37話 クリスマス
ピーンポーン
「はーい!」
インターホンが鳴った途端、結が猪のごとく玄関に駆けていく。
ドアが開く音がして、康と結が話す声が聞こえてきた。
「お、よう結。メリークリスマス! サンタさん来たか?」
「うん! サンタさんね、ゆいにスクーターくれたの!」
「そうか、よかったな」
私も台所から顔を出し、康に声をかける。
「いらっしゃい、康! 寒いでしょ、早く上がってー」
「おー、お邪魔しまーす。結、行こうぜ」
「うん!」
パタパタと足音が近づいてきて、康と結がリビングに入ってきた。
外が寒かったんだろう。
康の鼻がちょっと赤くなっている。
「ごめんね康、急に誘っちゃって」
「いや、大丈夫。誘ってくれてありがとな」
12月25日。
時刻は午後6時。
今日はクリスマスということで、ささやかながらクリスマス会をすることになった。
本当は、結と2人でのんびりするつもりだったんだけど……
「あ、そうだ忍。さっき真翔さんから謎のメールが届いたんだけど、わかるか?」
スッと康が見せてきた携帯の画面。
そこに映された文章に、ああ、とうなずく。
〃今日は2人で出かけることになったので、クリスマス会は俺も朱音も行けません。なので、俺の代わりに綿野さんにお礼を言っておいてください。俺も頑張るので、康君も頑張って〃
「あと、この後朱音から『忍がいじわる言う!』って電話が来たんだけど。何やったの?」
「朱音が今朝電話をかけてきてね。『クリスマス会しよー!』って言ってたのを全力で止めただけなんだけど」
「全力って……忍、そういう楽しそうなことに1番のりそうなのに。……あ」
そこまでつぶやいて、康は思い当たったらしく、言葉を止めた。
まさか、と言いたそうな目に、大きくうなずいて見せる。
「今日、真翔さんやっとお休み取れたんだって」
「よし、よくやった忍」
真翔さんは結構有名な企業の若手社長だと、少し前に聞いた。いつも仕事が忙しくて、休みなんてなかなか取れないそうだ。そんな中、季節に1度あるかないかの丸1日のお休みが今日。しかもクリスマス。
だから、朱音から電話をもらったときは若干結が引くくらい声をあげてクリスマス会を却下させていただいた。
お月見の時でさえいたたまれなかったのに、クリスマスなんて私も康も本気で空気と化してしまうわ。
でも、クリスマス会は普通に楽しそうだし。
結が喜びそうだし。
そんなわけで、康を誘ってクリスマス会なるものを行うことにしたのだ。
「……ん? ねえ、康、ここに『康君も頑張って』って書いてあるけど、何か頑張らなきゃいけないことあるの?」
「んん!? い、いや、何でもない! こっちの話!」
「ふーん?」
「しのぶー」
不意に、結が私の服を引っ張った。
何か言う前に結のお腹が鳴る。
……かわいい。聖夜の天使がいる。
じっと自分のお腹を見つめている結がかわいくて、思わず笑ってしまった。
「あははっ 今日はいっぱいサンタさんからのスクーターで遊んだから、お腹空いたよね。ごめん結、すぐに準備するから」
結は無言でコクッとうなずき、台所までついてきた。
どうやら手伝ってくれるらしい。
ふと、視線を感じて顔を上げると、康が私を凝視していた。
「……康、どうかした?」
「あ……いや、ほら、なんか今日リビングが明るいなと思って。クリスマスの飾りつけされてんのな」
康の言葉に隣の結がピクッと反応する。
「これ、折り紙か? かわいくできてるな。上手い」
「それ、結が作ったの。幼稚園で教えてもらったんだって」
「へぇー、すごいな、結」
褒められた結はにへぇっとうれしそうに笑った。
かわいいの凶器……!
心が浄化されていく気がする……!
と、ようやくシチューが出来上がったようだ。
ガーリックパンも焼けた。
結に取り皿を運んでもらい、料理をテーブルに並べていく。康も手伝ってくれた。
今日の献立は、シチューとガーリックパン、それからチキンにサラダ。飲み物はジュースにした。
「うわぁー、豪華だなぁ!」
「おいしそう! シチューだ!」
「口に合うといいんだけどね」
いつもより明るい食卓を3人で囲む。
そういえば、こんなに特別感のあるクリスマスなんて、今までにあっただろうか。
「パンおいしー! ゆい、これすきー!」
「うっま! シチューすげー濃厚!」
シチューからのぼる湯気の向こうで、結と康が目を輝かせて笑う。
……クリスマスって、こんなにキラキラした日だったんだ。みんなが楽しみにするの、納得だな。恋人が一緒に過ごすのも、こんなに素敵な日なんだから当然だ。
クリスマスは、大好きな人と。
「あー、しのぶ、わらってるー! どうしたのー? うれしいのー?」
結が私を見て、どこかうれしそうに首を傾げる。
その口元に、パンのかけら。
「うれしいっていうか……幸せだなぁって思ったの」
答えながら、口元を拭いてあげる。
なんか私、最近ジーンときてばっかだな。
「しあわせって、うれしいとはちがうのー?」
「うーん。違うわけじゃないけど、ちょっと違うの。なんていうか、うれしい、よりももっとうれしい……みたいな?」
あまり上手くは言えなかったけど、結は眩しい笑顔で大きくうなずいた。
「……電池切れんの、早かったな」
「スクーター、すっごい喜んでくれてたから」
「よかったな」
意外にも、結はご飯のあとすぐに眠ってしまった。
今日は康もいるし、もっと遊ぶかと思ってたけれど。
結の寝顔を見ながら、康と2人で小声で話す。
「ところで忍、サンタさんの正体とか結に言ってないよな?」
「今ここで言う? 当たり前でしょ。一条さんにも言われたし」
ちょっとムッとして言うと、康はクックッと声を殺して笑った。
「いやぁ、忍って意外と純粋だったんだなぁ」
「やめてよ。仕方ないでしょ、お父さんとは全然話さなかったし、そういうこと教えてくれる友達なんていなかったんだから」
「言ってて悲しくない?」
「……ちょっと悲しくなってきた」
そんな他愛のない話をしていたら、ふと、壁にかかったカレンダーが目に入った。
カレンダーは、最後のページを開いている。
「……もう今年が終わるね」
「なんか、あっという間だったよなぁ」
「康、おじさんみたい」
「え」
お、若干ショックを受けた様子。
でも、私もこの1年は短かった気がする。いろんなことがあったからかな。
しばらく固まっていた康は、私と同じようにカレンダーに目を向けて、ハッと私を見た。
「そういえば忍、年明け、どうするんだ?」
「どうするって……普通に結と初詣とか行こうかなと」
「いや、そうじゃなくて」
言いにくそうに、康の瞳が揺れる。
「その、実家……帰るのか? ほら、おばさんの……」
康が何を言おうとしているのか、私は瞬時に理解する。
それから、首を縦に振った。
「帰るよ。っていうか、毎年帰ってるし」
「え、そうなのか?」
「うん。あと、何をそんな考えてるのかは知らないけど、私別に実家に帰りたくないわけじゃないからね」
前から思ってたけど、康って何か勘違いしてると思う。
私はお父さんと関わりがあんまりなかっただけで、不仲ではないし。会ったとき結構気まずいだけで。
ということを康に伝えると。
「……えぇ!?」
「ちょ、うるさいっ」
よっぽど驚いたらしい康の口を慌ててふさぐ。
幸い結は「うーん」と寝返りをうっただけだけで、起きる気配はない。
「ちょっと康、気をつけてよ……」
ホッとしつつ康をにらむ、と。
思ったよりも近くに大きく見開かれた康の茶色い目があった。
気づけば、私は康に覆いかぶさるようにして、康の口をふさいでいる。
「ん、んん!」
口をふさがれたままの康の咳払いで、ハッと我に返り、慌てて体を離した。
「ご、ごめんっ」
「い、いや、俺も、悪かった」
び、びっくりした……!
心臓ひっくり返るかと思った……!
ドッドッドッドッといまだかつて経験したことのない速さで心臓が鳴る。なんか、変な冷や汗みたいなのも出てきた。体内を血が駆け巡ってる気がする。
「あ、あー、俺、そろそろ帰るわ。今日はごちそうさまでした」
どことなく気まずい空気を感じる中、康がそう言って立ち上がる。
「あ、うん、大丈夫っ またいつでもどうぞ」
玄関まで見送ろうと、廊下を歩いていく康を追いかけると、彼の耳が少し赤くなっているのが見えた。
……部屋の温度、高かっただろうか。
「あ、忍」
靴を履きながら、康は思い出したように顔を上げる。
「さっき言い損ねたんだけど。母さんと父さんが、年明け帰ってくんならまたうちに泊まりに来いってさ」
「あ、ホント? 結もたぶん喜ぶだろうから、お邪魔しようかな」
「了解。伝えとく」
康はうなずいて、「今日はありがとな」と何事もなかったように帰っていった。
ドアが閉まり切った後、私はしゃがみこんだ。
と、特に違和感はなかったとは思うけど、いつも通りだった……かな!?
最近こういうこと多くない!? 康と気まずくなるのは嫌なんだけど! あと、顔が熱いんだけど、風邪かな!? 結もいるし、風邪とかひきたくない。
よくわからないグルグルした感情の中で、私は1人、決心した。
康と気まずくなるのは絶対に嫌だから、これからは今日みたいなことが起こらないように細心の注意をしよう、と。
いつもとは違うクリスマスは、こうして幕を閉じた。
大変長らく!おまたせしました!すみません!
今私が色々と大事な時期でして、これからも投稿が不定期になると思います。
どうか長い目でお待ちください!
ここまで読んでくださりありがとうございました!