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カゾクアイ  作者: 紀章櫻子
第一章
42/61

42話 親子喧嘩


「お、おとう……さん……?」


 あまりにも突然の再会。

 いや、たしかに会うかもしれないとは言ったけど、まさか本当に会うことになるとは。

 当然、相手……私のお父さんも目をまん丸にして呆然としている。


「し、忍……か……?」

「う、うん……。え、えっと、元気、でしたか?」

「あ、ああ、元気ですよ……?」


 会話終了。

 我ながら本当の親子の会話とは思えない。

 いや、コミュニケーション能力が著しく欠けているところは遺伝なんだな、と思うけれど。


「……しのぶ?」


 結が不思議そうに私を見上げた。


 あっ、そうだ。結のこと、紹介しなくちゃ。

 今年の年賀状に書き損ねてたから、たぶんお父さん知らない。


「え、えっと、お父さん、この子、この前私が預かることになった結です。詳しく話すと長くなるんだけど……とりあえず、私の娘です」

「し、しまだゆいです」


 ごめん結、突然無茶ぶりしちゃって……よくできました……天才だね……。


 結に申し訳なく思いながらもチラッとお父さんに目を向けると。


「え、娘? ん? どういうこと? や、うん、まあ、うん。えっと、忍の父です……」


 なにやらつぶやきながらもペコッと会釈してくれた。

 でも、そのあとは黙って結を凝視している。

 おかげで、私もお父さんも結も何も話さず、しん、とした静かな空気に包まれる。


「忍、どうした……って、おじさん!」 


 そんな気まずい空気を打ち破った声。

 神の救いこと康は、私の視線の先にいる私の父親を見て、目を大きくした。


 ナイス康。助けてくれてありがとう……。


「あ、こ、康君。久しぶりだね……」

「お久しぶりですっ 何年ぶりですっけ?」

「ええっと、5、6年くらいかな。大きくなったね」

「そうですか? 嬉しいですっ」


 す、すごい……私と話すよりもお父さんの話し方がスムーズなんだけど。


 おばさんもお父さんに気が付いたみたいで、パァッと顔を輝かせお父さんに近づいた。


「あら、あらあらあら! 英司さん偶然ね!」

「あ、こんにちは。来てくださってたんですね。ありがとうございます」

「もちろんよぅ! 私と花ちゃんは1番の友達だもの」


 花ちゃん、というのは、私のお母さんのことだ。

 おばさんとお母さんは、幼馴染だったらしい。


「え、おじさん!?」

「わ、ほんとだ! お久しぶりです!」

「イチゴ、ありがとうございました」

「おい、想、イチゴってなんだよ」

「この前もらったんだよ」

「いいなー」


 すると後ろから、わらわらと谷川兄弟が顔を出して好き勝手にしゃべりだし、先ほどまでの静かで気まずい空気は跡形もなく消え去った。


 恐るべし、谷川一族……!


 ふと、お父さんが私に目を向けた。

 私は皆みたいにはできず、お互いやっぱり気まずくて目を逸らす。


 すると、康が不意に私とお父さんの肩を引き寄せ、ニッと笑った。


「おじさん、この後予定がないのなら、うちで一緒に昼ごはん食べません?」

「「え?」」


 突然の申し出。

 振り返れば、おばさんもおじさんもうんうんとうなずいている。


 いやでも、ちょっと待って、私お父さんと同じ空間でご飯食べるとか意識しすぎて無理なんだけど……!


「ちょっと康、」


 慌てて康の服を掴むと、康は真面目な瞳で私を見た。


「忍、せっかくの機会なんだし、今ちゃんと話しとかないとこの先もずっと気まずいままだぞ」


 あまりのド正論に、私はグッと言葉を詰まらせたのだった。




 チクタクチクタク時計の音が部屋に響く。


「……あの2人、10分くらいずっとあの姿勢だけど、あそこだけ時でも止まってるのかな?」

「オレなら絶対耐えられない空気だわ……」

「結、母さんと居て正解だったな」

「さすがにこの空気は5歳児にはキツイもんね」


 静寂の中で、襖の外から堂々とこちらを見ている覗き魔の声も響く響く。

 見ててもいいけど、ちょっとは隠れようとか思わないんだろうか。


 康の実家の居間で、私とお父さんはちゃぶ台を挟んで向かい合ってた。

 気まずいのは相も変わらず続行中。

 何をどう切り出せばいいのかわからなくて、ぐるぐると悩んでいるところだ。


 元気かどうかはさっき聞いちゃったから……結の話? でも、時系列で話すなら大学から? あんまりおもしろい話はできないけど……


「忍」

「はいっ」


 まさかの、お父さんの方から話しかけてきた。

 背筋を伸ばすと、お父さんはちょっと視線をうろうろさせた後、おずおずと口を開く。


「その……元気だったか?」

「え、うん、まぁ……」

「何か……困ったこととかなかったか?」

「うん、そういう時は大体康がサポートしてくれたし……」


 そう答えると、お父さんはほうっと肩の力を抜いたようだった。

 もしかすると、ずっと私を心配してくれていたのかもしれない。


「あの、お父さん、ごめんね」

「……何が?」

「その、何の相談もせずに勝手に都会の大学に行っちゃって……」

「……」


「え、忍姉そんなことしたの?」

「そうだよ。忍姉ちゃんは今までの貯金と丸1年のバイト生活で貯めたお金で、1年遅れで大学に行ったんだ。おかげで普通に浪人した兄ちゃんと同じ学年に」

「陽、一言多い。おじさんには家を出る数時間前にそのことを伝えたらしい。本人曰く、『だってお父さん、朝早いし夜はなかなか帰って来ないし、伝える機会がなかったんだもの』だそうだ」

「おじさんはブラック企業か何かで働いてるの」

「いや、ただ仕事人間なだけ」

「どっちもどっちだな」


 外野が本当にうるさい。

 私だってアレはちょっと悪かったなって思ってるから今謝ってるのに。

 

 お父さんも両手で顔を覆ってるし。


「……うん、まあ、たしかに父さんも悪かったし、ただ結構びっくりしたというか、その行動力は母さん似なんだなというか……うん、忍が元気に楽しく過ごしてたならいいんだ」

「うん、ありがとう……」

「うん……」

「あと、改めて言うけど、私、娘ができました」

「うん……っていや、それについては父さんまだ混乱してるからな!?」


 突然の大声にビクッと肩が跳ねる。

 お父さんは、顔から両手を離し、ちゃぶ台に身を乗り出した。


「たしかに父さんも悪いのわかってるけどな? いくら連絡を取ってなかったからって子供ができた件については言ってほしかったんだけど! っていうか、そういうことこそ年賀状に書いてくれるか!?」


 よ、よくしゃべるなぁ……。

 お父さんってこんなしゃべる人だっけ?


「そもそも誰と……いや、引き取ったのか。誰のところから引き取ってきたのさ?」

「えっと、それはかくかくしかじかで……」

「はぁぁぁぁぁぁ!?」


 居間にお父さんの絶叫が響き渡り、またも肩が跳ね上がった。


「お、ちょ、そんな場の勢いみたいな感じで……忍、それはちょっと無責任じゃないか?」


 お父さんの、ちょっと本気で困惑した表情。

 納得はできるけれど、少しムッとしてしまう。

 

「でも、あの時私が動いてなかったら、結は今もひどい生活を送っていたかもしれないじゃない」

「そうかもしれないけど、子供を預かるってことは人の命を背負うってことなんだ。簡単に、衝動的に決めていいことじゃない。そもそも忍は子育ての経験なんてないだろう」

「最初は誰だって子育てなんかしたことないでしょ」

「他人の子供を預かるんだったらもっと考えた方がいいって言ってるんだ」


 だんだんとピリついた雰囲気になっていくのがわかる。

 こちらを覗く康たちがはらはらとした様子で私たちを見守っているのも。


 お父さんが言っていることもわかる。今ここで私が無責任だったと認めればこの空気は終わるんだろう。

 だけど、私だって譲れないし、自分の行動が間違っていたなんて思わない。結を預かると決めた日、絶対に後悔しないって思ったのは本当だ。


 というか。


「そもそもお父さんに無責任とか言われたくないんですけど!?」


 我ながら、大きな声が出た。

 今度はお父さんが勢いよく顔を上げる。


「私の記憶に残ってるお父さんは仕事ばっかり! 授業参観も運動会も音楽会も全部仕事で来なかったじゃない! それだけならまだしも、私と一緒にご飯食べてくれたこと、何回あった? 朝も昼も夜もお金だけ置いて好きなもの買いなさいってさ、お父さんこそ自分の大好きな仕事優先で幼い娘1人にして、無責任じゃないの!?」


 机に手をつき早口でまくし立てる私を、お父さんはただ呆然と見上げた。


 今更だってことも、子供っぽいことを言っているのもわかっている。だけど、口からついて出てくる言葉は止まらなかった。


「私だってたしかに完ぺきとは言えないけれど、お父さんよりもちゃんとした子育てできてる自信、あるもの!」


 ☆ ☆ ☆


 そのころ。


「忍姉ってあんなに大きな声、出せたんだなぁ」

「忍ちゃんがあそこまでキレてるの、初めて見たかも」


 覗き魔こと谷川家の兄弟たちは、やはり襖の陰からこそこそと居間を覗き込んでいた。


「忍だって、表に出さないだけで、人並に怒りや寂しさを感じてきたんだろ」


 康もまた、初めて自分の不満を父親にぶつけている幼馴染を見つめ、ポツリとつぶやく。


 昔から自分の感情を表に出すことが少なかった忍が、今、声を大にして本音をたたきつけている。

 幼いころから大人になろうと我慢ばかりしてきた彼女の変化に、思わず口元がゆるむのを感じた。


「こう、しのぶ、おこってるの?」


 くいっと康の袖を引いた小さな少女が心配そうに瞳を揺らす。

 先ほどの忍の父親の絶叫で駆けつけてきて、それから康たちと一緒に忍と父親のやり取りを聞いていたのだ。


 康はそっと結の前にしゃがみこみ、ふわふわの髪の毛を撫でて微笑んだ。


「忍は今な、遅れてきた反抗期なんだ。思う存分叫ばせてやって。な?」

 

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

次回も気長に待ってくださるとうれしいです。

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