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カゾクアイ  作者: 紀章櫻子
第一章
45/61

45話 女子会


「え? それでその幼馴染くんのこと好きだって?」

「康君、やったよ……!」


 近所の落ち着いた雰囲気の喫茶店で、ブラックコーヒーを片手に目を丸くする一条さんと、なぜか額を抑えながらガッツポーズをとる朱音を前に、私は苦笑いで温かい紅茶をすすった。


 お正月休みが終わって、戻ってきた目まぐるしい日常にも慣れてきたころの、とある土曜日。

 結が友だちの(れい)ちゃんの家でお泊り会をするらしく朝から出かけてしまったので、私は久しぶりに1人っきりの休日を迎えていた。

 寂しさのあまり家事ひと通りを一瞬で終わらせてしまい、どうしようかと悩んでいたところに朱音から連絡が着て、久しぶりにお茶をすることになったのだ。


 話をしてるうちに、ぽろっとこの前の帰省で気づいた自分の気持ちについてこぼしたら、冒頭のような反応が返ってきたんだけど……


「あの、一条さん。なんでここにいるんですか?」


 一条さんは私の会社での先輩。

 子育ての先輩でもあるから、たまに相談に乗ってもらっていて、私のことも気にかけてくれるいい人だ。


 そんな一条さんが今なぜかここにいて、朱音の隣で一緒に私の話を聞いている。

 朱音と喫茶店のテーブルに案内された時はいなかったはずだ。一体いつから?


 すると一条さんはふふん、と得意げに、


「そりゃあ、綿野さんが面白そうな話を始めたから来たのよ。社内1のクール美人の恋バナなんて聞かないわけないじゃない」

「いや、答えになってないと思うんですけど……」


 ……まあ、一条さんって隣で仕事してると思ったらトイレで他の女性社員に混じって噂話とかおしゃべりとかしてるし。そうかと思えば今度は営業先から取引成立の電話をかけてきたり。


 ……うん。一条さんと私では時間の流れ方が違うんだ、きっと。そういうことにしておこう。


「忍って、やっぱり会社でモテるんですか?」

「基本的に塩対応だから表立って騒がれるわけじゃないけど、高嶺の花って感じで陰ではすっごく人気があるわよ」

「あー……鈍感だもんね」

「さっきのも絶対後半何のことかわかってないもんね。むしろ聞こえてないんじゃない?」


 何の話をしているのかはよく聞こえないけど、コソコソと顔を近づけて話す朱音と一条さん。


 この人たちのコミュニケーション能力にも、もう何も言うまい。


「それでそれで? 忍、これからどうすんの?」


 不意に、朱音が身を乗り出して目を輝かせて聞いてきた。


「どうするって?」

「告白とかだよ! その気持ち、康君にちゃんと伝える?」

「こ、こくはく……」


 そっか、好きになって終わり、じゃないんだ。

 ちゃんと相手に伝えないと。


 康に、この気持ちを……


「おやおや? 忍さん?」

「あらぁ、かわいい顔しちゃってまあ」

「ううううるさいっですっ」


 にんまりと顔を近づけてくる2人を押しのけて、必死に顔を隠す。


 な、なんだこれ!?

 想像しただけなのにすっごい恥ずかしいんだけど!

 たかが2文字を伝えるだけだし、結が相手ならいくらでも言えるのに!


「も、もしかして、私、康のこと好きじゃない……?」

「「なんで!?」」


 にやけ顔から打って変わって目を丸くした朱音と一条さん。

 私はそんな2人を若干パニックになりながら見つめる。


「だって、私、康には『好き』なんて言えそうにないよ。今ちょっと想像したけど……言おうとしたら動悸がして倒れちゃう気がするっ」


「……なんだろうな、この甘酸っぱい青春漫画を読んでいるかのような気持ちは」

「会社のみんな、綿野さんがこんなかわいい顔するなんて知ったら大騒ぎだろうなあ」


 返ってきた生温かい視線に、だんだん腹が立ってきた。

 紅茶、アイスにすれば良かったな。

 熱冷ましができない。


「……じゃあ」

「「ん?」」

「朱音と一条さんはどうなの……?」

「え」

「何が?」


 ゆらあり、と立ち上がった私に、目の前の2人はぎょっと目を開く。


「2人とも、結婚してるよね。旦那さんとそういうところ、どうだったのかな……?」

「ちょ、ちょっと待った! あたしたちの話は関係なくないっ?」

「そ、そうよ。それに、結婚してから結構経つし、あんまり面白くはないと思うんだけど……」


 目を逸らそうとする2人に、私はニッコリと笑って見せた。


「でも、私ばかりからかわれるのは、フェアじゃないですよね?」




 ○朱音の場合

「真翔とは小学校の時に1、2年生で組むペアみたいなのがあってそこから仲良くなったというか。家も近所だったから真翔が中学生になってもよく会ったし、疎遠にならずにむしろずっと仲が良かったんだよね。

 えっと、あたしが真翔を意識するようになったのは中学3年の時で、真翔が高校生になって、あたしは受験で、会う機会が減っちゃってすっごく寂しくて……最初は『久しぶりに会いたいなー』くらいだったんだけど、いざ久しぶりに会ったらなんだかやけに安心したんだよね。そこから結構真翔が気になり始めたかな。

 え、告白? こ、告白もプロポーズも真翔がしてくれたよ。高校に入学してから少しして。あの時は本当にびっくりしたし、泣くほど嬉しかった記憶があるなー。

 あ、でも最近、仕事が忙しいみたいでなかなか2人でゆっくりする時間がないんだ。仕方ないのはわかってるけど……ちょっと、いや、かなり寂しいかなあ」




〇一条さんの場合

「わたしの話はあんまり面白くないとおもうけれど。ただ、大学で同級生と付き合い始めて、お互いある程度余裕ができたから結婚したーみたいな感じよ。

 告白も特になくて、ほとんどノリで付き合い始めたようなものだから。だけど、その……付き合っている間に結構気が合うな、とか、かっこいいな、かわいいなって思うことが増えてきて。結婚するころにはもう世界一好きな人になっちゃってた。

 子供にも恵まれて、今は家族3人で仲良く暮らせて幸せよ。ただ、朱音ちゃん同様、最近2人の時間っていうのができなくて、たまにはデートとかしたいなあ……なんてね」




 ……なるほど。2人ともそんな風に思っていたのか。

 朱音も一条さんも、いつも明るくて我が道を突き進んで行っていそうな気がしていた。

 特に朱音は、私が見た真翔さんとの掛け合いに、そんな素振りがあったようには見えなかった。


 へぇ……そうなんだ。2人とも意外に――――


「うわ、忍、何その顔」

「いや、2人ともかわいいなって……」

「言わなくてよろしい」

「綿野さん、すっごい顔ゆるんでるねぇ」


 一条さんに言われて、頬に手を当てる。

 完全無意識に口角が上がっていたようだ。


 咳ばらいをしてまた一口紅茶を飲むと、少し冷めた程よい温かさで、胸にじんわりと熱が広がった。


「なんかいいね、こういうの」


 無意識に言葉がこぼれていた。

 2人に首を傾げられて、ちょっと恥ずかしくてカップをさする。


「私、学生の時は友達とこういう話をするっていうことがなかったから。同級生の女の子が盛り上がってた理由、今ならわかる気がする」


 仲のいい人が恥ずかしそうに、でもちょっと幸せそうな顔で好きな人との思い出を話してくれたり、意外な本音をこぼしてくれたり。

 そういうのが、すごくうれしくて楽しい。


 社会人になるまでは――――今も仕事以外では得意とは言えないけれど――――苦手だった女の子達の弾んだ会話も、仲間に合わせなきゃいけないというような空気感も、今思えばもう少し楽しんでみてもよかったのかもしれない。


 ほんのちょっとの後悔が、浮かんで消えた。


「――でも、別に今からでも遅くないよね」


 不意に、朱音が言った。

 彼女は優しい瞳で私に微笑む。


「たしかに修学旅行とか部活とか文化祭とか、そういう学生ならではの名前が付いた行事は無理だけど、旅行に行ったり遊んだり恋バナしたりすることは、今からでもできるでしょ。むしろ大人になった分グレードアップできちゃうし。あたし、忍とそういうこともいつかしたいなあってずっと思ってたんだよね」

「朱音……」


 すると、一条さんも笑いながらうなずいた。


「そうよ、わたしたちはいつまでも心は乙女のままなんだから、青春するのに遅いなんてことは絶対にないわ。現にわたしも会社の子たちも経理部の藤島君がかっこいいとかデザイン部の田中さんが旦那になってほしいとかそういう話ばっかりしてるもの」


「だからさ、忍。あたしは基本的に専業主婦だし、働いている一条さんや忍よりかは時間があるから、忍がこれからしたいことがあったり聞いてほしい話があったら、いつでもいくらでも付き合うし、あたしも遠慮もなく忍に付き合ってもらうから、そのこと、覚えといてね」


 歯を見せてニッと笑う朱音のいつもの笑い方。


 ……うん。私、朱音と出会えてよかった。友達になれて本当によかった。


「それじゃ、私も遠慮しないね」

「もちろん! どーんと来なさいっ」


 とある土曜日の昼下がり。

 近所のカフェの、日差しに包まれた温かなテーブルで、私たち女子3人はたくさんの話題で話に花を咲かせた。


 家に帰って携帯を見ると、メッセージアプリには私と朱音と一条さんの3人のグループ。

 まだ何も送信されていなくて、おそるおそる私はメッセージを送る。


『これからもよろしくお願いします』


 すると、すぐさま2人から『よろしく』の文字が躍るスタンプが返ってきた。


 思わず笑みがこぼれて、私は携帯を机に置き、夕飯づくりにとりかかった。




 その夜。

 結がいない夜が久しぶりで、寂しすぎてなかなか眠れなかったのはまた別のお話。

大変長らくお待たせいたしました。申し訳ございません。

経理部の藤島君は年末に忍に振られた人です。

カゾクアイはまだ続きますので、気長にお待ちいただけると嬉しいです。

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