51話 結の本音
「「「「結【結ちゃん】、ハッピーバースデー!」」」」
パンッと乾いた音が鳴ると同時に、四方からカラフルなリボンがひらひらと舞う。
5月7日。
今日は結の6歳の誕生日。
そんなわけで、俺、谷川康は、結の誕生日パーティーにお呼ばれしている。
「みんなありがとー!」
綿野家食卓の真ん中、いわゆるお誕生日席に座っている結は、かわいらしいドレスを着てうれしそうに笑っていた。
その隣で優しく結に微笑みかけているのは俺の幼馴染であり長年の片思いの相手、そして、今は俺の彼女である綿野忍だ。
「康兄、忍姉ちゃんのスマホからすごい連写音聞こえてくるんだけど」
「そりゃそうだろ。結の誕生日なんだから」
「俺、まだ記憶の中の忍姉ちゃんとのギャップが凄すぎて別人な感じがして仕方ないんだけど」
「そのうち慣れる。……で、なんで想はここにいんの?」
こそっと耳打ちしてきたのは、俺の1番下の弟、想。
まだ高校生で、父さんと母さんと一緒に田舎に住んでいる……はずなんだが。
聞いてみれば、想はふふんと得意気に1枚の封筒を俺に突きつけた。
「招待状が届いたんだ。結ちゃんの誕生日会をするから、ぜひ来てくださいって」
そういえば、想は去年の夏から結と文通してたんだっけ。
自分が末っ子のため、想は小さい子供が心底かわいくて仕方ないらしい。
だから、俺達の実家から来るとなると決して短くない移動距離も、結からのお招きとあらば想にとってはたいした問題じゃなさそうだ。
俺が家を出て以来、いつでも来ていいと言っていた俺のアパートには1度も来たことないくせに。
「……よかったな」
「うん!」
解せぬ思いが一瞬渦巻いたが、想が来てくれて結も嬉しそうだったので良しとしよう。
「ゆい、ゆい! これなっ あたしからゆいにプレゼント!」
幼くも活発そうな声がして、俺は想から結の方へ目を戻す。
見れば、さらさらストレートヘアとスポーティな服装が印象的な小さい女の子が、少し不格好なラッピングがされた何かを結に手渡していた。
彼女の名前は榎原玲。
結と同じ幼稚園で同じ組の、結がいつもいっしょにいる友達だ。
少々ヤンチャな口調ではあるが、礼儀は正しく、今日初めて会った俺にもしっかり挨拶してくれた。
「これっ あたしがラ……かわいくしたんだ!」
たぶんラッピングって言えなかったんだろうなぁ……。かわいい。
そう思ったのは俺だけじゃなかったようで、想はもちろん忍もクスクスと目を優しく細めて笑う。
そんな忍に俺はまたドキッとして……
「れいちゃんありがとお! あけてもいーい?」
「うん! いいよ!」
プレゼントをもらった結は心底うれしそうに目を輝かせて丁寧に包みを開いていく。
中から出てきたのは結が好きな女児向けアニメのシールとお菓子。結の好きなものを熟知した最高のプレゼント。
「わー! ゆい、このおかしすき! れいちゃん、ほんとにありがとー!」
「へへへ」
飛びつく結を受けとめ、玲ちゃんもぎゅうっと抱きしめ返している様子は、まるで仲の良い姉妹みたいだ。
「よかったね、結。玲ちゃん、ありがとう」
忍もまた自分のことのようにうれしそうに笑いかけていた。
2人の抱擁がひと段落したところで、今度は想が結にプレゼントを持っていく。想からはレターセット。文通をしているからこそのチョイスだろう。
その流れで、俺も今結がハマっているというおりがみとその折り方の本を渡した。忍が前に買ってあげたという本はこの前制覇したと言っていたので、違うものを。
「そうくん、こう、ありがとー!」
「「どういたしまして!」」
きちんとお礼の言える結をえらいえらいと撫でる。
「2人ともありがとう」
忍がまた俺達にもそう言った。
その言葉にうなずきながら、俺は今日の忍の服装に気が付いた。
忍には珍しいワンピース姿。しかもこの胸元にある刺繍って……
「忍、その服、結とおそろいか?」
2人の服を見比べれば、結はかわいらしい、忍は落ち着きのあるデザインになってはいるが、2人の服に施された刺繍は同じだ。
そう聞いてみると忍は少し照れくさそうに首を縦に振った。
「朱音がね、『あたしからのプレゼントだー!』って、作ってくれたの。朱音、今日来れないことすっごく残念がってて、せめて誕生日会の時に着る結の服を作らせてって。なぜか私のも付いてきたんだけど」
俺はああ、と納得した。
今日、朱音は久々に長期休みが取れた真翔さんと実家に帰省しているため、誕生日会には来れていない。
そういえば、前に街中でばったり2人にあった時も、忍と結は朱音の服をお揃いで着ていた。
たしか、あれが初めて朱音の店で買い物した時で、あの時も結は忍とお揃いの服を着ることを大喜びしていて……。
その後の顛末を思い出して、少し顔が熱くなる。
「うん。忍、似合ってるよ。かわいい」
あの時は詰まったし絞り出すような声でしか言えなかったけど、今はもう、ちゃんと胸を張って言える。
「え」
すると忍は、大きく目を見開いて、固まった。
次の瞬間ボンッと発火したみたいに顔を真っ赤に染める。
え、えー……かわいい……
しかしあんまりじっと見てそんなことを口に出そうものならきっと怒られるので、俺は結の方を振り返った。
「結もかわいいな。本当にお姫様みたい――」
言おうとした言葉は、最後まで言えなかった。
俺の手を頭に置いたままの結が、大きな目をさらに大きく見開いてじっと俺の顔を見つめていたからだ。
「結、どうした?」
聞いてみても、返事はない。
「結?」
もう1度、今度は忍が名前を呼ぶと、結はハッと我に返ったようにチラッと忍を見てから、笑った。
「ううん! あのね! これね、しのぶとおそろいってあかねちゃんがつくってくれたんだぁ!」
「……うん。結、おとぎ話に出てくるお姫様みたいでかわいいよ」
「えへへ、ありがとぉ」
俺と忍は顔を見合せた。
夕方になって、誕生日会はお開きになった。
結の大好物が並んだ昼ご飯を食べ、皆でしばらく遊んだ後にケーキを食べて、また遊んで。
結の様子が変だったのはあれっきりで、結は誕生日会を楽しそうに過ごしていた。
玲ちゃんはお母さんのお迎えで帰っていき、想も今日は俺の家に泊まるのかと思ったら、明日友達と約束があるとかで帰ってしまった。結は大はしゃぎしたせいか、ソファですやすやと眠っている。
そんなわけで、今俺は忍と並んでパーティの片づけに勤しんでいた。
「なんかね、最近たまに結の様子が変なんだ」
皿を洗いながら、忍がふと口を開く。
「変って、今朝みたいな?」
俺は忍から受け取った皿を水で洗い流して乾燥機に入れながら、彼女を見た。
忍は表情を曇らせてうなずいた。
「うん。なんか、心ここにあらずっていうか……聞いても『なんでもない、大丈夫』の一点張り」
「うーん、何なんだろうなぁ……何か、忍には言いにくい悩みがあるとか? 俺が聞いてみようか?」
「うん……そうしてくれると助かる。子供にどう接したらいいかは康の方がわかってると思うし」
「ん。了解」
心配そうな忍の肩を、ポンポンとたたく。
不意に、忍が俺の肩に頭を預けてきた。
ドキィッと心臓が大きく鳴り、体温が上がり始める。
「え、忍」
「手、濡れてるんですけど」
「あ」
忍の肩がびしょ濡れだ。
食器を洗っていた手で触ったから……!
「ご、ごめ」
「ありがとう」
俺の言葉を遮ったのは、蚊の鳴くような小さな声。
忍はすぐに俺から離れて、もくもくと皿洗いを再開した。
でも、ちらっと見えた忍の顔は、ほんのり赤くなっていて。
かわいいがすぎる……! そして昔からあんまり表情変わらないくせにこういう時めちゃくちゃ顔に出るの何!?
必死に顔に出ないように悶えていると、急に俺の脚に衝撃。
見れば、さっきまで寝ていたはずの結がしがみついていて、じっと俺を見上げていた。
「結、どうした?」
目線を合わせて聞いてみると、結は迷うように目線をさまよわせ、やがて覚悟を決めたように俺を見た。
「あのね、こう」
「うん」
「ゆい、こうに、おはなしがあります」
その目から真剣な話だということと、俺だけに言いたいということは簡単に察せて、俺は立ち上がった。
「わかった。忍、ちょっと俺、行ってくるな」
「うん。わかった」
「結、あっちの部屋行くか」
「うん……」
結を連れて、隣の部屋、結の部屋に行く。
「それで、どうした?」
しゃがんで結を下から見上げれば、結はやっぱり迷うように口を開いたり閉じたり。
そんな結をせかさないよう、俺はじっと結が話すのを待つ。
「あ、あのね、こう」
「うん」
「あのね……!」
そして、いよいよ結が絞り出すように言い放った。
「ゆいからしのぶをとらないで……!!」
大変長らくお待たせしました!
次回も気長に待っていただけるとうれしいです!