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カゾクアイ  作者: 紀章櫻子
第一章
46/61

46話 バレンタイン


「しのぶっ チョコわれた!」

「お、上手にできたね。それじゃ、次はこれを混ぜてくれる?」

「うん! まぜまぜー!」


 2月13日、日曜日。

 バレンタイン前日ということで、結にお願いされて一緒にチョコレート作りに挑戦している。


 私もご飯はともかくお菓子作りは初心者だから、とにかく寸分たがわずレシピ通りに作るようにしなければ。


 材料を量ったり、レンジで温めたものを取り出したりの作業は私がして、混ぜたりチョコを砕くといった安全で簡単な作業は結にやってもらう。


 結はこれまたすごくお菓子作りが上手なようで、頼んだことは完璧にこなしてくれるし、その後に必ず得意げに笑って見せてくれる。


 バレンタインの準備からこんなに胸をときめかせてくれる子、なかなかいない。こんなにかわいい子からチョコレートをもらったら誰でも好きになっちゃうよ……!


 …………ん?


「そういえば結、このチョコレート、誰にあげるの?」


 ふとした疑問。

 バレンタインって、好きな人にチョコレートをあげるイベントだったよね。

 ということは結もチョコレートをあげたいと思う『好きな人』がいるわけで。

 勝手にお友達の玲ちゃんかなって思っていたけれど、結から聞いたわけじゃない。もしかして、結って好きな男の子が……


 すると、結は「え」と一瞬固まった後、ぽぽぽっと顔を赤く染めた。


「えっ」

「しのぶっ まぜまぜできた! はやく、つぎ!」


 私が口を開く前に、何も聞くなと言わんばかりに差し出されたボウル。

 上気したりんごみたいなほっぺ。

 上目づかいで私をじっと見つめる瞳。


 思わず、うぐっと言葉を飲み込んだ。


 ま、まあ、結だって好きな男の子の1人や2人いたっておかしくないのかもしれない。

 それが誰なのか少々気になるところではあるけれど、結のこの顔に免じて、聞かないでおこう。


「えーっと次は……結、ここにこれを入れて、またまぜまぜしてくれる?」

「うん!」


 生クリームとチョコレートの甘い匂いに包まれたキッチンはいつもと少し違う雰囲気で、でも結の楽しそうで真剣な表情を見れたり、初めてのことに結と2人で挑戦したり、嫌な感じはしなかった。




「さて。あとは冷蔵庫で冷やして固めるだけみたいだから、一旦終わりにしよっか。結、今日のアニメ観る?」


 作業が一段落して、ほっと息をつく。


 今から3時間くらいは冷蔵庫に入れておかないとダメみたいだから、待っている間に今朝結が見逃がしていたアニメの録画を観たいかな、と思ったんだけど。


「うぅん……ゆい、ちょっとねむい……」


 言いながらすでに若干うつらうつらしている。

 今にも倒れて眠ってしまいそうで、慌てて結を抱き上げると、結は私の肩にほっぺを乗せて、すうすうと寝息を立て始めた。

 思わず笑みがこぼれる。


 いっぱい集中して一生懸命頑張ったもんね。


 愛しさでいっぱいになりながら結のほっぺたをつついて、ソファに向かう。

 結を寝かせて毛布を掛けると、結はもそもそと毛布の中にもぐりこんだ。

 その様子が、小動物みたいでかわいい。


「相手の子、喜んでくれるといいね」


 そう呟いて休憩がてらソファの前に座った時、ふと、ある顔が頭に浮かんだ。


 明日はバレンタインデー。

 好きな人にチョコレートを贈る日。

 彼は人気者だから、たぶん今年もたくさんの人からチョコレートをもらうのだろう。


 ……だったら、1個くらい増やしてもいいだろうか。

 いや、ただでさえ食べきれるか怪しい量なのに、それ以上増やしてしまったら迷惑かもしれない。

 でも、他の人たちはあげているのに私だけあげられないのは、正直少しもやっとする。


「うー-ん……」


 私はしばらく悩んだ末、私は立ち上がった。




 2月14日、バレンタインデー当日の朝。

 昨日のうちにラッピングを済ませたチョコレートを冷蔵庫から取り出し、結に渡す。


「っと、たくさんあるからこの紙袋に入れようか」

「うん!」


 アラザンやハート形の砂糖で飾り付けたかわいいチョコレートが入った、これまたかわいらしい袋は5袋あり、結の小さな手では落っことしてしまいそうだ。


 家にあった小さめの紙袋を差し出すと、結はしゃがみこんで丁寧にチョコレートを入れていく。

 その様子を見守っていると、結はなぜか2袋だけ紙袋に入れずに立ち上がった。


「結、ここにある2つは持っていかないの?」

「うん! こっちのはこうにあげるの! だからしのぶ、こんどでいいから、こうにあえるかきいてくれる?」


 少し遠慮がちに、でも期待こもった視線と共に渡された片方のチョコレート。


 私、この顔に弱いんだよなあ……。

 頼み事も、そんな『今度でいい』ってほど大きなことじゃないのに。


「わかった。たぶん康は今仕事中だろうから、メールを送っとくね」

「うん! しのぶ、ありがと!」


 嬉しそうなその笑顔に、なんだか私も幸せな気持ちになる。

 袋を受け取って、よしよしと結の頭を撫でると、結はもっと嬉しそうにへにゃっと笑ったあと、ハッとしたようにもう1つのチョコレートを両手で包み込んだ。


「あ、あのね、しのぶ。こっちのチョコレートね……」


 そう言いながら、ちょっとほっぺたを赤くしてラッピングの袋の端を握ったり離したりし始める結。

 さっきとは打って変わったもじもじとした仕草に、私は首を傾げた。


 なんだろう。私には言いにくい相手にあげるんだろうか。

 あ、もしかして、昨日教えてくれなかった結の好きな人の話かな?


「これね、きょうはばれんたいんでーってひでね、ゆいのすきなひとにチョコをあげるひだからね、」


 どうやら予想は当たっているみたいだ。

 結はよっぽど恥ずかしいらしく、手招きして私にしゃがむように促した。


 かわいいなあ、なんて思いつつ、ご所望通り結の正面で結と同じ目線になるようにしゃがみこむと。


 ガサッ


「…………え?」


 突然目の前に差し出されたチョコレート。

 びっくりして結を見ると、結はいよいよ顔を真っ赤にして、小さな小さな声で言った。


「ゆい、こうもれいちゃんもすきだけど、でも、しのぶがいちばんだいすきだから……だから、しのぶにこれあげる」


 見れば、目の前のチョコレートを包む袋には、大きなハートのシールが貼られている。その中に、結の字で『だいすき』のひとこと。


「…………ッッ!」


 きゅぅぅぅぅぅぅんっと胸が締め付けられる気がした。

 頭で何か考えるより先に体が動いて、結ごとチョコレートを受け取る。


「わわっ しのぶっ?」

「結、ありがとう! すっごく嬉しい!」


 ああ、かわいい。かわいいなあ……!

 まさか、私のチョコレートをあんな一生懸命作ってくれていたなんて。


 めいっぱい結を抱きしめると、結もえへへ、と恥ずかしそうに私の首に手を回した。


 どうしよう、幸せだ。結が愛おしくて仕方がない。


「結、チョコレートありがとう。大事に食べるね」

「うんっ」


 幸せで温かい。

 バレンタインデーって、こんなに素敵な日だったのか。

 いや、結と一緒だからかな。

 なんてことない月曜日の朝も、すごく特別な……


 ん? 月曜日?


「幼稚園!」


 私はハッと我に返って結から体を離した。


「しのぶ?」

「結、まずい! 幼稚園遅れちゃう!」

「あーっ!」


 完全に考えてなかった。

 私としたことが、喜びのあまりすっかり今日が平日であることを忘れていた。


 慌てて2人で準備をして、家を飛び出す。

 なんとか幼稚園には間に合ったけれど、2人とも走ったせいで髪はぐっちゃぐちゃだし、息も切れていて先生に心配されたりもして。

 でも、結と顔を見合せれば、たまにこんなことがあるのも悪くないなって思ってしまった。


 ☆ ☆ ☆


 月曜日の夜。

 いつもならあまり気分が上がらずまっすぐに帰宅するが、今日は違う。

 俺、谷川康は、小さく息を吸って目の前のインターホンを押し込んだ。


 ピンポーン


『……はい』


 聞こえてきた幼馴染の声に胸が躍る。


「谷川です」

『あ、康。ちょっと待ってね。結、康が来たよ』

『ほんとっ?』


 すぐにドアの向こうからトタトタと駆けてくる音がして、勢いよくドアが開いた。

 そこに、俺を見て顔を輝かせる幼い少女。


「こう!」

「よう、結。久しぶり」

「うん! あのね、こう、ゆいね、チョコレートつくったの!」


 そう、今朝、忍から『結がバレンタインのチョコを康に渡したいみたいだから今週空いている時間はあるか』というメールが届いたので、仕事の帰り道に忍の家に寄ったのだ。


 結は作ったというチョコレートを俺に見せてくれようとしたのか手に持った茶色い包みを差し出そうとして、「あれ?」と首を傾げる。


「こら結。チョコレート忘れていっちゃダメでしょう」


 すると、後ろから苦笑交じりの優しい声がして、忍が廊下を歩いてきた。

 その右手にもチョコレートらしき小包。


「あー! しのぶ、ありがとー!」

「ん」


 結は忍からそれを受け取ると、ニコーッと満面の笑みで今度こそ俺に差し出した。


「これね、しのぶといっしょにつくったの! こうにあげる!」


 カラフルなラッピングがかわいらしい。


 俺はしゃがんで結からそのチョコレートを受け取った。


「ありがとう結。めちゃくちゃ嬉しい!」

「どういたしまして!」


 満足げに笑う結の頭を撫でる。

 その時、結が大事そうに持っていた先ほどの茶色い包みが俺の体に当たってカサッと音を立てた。


「結、これは今日友達からもらったのか?」


 ちょっと気になって聞いてみると、結は聞いてほしかったのか、嬉しそうに俺にその包みを掲げて見せた。


「これねっ しのぶがゆいにくれたのっ」

「ええっ 忍が?」

「うん! ゆい、うれしくてねっ だいじにたべるのっ」

「んん……っ!」

「…………」


 変な声がしたと思って顔を上げれば、案の定忍が顔を背けて肩を震わせている。


 ……どうせまた「結がかわいすぎて……!」とか考えてんだろうな。どこのカップルよりもラブラブで何よりだよこの2人。


「それじゃ、俺はそろそろ帰ろうかな。結、チョコレートありがとう」

「うん! こう、またね!」

「あ、康、ちょっと待って」


 結からもらったチョコレートをカバンに入れて、エレベーターの方に体を向けようとすると、忍に手を掴まれた。


 え。


「康、あの、私もバレンタインのチョコ渡そうかと思ったんだけど、やっぱり毎年いっぱいもらってそうだと思って……」


 忍がちらっと俺が左手に持った紙袋を見る。

 その中には、今日俺が職場で先生たちにもらったチョコレートが入っていた。


「あ、いや、これは……」

「だから、これっ」


 俺の言葉を遮るように忍が茶色の袋を突き出した。


「へ……?」

「えっと、私までチョコを渡しちゃうのは迷惑かなと思って。バレンタインには似合わないかもしれないけど、クラッカー作ってみたの。しょっぱいし、チョコの合間に食べて」


 心なしか、忍の顔が赤い。


 忍とは今まで20年以上の付き合いだけど、その中で彼女がバレンタインデーに何かを作ってくれたことなんて1度もなかったのに。


「え、あの、忍、」

「それじゃ、今日はありがとう! またご飯食べにおいでね!」

「え、おいっ」


 その真意を問う間もなくクラッカーが入った袋を押し付けられ、ドアを閉められてしまった。


 しん、と静まり返った空間に俺1人が取り残される。


 でも、これ、夢とかじゃないよな……。

 右手にしっかり重みあるし。


「――――ッッ!!」


 こんなことで馬鹿みたいだって自分でもわかってるけど。


「こんなの、舞い上がっちゃうだろ……!」


 俺は喜びで叫んでしまいそうな気持ちを抑え込むため、強くこぶしを握りこんだ。

お待たせしました。

ここまで読んでくださりありがとうございました。

次回も気長に、待っていただけると嬉しいです。

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