんと視線が交わり、笑みを返した。
すると体は完全に固まったように動かなくなり、両腕を席にピンと張ってつけていた。
「だから俺からはありがとう、かな?」
自分でも恥ずかしいことを言っているという自覚があるせいか完全に心拍数は上がり、汗も若干滲み出す。
だが、そんなことは関係なく。
――三莉さんの瞳に微笑みかけた。
「もっと、楽しもうよ」
「……もう」
赤面のまま顔を向け、ぎこちなく笑みを見せ、ほんの少し、距離を縮める。
その後はずっとそのまま、恥ずかしいような楽しいような甘い時間を過ごした。