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カゾクアイ  作者: 紀章櫻子
第一章
40/61

40話 それぞれの恋愛観


「俺、今さっき、隣のクラスの女子に呼び出されて、まあ、その……告白されたんだよ」


 まず一言、少し困ったような、言いにくそうな様子でそう言った想君。


 まさか、本当に告白だったとは。

 しかも隣のクラスの女の子。

 別に驚きはしないけれど、やはり想君もモテるんだなぁとしみじみ思ってしまう。


 一方、想君は膝に結を乗せ、ひたすらに頭を撫でながら話を続けた。


「これ、別に自慢しているわけじゃないんだけど、この顔のせいか、昔から告られること多くてさ、」

「たしかに自慢じゃないな。おれも康兄も陽兄も告られた回数はお前よりも多い……んぐっ」


 余計なことを言おうとする燈君の口を康が無言で塞ぎ、陽君が立ち上がってどこかに行く。


「告白されたら、大体友達が『モテてうらやましい』って言ってくるんだけど、俺はあんまりそうは思わなくて」

「……どうして?」


 私が中学生や高校生の時の同級生の男の子たちは、彼女が欲しいだ何だとやたら騒いでいた記憶がある。

 いざ実際にモテてみると、それはそれで悩ましいものなんだろうか。いや、でも、康はそんな話をしてこなかったけれど、陽君や燈君はバレンタインのチョコの多さを自慢したりしてたなぁ。


 首をひねると、想君は結の頭を撫でる手を止め、今度はギュッと結を抱きしめた。

 結はポカンとされるがままになっている。

 

 …………今は話の途中だから、一旦大目に見よう。


「そりゃ、最初はうれしかったんだ。自分のこと好きになってもらえて嫌な気分になる人はあんまりいないでしょ? でも、だんだん話したこともない子からも告白されるようになって……」

「待って陽兄! ガムテはダメ! ガムテはダメだって!」

「うるさい」

「燈、真面目な話してるからちょっと黙ってろ」

「……皆、俺の顔だけを見て告白してくるんだってわかったから」


 そこで1度言葉を止めて、そっと一言。


「俺、俺のことよく知らないやつが告白してくるの、マジでイライラするようになった」


 顔しか見てないくせに。

 顔がいい彼氏がいたら自慢できるからっていう自分の欲のためのくせに。

 どうせ、周りが騒いでいるから一緒に騒いどこう的なノリのくせに。


「……なんて、そんなこと考えてるって知ったら、皆俺を悪者扱いするくせにって」


 視線を落とす想君。

 だいぶひねくれていると思う。あと、背後がうるさい。だけど。


 私はそっと想君の頭に手を伸ばした。

 ぐしゃぐしゃとその柔らかな髪をかきまぜると、彼はびっくりしたように私を見る。


「忍姉ちゃん?」

「わかるよ、その気持ち」


 もしかすると、私と想君は似ているのかもしれない。恋愛に関する考え方が。


「え、忍姉ちゃん、よく告られるの……?」

「マジで!?」

「んんん!」

「……いつ?」


 おお、すごい食いつきだ。

 私は慌てて両手を振る。


「いや、ないよ。ないけど、ついこの前、仕事納めの時にドッキリみたいなのに巻き込まれてさ。たしか経理部の人に呼び出されて、『結婚を前提に付き合ってくれませんか』って言われた」

「ドッキリ?」

「そう。『どなたですか?』って返したら若干居心地悪そうにどこか行っちゃったからさ。なんか申し訳ないことをしたなーとか思ったけど」


 そういえば、あのあと先輩の一条さんが、


『彼、この会社で1番の美形って女の子たちにキャーキャー言われてる男性社員なのよ』


 と言っていた。

 知らなかった。そんな有名人に向かって私、『どなたですか?』とか言っちゃったよ。

 今振り返っても、本当に失礼なことしたな。

 ドッキリだったなら騙されたふりでもしてノればよかった。


「うーん、兄ちゃんどう思う?」

「それたぶんドッキリじゃないんだよなぁ」

「返答が忍ちゃんらしいのがまた……兄ちゃん、よかったな」

「うるさい」


 こそこそと話す陽君と康。

 それに入りたくてもガムテ―プで口をふさがれて何も言えない燈君。


 そんな3人は放置して、私は想君に目を向けた。


「まあ、そんなわけでドッキリだったけれど最初は本当に告白かと思われたわけじゃないですか」

「う、うん……?」

「その時私思ったのね。『この人私の何を見てそんなこと言ってんだろう』って。だから、想君の言ってることわかるなーと思って」


 結が、グイグイと私の手を引っ張る。どうやら、自分も撫でてほしかったようだ。

 私はわしゃわしゃと結の頭を撫でながら、続ける。


「つまり、想君は恋愛に適当なのが許せないんじゃない? 相手にも、自分にも。『好き』なんて言葉、適当な気持ちで言ってほしくないし、自分もそんな簡単には言えない。だから、よく知らない人に告白されるとイライラするんじゃない? 私はたぶんそうなんだけど」


 想君が、ハッと私を見た。そのあと、ものすごい勢いで首を縦に振る。


「そ、そうなんだよ! す、すきとか、付き合おうとか、そんな簡単なことじゃないよね!? なのに皆軽いノリでさ、彼女出来たって言ってたやつが3週間後には別れて他の彼女がいたりとか普通にするんだよ! 俺がおかしいんじゃないよね!?」


 おおお、想君がめずらしく興奮していらっしゃる。

 身を乗り出してくる想君の勢いに体をのけぞらせていると康がべりっと想君を私から引きはがした。

 

「でもさー、そういう考えってちょっと古くない?」


 不意に陽君がそう言った。

 視線を向けると、陽君はなぜか康を見てニヤニヤしつつチラッと想君と私を見る。


「さすがに結婚を考える時にその軽さはよくないと思うけどさ、想はまだ高校生だろ? 付き合ったら婚約者になるわけでもあるまいし、いろんな人と付き合って、いろんな経験するのもいいことだとオレは思うけどね」


 すると、燈君が何か言いたそうに「んーんー」と私に訴えてきた。

 さすがにかわいそうなので、ガムテープをゆっくり外してあげる。


「あー、これでやっとしゃべれる……忍姉ありがとう」

「いいよ」


 口が自由に動くようになった燈君は、そのままゆっくりと口を開いた。


「あのさ、今の話だけど、おれは陽兄に賛成。想の考え方は、高校生にしてはちょっと重いと思う。それに、付き合ってからわかる相手の良さとかあるじゃん。彼氏っていう特別な立場だから見せてくれるかわいい一面があったりさ」


 そんな経験をしたことがあるのだろう。燈君の顔が少し綻ぶ。しかし、ふと、真面目な顔をして想君をまっすぐに見つめた。


「そもそも、顔面しか見てないからって告んのに勇気がいらないわけじゃないからな。自分の気持ちだけ考えて腹を立てるのは違う」


 ……なるほど。

 陽君の話も、燈君の話も、納得できる。でも、想君や私の気持ちも、間違っているとは思わない。

 『興味深い』ってこういうことを言うんだろう。

 性格や価値観と同様で、恋愛観も人それぞれなのだ。


「……康は?」


 ふと、気になった。

 同級生だったから知っている。康がどれだけ女の子から騒がれていたか。でも、誰かと付き合ったとかそんな浮いた話は1度も聞こえてこなかったこの康は、一体どんな恋愛観を持っているんだろう。


「康は、どう思う?」

「俺に聞くのか……」


 ドキドキ、ハラハラといった様子で、弟たちは康を見守っていた。

 康は複雑そうな目で私を凝視したあと、観念するかのようにはぁっと息を吐いた。


「……俺は、恋愛に軽いとか重いとかよくわからないけど。今までの経験を語るとするならば、例えばほら、ドラマみたいに『好きだった人を忘れるために他の人と恋愛する』って言うのは、俺はできない。どうしても、好きだった人のことを忘れることはできないと思うから」


 ゆっくりと自分の気持ちを確かめるように紡がれた言葉。

 私でもわかる。私たちの中で、恋愛感情に関しては康が1番重い。

 でも、なんだかホッとしてしまった。

 なんとなく、康が軽いことを言うのは嫌だったみたいだ。


「そっか。教えてくれてありがとう」


 話の内容がわからず、つまらなさそうな表情の結と目が合う。私が手を広げると、すぐに飛び込んできた。


「結、今、好きな人いる?」

「ゆいね、しのぶがすき!」

「あはっ ほんと? うれしいなぁ」

「あとね、そうくんもこうもようくんもとうくんもれいちゃんもあかねもまなともすき!」

「うんうん。みんなも結のこと大好きよ」


 これから先、結も誰か特別な1人を見つけるんだろう。

 結が大きくなったら、こんな小恥ずかしい話をしてみるのも悪くない。


 私は少し強く、腕の中の結を抱きしめた。

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