53話 これからも
「しのぶ……?」
結は目をまん丸にして、少しおびえたように私を見上げた。
康は「仕方ないなぁ」とでも言いたげに眉根を寄せて笑っている。
私は結の前に膝をついて視線を合わせると、大きく息を吸い込んだ。
「ごめんなさい!」
抱き寄せた体がビクッと跳ねる。
小さくて、壊れそうで、温かい。
「しのぶ……? しのぶはわるいことしてないよ……? わるいのはぜんぶ、ゆい、なんだよ、」
「違う! 結は何にも悪くない! 悪かったのは、ちゃんと気持ちを結に伝えなかった私だよ」
抱きしめる腕に力を込めて、私は結に心からの本音を話す。
「私ね、結のことが大っ好きなんだ。康と彼氏彼女になったことを話さなかったのはごめん。だけど、そのことで結が不安になる必要は少しもないってことも覚えていてほしい」
結は何も言わず、ただ私の肩に頭を預けている。
「私、結がうちに来てくれてから、毎日すっごく楽しい。ご飯を一緒に食べることも、一緒に買い物やお出かけすることも、楽しくて幸せ。でも、正直言えば、結が笑ってくれるだけで、私はいつも幸せなんだ。結がいてくれるだけで、どんなに疲れてる時でも頑張ろうって思える」
ふと、結の手が私の首に回ってくる。
ぎゅうっとしがみつかれて、私は結の背中をポンポンとたたく。
「結は私が結のこといらないって思うかもって心配してたけど、むしろ私、今となっては結がいない生活なんて考えられない。私には結が必要なんだよ」
もそもそと体を動かした結は、私の首に手を回したまま、少しだけ体を離して私を正面から見つめてきた。
泣きはらして赤くなった目。
こぼれる涙を袖でぬぐってあげると、結はか細い声で言った。
「でもゆい、しのぶとこうのじゃまにならない……?」
「「ならないよ」」
声がハモって、私と康は顔を見合せる。
康が頭をかきながら、少し恥ずかしそうに結の前、私の隣にしゃがみこんだ。
「かっこ悪い話だけどな、俺、結のおかげで忍に好きだって言えたから。もし結がいなかったら、たぶん俺は忍と連絡を取り合うこともなかったし、今もずっとモヤモヤしてたと思う。ほんと、結様様って感じなんだよ。これからずっと結にありがとうって思うことはあっても、結を邪魔に思うことなんて絶対にない」
ああ、そっか。
そういえば、大人になってから康と頻繁に会うようになったのは、私に急な仕事が入って、康に結を見てもらうようお願いしたことがきっかけだった。
康だけじゃない。朱音も、真翔さんも、一条さんも、お父さんだって。
結がいなかったら、きっと出会わなかったか疎遠のままだった人達。
「結は、私達に出会いをくれた、天使だね」
普段からあまりのかわいさにそう思うことはあったけれど、こんなにも実感したのは初めてだ。
「結、私と出会ってくれて、ありがとう」
あの日、デパートで独り泣いていた小さな小さな女の子。
結の母親がしたことは許せないことだけど、おかげで私は結と出会えたし、幸せな毎日を過ごせているから、少しだけ感謝してしまうのはずるいだろうか。
ううん。それなら私が結をもっと幸せにすればいい。
「大好きだよ、結。これからも、ずっと」
最後にそう伝えると、結はようやく笑顔になって、今度は勢いよく飛びついてきた。
「ゆいもっ ゆいもしのぶのことだいすき! こうのこともだいすき! ゆい、しのぶとこうと、みんなといっしょにいれて、しあわせ!」
その言葉に、目からポロッと涙があふれてしまった。
康が優しく肩に手を置いてくれる。
私の、何よりも大切で大好きな人達。
きっとこれからも、何か些細なことですれちがったりやきもきしたりするんだろう。
そうしたら、何度だって伝えよう。
ありったけの私の想いと、言葉では言い尽くせないほどのあなた達への愛を。
〇 〇 〇
「結ー、玲ちゃん迎えに来てくれたよー」
「はーい! すぐ行くー!」
玄関から呼びかける忍の声に返事をしながら、パタパタと1人の少女が駆けてくる。
キラキラ輝く大きな目とふわりと巻く栗毛が印象的な彼女の名前は島田結。
小学4年生になった彼女は、変わらず、母代わりの綿野忍と共に仲良く暮らしている。
「それじゃ、忍。いってきます!」
「ん、いってらっしゃい。気を付けてね」
「はーい!」
忍と結が出会って5年。
幸せな日常に波乱の足音が近づいていた。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
これにて第一章完結です!
次回からは第二章、この話から四年後のお話になります。
気長に待っていただけると嬉しいです!