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カゾクアイ  作者: 紀章櫻子
第一章
43/61

43話 本音


「――忍ちゃん、そろそろ一旦ストップしてあげて」


 おばさんの声に、ハッと我に返る。

 気づけば、お父さんは魂でも抜けたかのような顔で私を見ていた。


「あ……すみませ……」


 私も私でめずらしく大声で話し続けたから息が切れてしまっている。


 ……やらかした。やってしまった。新年早々最悪だ。自分が割と冷静な人間だって結構自慢に思ってたのに。しかもよりによって人様の家で。


 自責の念にかられながら小さくなる。

 だけど、なんだろう。今までにないくらいスッキリしてる。

 心が軽くなったというか、今まで気づかないうちに抱えていたもやもやが消えちゃったというか。


 勢いで叫んじゃったけど、ようやく私は自分の気持ちに向き合えたのかもしれない。


 ――ああ、そうか。

 私はずっと、寂しかったんだ。


 ご飯を一緒に食べたかった。

 早くから仕事を頑張るあなたに「いってらっしゃい」って言いたかった。

 休日はたまにでいいから2人でおでかけ、ううん、家でまったりしながら学校の話とか好きなものの話を聞いてほしかった。

 運動会も、音楽会も、授業参観も、本当は来てほしかったの。


 他の誰でもない、お父さん(あなた)に。


「お父さん」


 いまだ放心状態の父をまっすぐ見つめる。


「1度、しっかり話してみませんか。……私も素直になるから」


 お父さんは一瞬驚いたように瞬きをして、それからゆっくりと、確かにうなずいた。




「忍、改めて、本当にすまなかった」


 開口一番、お父さんはそう言って頭を下げた。

 あまりにも唐突だったから、私がポカンとその頭を見つめていると、お父さんは頭を下げたまま続けた。


「花がいなくなってから……私はどうしたらいいのかわからなくて、ただただ悲しくて仕事に逃げたんだ。幼い忍だって同じくらい辛かっただろうに」


 やっぱり少し白髪が増えた頭。


 お父さんの気持ちがわからないわけじゃない。 

 最愛の人、これから苦楽を共にしていこうと決めた人を、子供ができてすぐになくしてしまったのだ。

 その辛さはきっと計り知れない。

 何かに逃げてしまいたくなるのも、当然だろう。


「……私は」


 私の声に、お父さんが顔を上げる。

 少しだけ目が潤んでいるように見えた。


「私は正直、お母さんのことはあまり覚えてないよ。だから、その時の私が辛いって感じてたかどうかは私にもわからない」


 それでも記憶に残る部分があったのか、たまにお母さんらしき人の夢は見るけれど。


「お父さんの気持ちもわかる。仕方がないと思うよ。だって、お父さんはお母さんのこと本当に大好きだったから。毎日欠かさずお仏壇に手を合わせてたし、夜中にお母さんとのアルバムを開いて泣いてたのも知ってるからね」

「み、見てたのか……」


 ちなみに、アルバムを見ていたことを知っているのは私がたまに夜中に目が覚めて起きてきたからである。

 その「たまに」で毎回そうだったから、たぶんお父さんは毎日仕事から帰ってきたら寝る前にアルバムを開いていたんだと思う。


 今思えば、あの時私がお父さんに話しかけていれば、何か変わっていたんだろうか。


「だから私、お父さんのこと、責める気も恨む気も一切ないよ」

「忍……」

「……なーんて、ね」

「……え?」


 何かをこらえるようだったお父さんの目が、一瞬で丸くなる。

 私は立ち上がって机を挟んだお父さんの隣に歩いていき、若干雑に腰を下ろしてさっきよりも間近で真正面からお父さんと向き合った。


「今までの、というか小さい頃の私なら今みたいに言ったかもしれないけどさ。私、今だけは聞き分けのいいイイコはやめることにする。お父さんは父親として責任もって最後までちゃんと聞いて」


 すると、驚き一色のお父さんの目が、真剣な色に変わる。


「わかった」


 大丈夫。

 出てきていいよ、私の本音。

 きっとちゃんと受け止めてもらえるはずだから。


 私はこぶしを握って、ゆっくりと息を吸い込んだ。


「『おかえり』も『いってらっしゃい』もない暗くて冷たい家が、怖かった」


 見ないふりをしてた、私の本当の気持ち。


「その日学校であったこととか、愚痴とか、聞いてくれる人がいないのは、苦しかった」


 昔は、言ってしまえばただ迷惑になるだけなんじゃないかって、言えなかったこと。


「授業参観とか学校行事で他の皆が家族と楽しそうに話しているのを見るのが、嫌だった」


 本当はずっとわかってた自分の醜い感情も。


「休みの日はおでかけでも家でゆっくりするのでもどっちでもいいから一緒にいたかったし、」


 全部。


「誕生日は『おめでとう』ってメッセージカードじゃなくて口で言ってほしかった」


 全部全部。


「お父さんが毎日仕事を頑張ってたのは知ってるけどっ それでも私が起きる前に会社に行って、私が寝てから家に帰ってくるせいで全然会えないのはっ」


 ぶちまけてしまえ。


「寂しかったし辛かった!」


 今更ようやく自覚して声に出した十数年ものの想いは、なんとも単純な言葉となった。


「お母さんじゃなくて、私はお父さんに一緒にいてほしかった……っ」

「……忍」


 不意にお父さんが手を伸ばす。

 その手は優しく私の頬から涙をぬぐった。


 気づけば私はぽろぽろと泣いていて、ぼやけた視界の中でお父さんが今まで見たことがないくらい温かい表情をしているのが見えた。

 まるで、大好きで大切なものを見つめるかのような。


 少し涙が収まったころ、お父さんの手が今度は私の頭の上に置かれた。


 お父さんは少し震えた声で、


「本当に今まですまなかった。言ってくれてありがとう」


 そう言って私の頭を撫でてくれた。


 そうしたら、また涙があふれてきて。

 私はとうとうお父さんの胸で子供みたいに泣いてしまった。

大変長らくお待たせいたしました。

新生活にいまだ慣れず、また投稿頻度が不定期になると思いますが、気長に待ってくださるとうれしいです。

次回で、親子の対話編は終了です!

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