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カゾクアイ  作者: 紀章櫻子
第一章
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48話 お返し


『あのさ忍、今日の夜、遅くなるかもしれないけど、ちょっとだけ時間もらっていいか?』


 そんなメッセージが届いたのは、今朝、夕飯のお誘いを断られた直後のことだった。

 送り主は谷川康。私の幼馴染であり、私の、す、すきなひと、だ。


 彼は最近、卒園、入園、新学期と節目の春の準備のために仕事が忙しいらしく、ひな祭りの前夜、夕飯を食べてひな人形を一緒に並べてくれたあの日以来うちには来ていない。

 別に、来てくれないことが不満だとかは思っていない。仕事は大事だし、仕事を放り出してうちに来ていたらそれはそれで怒るけど。


 ……ちゃんとご飯食べてるのかな。


 康は、時間やお金がない時に、たまにご飯を抜くことがある。私としては、それが心配だった。

 ただでさえ体力が要る繁忙期に、栄養補給食品とかゼリーとかばかり食べてたら、たぶん倒れてしまう。特に康みたいに普段がっつり食べるような人は。


 なんて考えから、最近はずっと晩ご飯に誘ってことごとく断られてきたけれど、今日は意外なパターンだった。


 でも、ご飯は食べていかないって言ってたし、何だろう?

 私にどうしてもの急ぎの用事?


 時刻は午後9時30分をまわったところだ。

 結はもう寝てしまって、私は1人で悶々と康が来る理由を考えながら今日の晩ご飯の残りをタッパーに詰めつつ、康を待っていた。


 と、突然私の携帯のバイブが鳴った。

 画面を見ると、康からの着信。私は急いで携帯に耳を当てる。


「もしもし、康?」

『遅くなってごめん。今家の前にいるんだけど、出てこれるか?』

「今? え、今もううちに着いてるの?」

『この時間だと結は寝てるかと思って……インターホンを押すのは気が引けてさ』


 それならもうちょっと早く連絡してよ……と文句を言いながら玄関ドアを開ければ、そこにはやっぱり苦笑いで「ごめん」と謝る康がいた。


「あー……久しぶり」

「……うん。久しぶり」


 電話は切って、少しだけドアは開けたまま外に出る。

 当然ながら外は真っ暗で、何も悪いことはしていないのに2人で会っていることになんだかドキドキした。

 落ち着かない気持ちで、康を見上げる。康もまた、じっとこちらを見ていた。


 ……あ、康、やっぱりちょっと疲れてる。

 いつもより笑顔に元気がないし、よく見ればうっすら隈もできてるし。顔色も少し良くないし。

 なるべく早く帰って休んでもらった方が良いよね。


「康、忙しそうなのにわざわざどうしたの? 私に何か急ぎの用事?」


 首を傾げると、康はハッとしたように瞬きをした。


「あ、えっと、俺、渡すものがあって。はい、これ」


 そう言って、差し出された紙袋。


「え、何?」

「今日ホワイトデーだろ? 結と忍に、お返し」


 中を覗けば、おいしいと有名なバームクーヘンが入っていた。

 私は康の顔と紙袋を見比べる。


「このために、わざわざ?」

「ああ。バレンタインもらったの、めちゃくちゃ嬉しかったから。だから、ちゃんとお返ししようと思ってたんだ」


 照れくさそうに笑う康に、カッと体が熱くなった。


「この、馬鹿っ」


 考えるよりも先に手が伸びて康の頬をつねる。

 全く予想してなかった私の行動に、康はポカンと目をまん丸にして私を見た。


「え、忍? ちょ、イタ」

「わざわざここに来る暇があるなら、ちょっとでも早く帰ってしっかりご飯食べて休みなさいよっ」

「え」


 夜だし外だし結も寝てるから、声は少し抑えめに。

 その代わり、手に力が入ってしまう。


 この男、私がどれだけ心配してたと思ってんのよ……!

 実際こんなにやつれてるくせに! たかがホワイトデーなんかに時間使っちゃってさ!


「いだだだだだだだだ忍! ちょ、力強いって」

「ホワイトデーなんていつでもいいでしょっ? 感謝の気持ちよりまず自分の体を大切にしてっ」

「わかったわかったわかったから一旦離してくれ!」


 力がこもった手をやんわりと捕まえられ、下ろされる。

 康は、私の手を握ったまま反対の手で少し赤くなった頬を抑えて、ほっとしたように笑った。


「忍って意外と力強いよなぁ」

「…………」

「ごめんって」


 そんなこと言っといて、簡単に私の手を抑えてるくせに。


 幼い頃とは全然違う、大きくて温かく力強い、ちょっと硬い男の人の手。

 それを意識したら、さっきとは違う熱が顔に集まってきた。


「ありがとな、忍。心配してくれて」


 追い打ちをかけるがごとく覗き込んでくる康の優しい笑顔に、私は思わず1歩後ろに下がった。


「忍?」

「こ、こちらこそ、バームクーヘンありがとう! 結と2人で、おいしくいただくねっ」


 にこっと笑って見せれば、康はそれ以上何も聞かずに「ああ」と微笑む。


 あああ、今絶対「変だな」って思ったはずなのに!


 幼馴染だから、私が突っ込んできてほしくないって気持ちが伝わったのだろうか。


 ホッとする反面、じわりと罪悪感が胸に広がった。


 康は優しいから、もしかするとこれから先も、今みたいなことがあったとしても、何も聞かないでいてくれるんじゃないかな。それなら、私がこの康への気持ちを隠し通せば、今みたいな『ちょうどいい』関係がずっと続いていくんだと思う。


 でもさ。

 本当にそれでいいの?

 康の優しさに甘えて、「友人として」なんて言葉を盾にして、勇気は出ないくせに自分にとって居心地がいい場所に居座って。

 それってちょっと都合良すぎじゃない?


「それじゃ、俺、そろそろ帰るな」


 康が私の手を離す。

 康の手が離れて少し冷たい夜の空気に手首が触れた瞬間、私は熱を引き留めるように康の袖を掴んだ。

 引っ張られた康が驚いた様子で私を見る。


「しの、」

「康」


 深く息を吸い込んで、私は彼の茶色い目を見つめ返す。


「私、康のことが、好きだよ」

 

『俺は、忍のことが好きだよ』


 不意に、去年の夏祭り、花火の下で言われたことを思い出す。


 あの時の言葉とは、違う想いがこもっているけれど。


「私からも、お返し」


 みるみる目を見開いていく康に、私は清々しい気持ちでニッと笑った。

康→片思い18年  忍→恋心の自覚から3か月で告白


ここまで読んでくださりありがとうございます!

次話も楽しみに待っていていただけると嬉しいです!

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