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カゾクアイ  作者: 紀章櫻子
第一章
44/61

44話 自覚


 どれくらいの時間が経っただろうか。

 今までため込んできたものを全部吐き出してしまって、私はお父さんから体を離し、涙をぬぐう。


 お父さんは私が泣いている間ずっと抱きしめていてくれて、人の体温に包まれるということがこんなにも温かなものであるということを初めて知った。

 この歳になって今更、とちょっとだけ恥ずかしくもあるけど。


 顔を上げれば、お父さんは私に優しくて穏かな微笑みを返してくれる。もう、気まずいとか緊張するとか、そんな気持ちは消えてしまっていた。


 特別なことは何もしていない。

 ただ、少し素直になっただけ。

 それだけで、数年にわたるすれ違いやわだかまりが、じんわりと溶けてなくなる。

 それが、私たちの親子という形なのかもしれない。


 不意に、背中に小さな衝撃。

 振り返れば、私の背中にぴったりとくっつく小さな体が目に入った。


 きゅうっと私の服を両手で握る様子に、思わず顔が緩む。


「結」


 名前を呼べば、顔を少しだけ上げて上目遣いに私を見上げてくる。

 そこでハッとした。

 丸くて大きな結の目が、潤んでいる。


「もしかして、泣いてたの? 嫌なことでもあった?」


 そう問いかけると、結は何も言わずまた私の背中に顔をうずめた。


「ごめんね、忍ちゃん。忍ちゃんの大きな声が聞こえた瞬間こっちに走って行っちゃって。しばらく一緒に覗いてたんだけど、急にポロポロ泣き出しちゃったのよ」


 こそっとおばさんが襖の間から顔をのぞかせる。

 その下にしゅんとしたおばさんと同じ表情をした顔が5つ。おじさん、いつ起きてきたんだろう。


 大丈夫です、ありがとうございます、とだけ言って、私は結に目を戻す。


 ――ああ、不安にさせちゃってたのか。

 お父さんと再会してから、私は自分のことばっかりで。

 冷静な態度のようにふるまいながら、結に構ったり、ちゃんと説明する余裕すらなかった。


 それでも結は、私とお父さんの話が終わるまで、じっと我慢して待っててくれたんだね。


「結、ごめん」


 申し訳なさで胸がいっぱいになりながら体を回して向かい合う。

 結はうつむいたまま、ただ、ふるふると首を振るだけ。

 そっと柔らかなほっぺたを両手で挟んで持ち上げると、こげ茶色の瞳が少し遠慮がちに私を見つめ返してきた。


 その、少し心細そうな表情。


「結、私はもう、大丈夫だよ」


 出てきた言葉はほとんど反射的なものだった。

 結を安心させるように、ニコッと微笑んで見せる。


 謝ることも大事。いや、私は結に謝らなきゃいけない。

 だけど、それよりも何よりも、今は結を安心させてあげることの方が大事だ。

 こんなに幼い子に、こんな今にも不安で泣き出してしまいそうな顔をさせていいはずがない。


 結を抱き寄せて、ぽんぽんと頭を優しくたたく。

 結は、腕の中で一瞬固まっていたけれど、しばらくしてきゅっと私の首に腕を回した。


「しのぶ、もうかなしくない?」

「うん。悲しくないよ。さっき泣いちゃったのは、安心したからなんだ」

「あんしん?」

「ほっとするってこと。心配してくれてありがとね」


 少し体を離してちゃんと結の顔を見て笑いかける。

 そうしたら結もやっとほっとしたようなふりゃりとした笑顔を見せてくれて。

 

 お互いのおでこをこつんとくっつけて、もう1度笑い合った。




 その後。

 私は改めてお父さんに結を紹介した。

 その時の結の天使のような仕草によって行われたあいさつにお父さんは瞬殺されたようで、なんというか……メロメロのデレデレになっていた。

 こういうところ、似てる自覚があるんだよなあ。


 一方で、私に真面目な顔を向け、


『この子の親代わりになる覚悟がしっかりとあるなら父さんはもう何も言わない。ちゃんと責任をもって育てるように』


 と。それからちょっと慌てたように、


『あ、でもだからって1人で何とかしようと思うのはダメだぞ? まあ、康君を頼った忍なら大丈夫だろうが、1人じゃ無理だと思ったときは誰かを頼ること。その……父さんも頼ってくれていいから』


 って付け加えていた。

 そのちょっと勇気を出したような気遣いが照れくさくてうれしくて。私は緩む口元を抑えられずにうなずいた。


 そして。


「それじゃ、お世話になりました」

「俺はまた盆休みくらいに帰ってくるよ」

「ばいばーい!」


 玄関まで見送りに来てくれたおばさん達にぺこっと頭を下げる。そこにはお父さんもいて、名残惜しそうに小さく手を振っていた。


「……また、連絡するね。年賀状以外でも」

「ああ。いつでもいいからな」


 まだちょっと照れるけど、お父さんと向き合うのももう苦手じゃない。


「結ちゃんもまたおいでな」

「うん! またねー!」


 結もすっかり打ち解けて、こんな会話にもほっこりする。


「ねえねえ、聞きました? 忍姉とおじさん、携帯電話の番号すら交換してなかったんですって」

「あらあ、ってことは今までの連絡手段年賀状だけでしたの? ある意味すごいですわね」


 余計なヒソヒソ話をする燈君と陽君は、無言で康につねられていた。


 ……しかたないじゃん。そんな機会なかったんだから。

 今はもう交換したし。いつでも電話もメールもできるし。


「さ、そろそろ行くか」


 康が私と結を振り返る。

 仕事が始まるから、康も私たちと一緒に帰ることにしたらしい。

 もう1度軽く頭を下げて、皆に見送られながら外に出ると、ひんやりとした冷気が肌に触れた。


「やっぱこっちは寒いな」

「だね。風邪ひかないようにしなくちゃ」


 垣根に積もった雪に触りながら歩く結と手をつなぎ、康の隣に並ぶ。


 最近お互い忙しくて会うことがなかったから、すごく久しぶりな感じ。康の隣はなぜだか居心地がいいから不思議だ。


「……康、ありがとね」

「ん? 何が?」


 唐突な私の言葉に、康はキョトンとして私を見た。

 私はその目をちゃんと見つめ返して、笑顔をむける。


「お父さんとのこと。あの時康がちょっと強引に話し合う機会を作ってくれなかったら、私、今もお父さんとぎこちないままだったから」


 康が向き合えって背中を押してくれたから、私もちゃんと話せたしお父さんの話も聞けた。

 康にはホント、感謝してもしきれないな。


「……まあ、最終的に頑張ったのは忍だろ。俺はたいしたことしてないよ」


 なのに康はふいっと顔を背けてしまった。


「結局勝手に覗いて話聞いちゃったし……」


 なんてボソボソ言っている。


 そんなの、気にしなくていいのに。

 むしろ私の方が康とおばさん、もしくは康とおじさんのバトルを見ているというのに。


 あとなんか康の顔が赤くなってるような……


「しのぶ、みてみて! ちっちゃいゆきだるまー!」

「わっ」


 急に腕を引っ張られて下を見ると、鼻の頭を赤くした結がどや顔で雪玉を2つ重ねたものを掲げていた。


「え、結、ずっと私と手つないでたよね? どうやって丸めて……」

「かたてでねっ ころころころがしてまあるくしたの!」

「ちょ、天才か」


 器用すぎるよ結……!


 なんて思いながら、はっと結の鼻だけじゃなく耳まで寒さで赤くなっていることに気づく。


「結、そろそろ雪遊びはやめにして、手袋しよう? っていうか、巻いてたマフラーどこ?」

「マフラーはねえ、こうのいえのゆきだるまさんにあげたの!」

「えええええ!?」


 いや、そんな満面な笑みで言われましてもお嬢さん……!

 いつの間に? もう康の実家からはだいぶ離れちゃってるし……


「もー、しょうがないなあ」


 私は自分の首からマフラーを取って、結の首に巻き付ける。確認しなかった私も悪いし、仕方ない。またおばさんに連絡して、回収しておいてもらおう。


「しのぶ、ごめんなさい……」


 しゅんとして素直に謝られてしまったら、これ以上言うこともない。


「いいよ。それより結、あったかい?」


 頭を撫でて問いかければ、すごくいい笑顔で「うん!」とうなずく。


 うん。それならよかった。言うことなしっ


「いや、そしたら忍が寒いだろ」


 ふわっと首に触れた温かい何か。

 手際よく首に巻き付けられるのは、まごうことなき康のマフラー。


「え、ちょっと康! いいよ別にっ 今度は康が寒いじゃん!」

「俺は今暑いからちょうどいいんですー」

「いやそれ熱じゃない!? 大丈夫!?」


 なんとか抗おうとするも、圧倒的な力の差であっという間に首が包まれてしまう。

 康は私に巻いたマフラーを整えて、満足気にうなずいた。


「ちゃんとぬくいか?」


 さっきの私の真似なのか、若干からかうように笑いながら聞いてくる。


 その笑顔に、ドキッとした。


「あったかい、けど……」


 恥ずかしいようで少しうれしいような複雑な感情が胸を満たして、うつむく。

 赤くなっているかもしれない顔を隠すように、私はマフラーを鼻のあたりまで引っ張り上げた。


「風邪ひいても知らないからね」

「……とか言いつつ気にかけてくれるくせに」

「……知らないってば」


 チラッと康を見上げると、康はもうこっちを向いていなかった。


 傍にあると落ち着く康の匂い。

 本当にあったかい。


 康の、こういう気遣いができるところ、好きだな。

 長男気質っていうのもあるかもしれないけど、誰かのための行動を何の気なしにやっちゃうところも、貸しだとか思わないところも、康の良いところだ。

 誰とでも分け隔てなく接するし、真面目だし。

 康の良いところ、好きなところなんてたぶん無限に出てくる。


 そんな康の隣にいられることが、私はすごくうれしい。


 ――あ、そっか。


 自分で手袋をつけれたとアピールする結を褒めながら、私はこの帰省でもう1つ、自分の気持ちを自覚した。


 それはいつからか、当たり前みたいに私の中にあったもので、ドラマで描写されるような突然現れるようなものとは全然違って、景色に溶け込んだ野の花みたいで。


 それでも私だっていい歳だし、この気持ちの名前がわからないなんて言わない。


 ――きっと、この気持ちを人は、『恋』と呼ぶのだろう。

康く----ん!!


ここまで読んでくださりありがとうございます。

次回も気長に待っていただけると嬉しいです。

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