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カゾクアイ  作者: 紀章櫻子
第一章
47/61

47話 ひな人形


「2人ともー、ご飯できたよー」

「はーい!」

「悪いな、毎度俺の分まで」


 出来立てのハンバーグをテーブルに並べ、リビングのソファで遊んでいる結と康に声をかければ、2人ともすぐに立ち上がって駆け寄ってくる。


「わーい! ハンバーグ!」

「わ、うまそう! いつもだけど!」


 きらきらと同じように目を輝かせる5歳と26歳にクスッと笑みがこぼれた。


 3人そろって席に座り、「いただきます」と手を合わせる。


「おいしい!」


 幸せいっぱいと言わんばかりの笑顔で好物のハンバーグをほおばる結を見れば、こちらまで笑みがこぼれてしまう。


「忍の料理ってもう店開けるよな」


 康がそう言ってくれるのもすごく嬉しい。


 結と暮らし始めてもうすぐ1年になる。

 1人暮らしだった時は作ろうなんて思わなかったハンバーグやエビフライが、今では、結が喜ぶから月に1回くらい作るようになった。料理のレパートリーも増えた。

 他にも、結に合わせた生活リズムのおかげで、かなり健康的な生活を送るようになったと思う。

 8時には寝る準備が完了していたりとか。


 それに。


「結、今日は幼稚園でどんなことがあったの?」


 結と暮らすようになってから1番変わったことと言えば、夕食を独りで食べなくなったことだ。

 今のは毎日のように聞いている質問。

 だけど、結は毎日違う答えで返してくれる。


「えっとねー、きょうはね、れいちゃんとおえかきしてね、それからー」


 幼稚園の話をしている結はすごく楽しそうで、聞いているだけでこちらも楽しくなってくる。

 私の、毎日の楽しみ。


「あっ ゆいね、おひなさまつくったよ!」

「え、おひなさま?」

「ああ、明日はひな祭りだからな。うちの保育所でも作ったよ」


 一段と目をキラキラさせる結と、首を傾げる私と、うなずく康。

 突然結は椅子から飛び降りてパタパタと駆けて行ったと思ったら、すぐに手に何かを持って戻ってきた。


「しのぶっ みてみて! これね、ゆいがつくったおひなさまとおだいりさま!」


 得意気にずいっと見せてくれたのは、紙コップと画用紙で作られたお雛様とお内裏様が、並んで段ボールに赤色の画用紙を貼った土台に固定されているもの。

 きちんとお雛様には釵子、お内裏様には冠がつけられていて、画用紙なのにすごく細かいしかわいらしい。


「すごいね結! 上手なうえにすっごくかわいいし! これ、ここに飾っとこうか」

「うん!」


 テーブルの端の真ん中にちょこんと置かれたひな人形。


 そっか、明日はひな祭り。じゃあ明日の夕飯はちらし寿司かな。ひなあられも買っておかなくちゃ。


 口元が自然とほころんでいるのを自覚しつつ、明日の予定に思いを巡らせていると。


「でもねえ、ほんとうは、おひなさまとおだいりさまだけじゃないんだってー」

「ああ、三人官女とかな。さすがにそういうところまで手作りは、幼稚園保育園じゃ難しいなぁ……あ、そういえば忍」


 ふと、康が私を呼んだ。

 一瞬ドキッとしてしまったけれど、何とか何事もなかったように目を向ける。


「ん?」

「いや、昔、忍の家にめちゃくちゃ大きいひな人形があったなと思って。あれ、今どうしてんの?」


 そう言われて、私は今まですっかり忘れていた、幼き日のひな祭りを思い出した。


「あー、あの代々受け継がれてきたひな人形ね。さすがに1人暮らしのこの家にあんな大きいものを持ってくるのは無理だし置き場もないから、実家に保管してるよ。……あ、そっか。今年は結がいるし、五人囃子くらいまでは持って帰ってきてもよかったね」


 康の言う通り、うちにはお母さんのおばあちゃんの代から大切にされているという、人はもちろん大きなひな壇と飾りが全てそろったひな人形がある。

 小さい頃は3月1日に物置から引っ張り出してきて、写真を見ながら並べ、3月中はずっと飾っていたものだ。

 中学生になったらそういうこだわりもなくなって、そのまま家を出てしまったから、あのひな人形たちはここ数年眠ったままのはずだ。


「しのぶ、おおきいおひなさまたちもってるの?」

「私が昔住んでた家にね。今度行ったとき、見せてもらおうか」

「ほんとっ? それってえいじおじちゃんのところ!? わーい!」


 無邪気に両手をあげて喜ぶ結。

 そのかわいさにキュンとしながら、私は結を抱き上げ、椅子に座らせた。


「それじゃあ結、今はご飯中だからね、ちゃんと座って、お行儀よく食べようか」


 結は、私からの注意に素直にうなずく。

 もう1度手を合わせなおし、もぐもぐとおいしそうに食べ始めた。


「おいしい? 冷めてない?」

「うん! ゆい、しのぶのごはんすき!」

「……そっか」

「忍さん、口角が」


 にぎやかに食卓を囲むこと。お正月以外の年中行事に意識を向けること。

 1年前の私からは想像もできなかったことが、結の存在によって叶えられて、いつの間にか、私にとってのかけがえのないもになっている。




 インターホンが鳴ったのは、夕食が終わり、康と並んで食器を片づけている時のことだった。


「笹山急便でーす」

「はーい」


 その場を康に任せて玄関に行き、扉を開けた瞬間、私は思わず目をむいた。


「綿野さんですね、こちらにサインをお願いします」

「は、はい」


 領収書にハンコを押しつつ、届いた荷物から目が離せない。

 小さな荷台にとんでもないバランスで置かれた大きな箱1つと小さな箱2つ。

 心なしか、配達員さんの視線が痛い。


「あ、ありがとうございます……」

「割れ物なのでお気をつけください」

「は、はい……すみません」


 配達員さんにも手伝ってもらいながら、重たい箱達を玄関に上げる。

 誰からかと思ってみれば、差出人の欄にはお父さんの名前。


 ……もしかして。


 玄関への移動が終わり、配達員さんにお礼を言ってドアを閉めると、ちょうど片づけを終えたらしい康がひょっこりと顔をのぞかせた。


「忍、結構時間かかってるけど大丈夫か……ってうわっ」


 うん。だよね。こんな大きい荷物、なかなかないよね。


「康ごめん、手伝ってくれる? この大きい箱だけでいいから」

「いいけど……」


 今度は康に手伝ってもらって、私は身に覚えのある重い箱をリビングへと持って行った。




「あー、やっぱりね」


 箱の中身を確認して、私はうなずいた。

 康も中身を見て、「すご……」と感嘆の声をあげる。


「結、ちょっとこっちおいで」

「なあにー?」


 テレビを見ていた結に手招きすると、結はトコトコとこちらに歩いてきた。


「結、お父さんが……英司おじちゃんがコレ、送ってくれたよ」

「んー? ……わぁ!」


 箱を覗き込んだ結の目が、キラキラと輝きだす。


「おひなさまだぁ!」

「正解! お雛様とお内裏様だけじゃなくて、全員集合してるよ」

「すごーい!」


 結はそっとお雛様を持ち上げて、宝物を見ているかのように「きれい……」とつぶやいた。


 その様子に、ドキッとした。

 今まで無邪気でかわいくて妖精みたいだった結の横顔が――いや、それは今も変わらないんだけど――急に少し大人びたように見えたから。


「それじゃ、明日のために、今から飾るか?」


 康が私と結に顔を交互に見て、ニッと笑う。

 結が私を見る。

 期待に満ちたまなざし。いつもと変わらない、幼稚園児らしい仕草。

 私は笑って大きくうなずいた。


「うん! みんなで一緒に飾ろっか!」


 すると結も、まぶしすぎるくらいの笑顔を返してくれた。


 3人で和気あいあいとひな壇にひな人形を並べていく。

 置き場所はリビングの隅。

 完成してから部屋全体を見てみると、テレビとソファくらいしかないリビングが途端に華やかな雰囲気に。


 結は並んだ人形達に大はしゃぎであだ名をつけ、康は着物の柄や飾りの模様に感心しながらまじまじと眺めていた。


 赤いひな壇にずらりと並んだ美しい人形達。

 ふと、昔、ひな祭りが近づく度に、この人形達に会えるのが楽しみだったことを思い出す。


 私はお雛様のひなちゃんとお内裏様のだい君に一生懸命話しかけている結に目を向けた。


 ひな人形は、女の子の成長と幸せを願う想いを込めて飾られる。

 私は、結と出会えて、康と昔以上に居れて、朱音や一条さんと仲良くなれて、お父さんとの関係も良好で、今はもう幸せだから。いや、そんな幸せを結が運んできてくれたから。


 今年から、毎年3月3日が近づく度に、このひな人形を飾ろう。それから、今日結が作ってきたお雛様達も。


 どうかこれからは、結の成長と幸せを見守ってくれますように。



 結に心底気に入られたひな人形たちだけど、その夜、寝ぼけてリビングに入ってきた結を暗闇から見つめてしまったことにより、結が恐怖で泣き叫んだことは、また別のお話。

大変長らくお待たせいたしました!

完全に自分のペースで書いてしまっているので、次話も気長に待っていただけると嬉しいです。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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