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カゾクアイ  作者: 紀章櫻子
第一章
41/61

41話 記憶


『ねえ、忍。覚えていてね。忍は私の宝物よ』


 優しいぬくもりに包まれる。

 顔がはっきりと見えなくて、誰だかはわからない。でも、どこか懐かしい声。


 たぶん、この人はきっと――――。




「……ん」


 眩しい光がまぶたを射して、目が覚めた。


 昔から変わらない木の天井。小さい頃は、この木目が人の顔に見えると言って泣く陽君や燈君を康と一緒に宥めてたなぁ……。


 まだまともには働かない頭で、ぼんやりと昔の思い出に想いを馳せる。

 思い出せないけれど、すごく懐かしい夢を見た気がする。


 ふと、隣から寝息が聞こえてきて目をやると、天使こと結の寝顔が間近にあった。


 ああ、もう、かわいいなぁ……。

 前に一条さんが、『イケメン彼氏は3日で飽きる』って言ってたけど、かわいい娘は一生飽きないと思います……。


 栗色の髪をそっとなでてやると、結のまつげがピクッと動き、もぞもぞと寝返りをうった。


「んー……しのぶぅ?」

「あ、ごめん、結。起こしちゃったかな。まだ寝てていいよ」


 私がそう言うと、結はまたすやすやと眠ってしまう。

 その愛くるしさに、思わず笑みがこぼれた。


 ここは康の実家の一室。

 私が小さい頃、父の帰りが遅いときに使わせてもらっていた部屋だ。

 ちなみに、去年の夏に来た時もこの部屋を使わせてもらった。


 ……昨日は、なんというか、よくしゃべったなぁ。

 想君の愚痴(?)から全員の恋愛価値観についての話し合いに発展して。そのあとはなぜか陽君と燈君の好きなタイプについての話になって、漫画の話になって料理の話になって人生計画の話になって……。どういう脈絡で行われた話し合いなのかはあんまり覚えてないけれど、とにかくたくさんしゃべった気がする。

 あと、おじさん、ぜんっぜん起きなかったなぁ。


 結を起こさないようにして、静かに布団を出る。

 上着を着ていても、寝間着だと少し肌寒い。

 素早く着替えて居間に行ってみたものの、誰もいなかった。

 時計を見れば、まだ6時前。


 静かな朝は嫌いじゃない。

 ちょっと外の空気吸ってこよう。




「あれ、康」

「おお、忍。おはよう。早いな」

「おはよう。康こそ何してるの?」


 外に出ると、マフラーを巻いて手袋をした康がシャベルを持って立っていた。

 彼は私の問いかけに、「いやぁ」と苦笑いで答える。


「昨日の夜も雪降ったみたいだから、もしかすると積もってるかもなって。実際は全然積もってなかったし、なんとなく早く目が覚めただけなんだけど」

「そっか」


 雪かきしようとしてくれたんだ。

 優しいなほんとに。


「やっぱり、一泊だけだとあっという間だな」

「うん。でも、明日から普通に仕事だし。なんなら、来るのは今日だけでも良かったんだけどね」

「……母さんも父さんも忍のこと大好きだから。ごめんな」

「いやいや、そんな風に思ってもらえるなんて嬉しいよ」


 そう。今回の帰省は一泊二日。

 今日の夕方にはもう帰らなければいけないのだ。


「っていうか、毎年この時期は来てたんだな」

「うん。日帰りだったから、着いて30分滞在ののちすぐ帰るって感じだったけど」

「それはそれで大変だな。……で、今日は何時ぐらいに行く?」

「うーん、10時ぐらいかなぁ」


 実は今回のこの帰省、ただおばさんやおじさんに誘われたから帰ってきたわけじゃないんだ。

 毎年、私はこの日になると必ずこっちに戻ってきている。

 だって、今日は――


 母の、命日だから。




「しのぶー、ゆきだんごー!」

「おお、きれいにできたね。でも、あんまりあっちこっち行っちゃだめだよ。転ぶし迷子になっちゃうから」

「じゃ、ゆいはしのぶと、て、つなぐ!」


 とびっきりの笑顔で私の手をきゅっと握る結。

 かわいい。雪の妖精が私の前にいる。


「ふふふ、忍ちゃんと結ちゃん、そうしてると本当の親子みたいね」

「え、本当ですか?」

「ええ。かわいらしい親子だわぁ」


 太陽も高くなってきて、優しい日差しが射す緩やかな坂道を、谷川家のみんなと、結と一緒に歩く。


 この坂を上った先に小さな墓地があって、そこにお母さんがいる。

 といっても、私はそこまでお母さんの記憶があるわけじゃないんだけど。


「ところで忍ちゃん。今日は英司(えいじ)さんはいいの?」


 ふと、おばさんが聞いてきた。

 おじさんも気になっているようで、私をじっと見つめる。


 英司、というのは、私の父親のことだ。

 私が小さいときから仕事が忙しくてなかなか家に帰って来ず、私が都会の大学に行ってからは、お正月に年賀状を送り合うくらいしか連絡を取っていない人。


 誤解のないように言っておくと、別に仲が悪いわけじゃない。むしろ、男手ひとつで私を育ててくれて、感謝している。

 ただ、気まずいだけ。しゃべってなさ過ぎて顔見知りの親戚程度にしか思えなくなっているだけ。そもそも私もお父さんも、康とかおばさんとかみたいにグイグイ話すタイプではないからなぁ。


 私はちょっと考えてから、おばさんたちに笑顔を向けた。


「いつもはこの時間帯に来ているっぽいので、もしかすると向こうで会うかもしれないですね」

「……そう。会えるといいわね。最近全く会ってないでしょう? 結ちゃんのことも紹介しなくちゃね」


 おばさんもまたにっこりと笑む。

 「そうですねー」なんて返していたら、くいっと結に手を引っ張られた。


「しのぶ、おとうさんにあうのまき?」

「うーん、そんな物語は発生しない可能性の方が高いんだけどねー」


 現実はそんなドラマみたいなことにはならない。

 そもそも、会ったところで、という感じだ。

 会釈して終わりそうな気がする。


「お、着いたぞ」


 先頭を歩いていた康が振り向く。

 私は結とつないだ手と反対の腕に抱えた菊の花束を抱えなおした。




「あれ、まだお父さん来てないっぽいです」

「あら本当? なら、私たちが1番乗りね」


 いつもは私が来る前にそなえられている花が今日はない。

 おばさんのテキパキとした指示で、私たちは母の墓石をきれいにしていく。

 結も、あまりよくわかってなさそうだったけれど、一生懸命手伝ってくれた。


 そうしてきれいになったお墓に持ってきた花をそなえ、線香をあげる。


 私は結の肩に手を添えて、一緒に前に踏み出した。


「……お母さん、ええと、娘の結です。今は2人で仲良く暮らしています」

「し、しまだゆいです! えっと、えっと、し、しのぶのこと、だいすきです!」


 ……最高かな?


 ちょっと詰まりながらも一生懸命話す結に、ハートが見事撃ち抜かれる。

 そこの想君、うらやましいだろう。これがうちのかわいい結ちゃんなんですよ?


 なんて心の中で思いながら、そそそ、と後ろに下がる。

 今からはおばさんがお母さんと話す時間だ。毎年たくさん話してくれているらしい。2人はずっと仲が良かったそうだから。


 不意に、暖かな風が私を包んだ。

 どこか懐かしい優しいぬくもり。


『ねえ、忍。覚えていてね。忍は私の宝物よ』


 急に、今朝の夢を思い出した。


「……ああ、そっか」


 他の誰にも聞こえないような小さな声でつぶやく。


 自分にはないと思っていた母の記憶。

 でも、頭は無意識のうちに覚えていたんだな。

 私がまだ言葉も話せないような頃に、毎日のようにかけられた言葉。


 自然と口元がほころぶ。

 不思議そうに首を傾げる結と目が合った。


 あなたがくれたその言葉、私は結につなぎたいです。


 私は結の耳に顔を寄せて、ささやいた。


「結は私の宝物だよ」


 すると、彼女はうれしそうに私を見つめ、勢いよく飛びついてくる。

 あまりにも急なことで、思わずよろけてしりもちをついてしまった。

 それでもなお、これでもかというほど私に体を押しつけてくる結を抱きしめながら、私はふと、こちらを見つめる視線に気が付いた。


 振り返ると、やっぱりこちらをじっと見ている1人の中年男性がいる。

 たぶん、その時の私は、目の前の彼と同じ表情をしていただろう。


 記憶よりも白髪としわが増えて、老けて見える男性。

 その手には白と黄色で彩られたきれいな花束。


 私はポカンとしたままつぶやいた。


「お、おとう……さん……?」

忍、お父さんに会うの巻き……


ここまで読んでくださりありがとうございました。

次回まで気長に待っていただけると嬉しいです。

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