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カゾクアイ  作者: 紀章櫻子
第一章
52/61

52話 結と忍と康


「ゆいからしのぶをとらないで……!!」


 絞り出すような必死な声に、俺は唖然とした。


 結から忍を取る……? 俺が? なんで?


「ま、待て待て結。俺は結から忍を取り上げる気なんてまったくないぞ?」


 なんとかそう答えたものの、結は勢いよく首を横に振った。


「だって、こうはしのぶのかれしになったんでしょ!? だったら、もうすぐ、しのぶはゆいのこと、みてくれなくなるもん! いらないっていうもん!」


 ぼたぼたと大粒の涙が結の目からあふれてくる。

 そこで、はたと思い当たった。


 もしかして、結は自分の母親のことを思い出しているのではないだろうか。

 忍からざっくりと聞いただけだけど、それでもなんとなくの背景は読める。

 結の母親は、自分の『彼氏』に夢中になるあまり、結をぞんざいに扱ったのか。


 思い返せば、初めて結と会った時も、結は俺に「忍の彼氏なのか」と聞いてきた。あの時はただ、俺がどんな存在なのかを聞いてきただけかと思ったけど……


「結、それはありえない」


 きっぱりと言い切る。

 何よりも自信を持って言えることだから。


「忍が俺に構って結のことを見なくなるなんて、絶対にありえないから」


 結が涙を光らせて俺を見る。

 俺は結の頭を撫でながら笑いかけた。


「本当は、ずっと不安だったんだな。もしも忍が自分のことをほったらかしにするようになったらって。最近は俺と忍の距離がなんだか近くてもっと不安だったよな」


 結がこくこくとうなずく。

 まさか気づかれてるとは思わなかったけど、結はずっと俺と忍がそういう関係になることを恐れていたから、敏感になっていたんだろう。


 俺は結の前に正座して、結の両手を握る。


「改めて言うな? 俺は今、忍と付き合ってる。彼氏彼女になってる。でもな、俺達は結のことをほったらかしにしたり、ましてや『いらない』なんて絶対言わないし考えない。結は俺にとっても、忍にとっても、大事な大事な子だよ」


 そう言い聞かせると、みるみる結の目からまた涙がこぼれだした。しゃくりあげながら必死に言葉を紡ぐ。


「ゆ、ゆいもっ ほんとはっ しのぶも、こうも、だいすきっ だけどっ でも、おかあさんがっ いっつもゆい、いらないってっ ゆいっ しのぶにもいわれたらっ」

「言うわけないでしょ!」


 バンッと大きな音を立てて、ドアを開け放たれる。

 振り返ると、そこに腕を組み仁王立ちでこちらを見下ろす忍がいた。


 〇 〇 〇


 康が結とリビングを出て行った。

 何やら結は康に話がある模様。

 なんとなく、察しはついた。

 今まで結が変な様子だった理由がわかる。そしてそれは私には言いにくいこと。だから康を呼んだんだって。


 本当は、康に任せて私は結が私に話してくれるのを待つべきなのかもしれない。

 でも、そうすると私が結の本音に触れられるのは、ある程度のことが解決してからだ。

 『過去の悩み』になってしまえば、いくらでも編集可能になってしまう。本当はすごく悩んで苦しんだことも、過ぎたことだと笑い飛ばせてしまう。


 他でもない結のことだから、私は『今の悩み』を知りたい。

 後になって省略された事実を真実だと信じたくない。


 これは、いわゆるただの私のエゴというものだ。

 だけど、どうしてもこれだけは曲げたくないから。


 手早く残りの洗い物を済ませてしまって、私は音を立てないように結と康が入っていった部屋の壁に体を張り付けた。


「ゆいからしのぶをとらないで……!」


 その直後に聞こえてきたのは、なんとか言葉になったと言わんばかりの結の心。


「え……?」


 思わず声が漏れてしまって、慌てて口をふさぎ聞き耳を立てる。


 結から私を取る……? 康が? どうして?


 言われた意味が分からなかったのは康も同じだったんだろう。混乱している様子の康の声が聞こえてくる。

 だけど、被せるように結の訴えるような泣き声が大きく響いた。


「だって、こうはしのぶのかれしになったんでしょ!? だったら、もうすぐ、しのぶはゆいのこと、みてくれなくなるもん! いらないっていうもん!」


 言うわけがない、そんなこと。


 でも、つながってしまった。


 結の様子に初めて違和感を感じたのは、私が康に告白した直後だ。あの時は康と両想いだってことが判明して、私はかなり上の空だった。結の声にすぐ反応できないくらいに。

 それからも、「結、どうしたんだろ」って思う時は、決まって康が一緒だった。


 普通なら、幼稚園児がそんなことから「自分がいらなくなる」なんて考えるとは思えない。思えないけど……


 思い出すのは1年前、結を引き取ると決めた時のこと。

 冷たく結を見下ろし、実の娘に向かって「いらない」と躊躇なく言い放った彼女の母親。

 あの時、確かあの人は彼氏呼んじゃったのにとかなんとか言ってた気がする。

 あまり見た目だけで人を判断したくはないけれど、あの人は自分さえ良ければ何でもいいと感じていそうな人だった。彼氏さんとやらの時間に結が邪魔だと感じて、日常的にあんな言葉をかけ続けていたとしたら。


 自分の馬鹿さが嫌になる。

 私も自分のことばっかりで、浮かれて、結はまだ付き合うとかわかってないかなって決めつけて、結にちゃんと大好きって言葉を言えていなかった。何よりも大事だよって、康と付き合ってもその気持ちは変わらないよって、伝えられていなかった。もっとちゃんと考えていれば……!


「結、それはありえない」


 ふと、耳に届いた、静かだけど強い声。

 ハッと耳をすますと、康が結を諭している。

 その言葉ひとつひとつが、優しさと信頼でできているように温かくて、グッと喉の奥が熱くなる。


「俺達は結のことをほったらかしにしたり、ましてや『いらない』なんて絶対言わないし考えない。結は俺にとっても、忍にとっても、大事な大事な子だよ」


 本当に、本当にその通りだ。

 それに、康も同じ気持ちだったことが、たまらなく嬉しい。


 すると、部屋から結が大きくしゃくりあげる声が聞こえてきた。


「ゆ、ゆいもっ ほんとはっ しのぶも、こうも、だいすきっ だけどっ」


 一生懸命紡がれていく、結の本音。

 私だって、結のことが本当に大好きだ。


「でも、おかあさんがっ いっつもゆい、いらないってっ」


 どうして、そんなことが言えたんだろう。

 結はこんなにも可愛くて、優しくて、愛しいのに。


「ゆいっ しのぶにもいわれたらっ」


 ……は?


「言うわけないでしょ!」


 考えるよりも先に体が動いていた。

 自分でもびっくりするくらい大きな声が出て、大粒の涙を流している結を、腕を組んで見下ろした。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

次回、第一章最終話です。

楽しんでいただけるとうれしいです!

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