4話 宣言
ドクドクと全身の血が激しく脈打っている。
「あなた母親でしょ!? 自分の子供になんてこというんですか!!」
「アンタには関係ないでしょ!? 部外者がいちいち口挟まないでよ!」
ドロドロとした黒い感情が、私を襲う。
それはまごうことなき『嫌悪感』だった。
こぶしを強く握り、唇をかむ。
その手に温かいものが触れた。
「しのぶ?」
結が固く握られたこぶしを小さな両手で包み、私を見上げている。
そのぬくもりに、私は少し落ち着きを取り戻し、力を抜いた。
……そうだ。今この人と言い争っても仕方がない。だけど、このまま結をほっとくわけにもいかない。
デパートの前で結を抱き上げたときのことを思い出す。
あの時触れた結の体はすごく細くて軽かった。そういう体質なのかと思ってたけど、違う気がしてきた……。
「ちょっとアンタ、なんとか言いなさいよ!」
結の母親が詰め寄ってくる。
「何? だんまり? イライラするんだけど!」
あーもう、うるさいっ!
「私が結を育てます!!」
私は1歩、足を踏み出した。
「……は? どういうこと?」
「そのままの意味です。初対面の方に失礼ですが、きっとあなたよりも私の方が結を大事に育てられると思う。少なくとも、『いらない』なんて絶対に言わない!」
「あっそ。だったら勝手にしなさいよ! むしろそうしてくれると助かるわ! あーすっきりした!!」
バンッと大きな音を立ててドアが閉まる。
「おかあさん……? しのぶ!? どうしたの!?」
閉められたドアと私を見比べた結は、私の顔を覗き込み、目を見開いた。
雫が頬を伝って地面をぬらす。
「しのぶ、ないてるの?」
「…………なさい」
「え?」
「ごめんなさい!」
私は地面に膝をつき、結を抱き寄せた。
ほっとけなかったとはいえ、結の気持ちも聞かずに母親を引き離してしまった。
でも、まちがったことをしたなんて思えない。
それがただの自己満足に思えて、ひどく嫌だ。
ぐちゃぐちゃとした感情が涙となってこぼれていく。
「結、ごめんね! お母さん、結から奪っちゃった……!」
すると、結が私の首にギュッと腕を回してきた。
「ゆいね、ほんとはしってたよ。」
「……何を?」
「おかあさんがゆいのこと、きらいなの」
結は少し震えながら、続ける。
「でもね、ゆい、しらないふりしてた。きらいっておもわれてるのしってたけど、ゆいはおかあさんのこと、きらいになれないの」
「ゆ……」
「ねえしのぶ、ゆいはいらないこなの?」
言葉を失った。
すぐ近くにある哀しい瞳。
涙はないのに、泣いているみたいだ。
胸が締め付けられたように苦しい。
「ゆいがいないほうが、みんなうれしい――」
「そんなことない!」
私は結の頬を両手で挟み、その瞳を見据えた。
「結がいらない子なんて絶対にない! 少なくとも私は結が大好きだし、いなくなったら悲しい。自分がいらない子だなんて、絶対に言わないで!」
「しのぶ……」
私は手を放して息をつき、改めて結を見つめる。
「ねえ結、私と……私と一緒に暮らさない?」
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
感想や誤字、脱字等あれば是非教えてください。