7話 母親
「あら、寝ちゃった」
すやすやと寝息を立てている結を起こさないように、そっと電気を消す。
今日はいろんなことがあった。
迷子の女の子と仲良くなって、その母親とけんかして……挙句の果てにひきとることになって。
いきおいで動いている気がしなくもないけど、まちがったことをしてしまったという感じはない。
私は結の隣に寝転んだ。
布団、買いに行かなきゃ。今は結が小さいから2人で1つの布団でも問題ないけど、これからどんどん大きくなっていくだろうし。あと、服とかも。
明日は土曜日だし、一緒に買い物に行こうかな。幸い、大学ではバイトばっかりしてたし、節約もちゃんとしてたから貯金はある。
……それにしてもやっぱり結の母親は許せないな。
結はあんなこと言われても、嫌いになれないって言ってたのに。
母親って子供にとってそんなに大きな存在なんだろうか。
――母親。
私は『母親』という存在をあまり知らない。
私の母は私が物心つく前に他界したらしい。
そもそも、『家族』というものがわからないのだ。
父は毎日仕事で忙しく、あまりしゃべらなかったし、祖父や祖母にもほとんど会ったことがない。時折親戚の集まりで会うか、年賀状を出すくらいだ。
小学生の時、親子で参加する授業があったけど、私は1人で受けたし、中学生の時に、進路学習で親の仕事について親にインタビューする宿題が出た時も、ネットで調べて提出した。
宿泊行事でホームシックになる子がいた時も、まったく理解できなかった。
……まあ、つまるところ、私はそういう『家族愛』に疎いのだ。
家族? だから何? みたいな。
そんな私が、はたして結の母代わりなんてできるのだろうか。
もちろん大切に育てるつもりだし、やりたいことはできるだけやらせてあげたいと思っている。
でも、正解がわからない。
どうすることが正解で、どうしたらまちがいなのか。
『家族』として、私は結のそばにいられるのだろうか。
……ヤバい。なんか不安になってきた。
しっかりしろ、忍! もう後にはひけないんだから。今ここで悩んだって、どうにもならないんだから。
できるかぎり、思うかぎりのことを、結にしてあげなくちゃ。
自分が正しいと思ったことを、結にしてあげればいい。
そうやって自分を奮い立たせていると、ふいに携帯が鳴った。
あまり音量は大きくなかったけど、結を起こしちゃまずいと思って慌てて部屋から出る。
画面を見ると、会社からの電話だった。
「はい、綿野です」
電話に出ると、課長の慌てた声が耳に飛び込んできた。
『あ、もしもし綿野さん!? 実は今ちょっとトラブルが起きちゃって! 明日、会社に来てもらえる!?」
「え、何があったんですか?」
『いやぁ、製品の数が全然違ってたみたいで……。取引先の社長が激怒しちゃって』
えぇ……マジで? そんなことある?
『そんなわけで頼むよ、他のみんなはどうしても来れないみたいで、綿野さんにしか頼めないんだ。休日なのにごめんね』
「あ、ちょっ、私も明日は」
ツーツーツー
……うそでしょ、切れちゃった。
明日、結のものを色々そろえようと思ってたのに。
っていうか、明日は結、幼稚園ないって言ってたし、どうすればいいの!?
さすがに1人で留守番させるのはかわいそうだし……。
悲しいことに私は信頼できる友達が少ない。
っていうか、ほとんどいないんだよね。
時間をみれば、まだ9時だ。
子供の夜って早いんだな。
……ちょっと、頼ってみようかな。
私は画面をタップして、電話をかけた。
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