36話 サンタ
今日は12月23日。
すっかりクリスマスシーズンで、町中の木はイルミネーションのライトが巻き付けられ、至る所でクリスマスソングが流れている。
そして私はいつも通り仕事中だ。
一応これでも営業部なので、いろんなところに電話をかけたり、取引先に出かけたりと忙しく働いているのだが。
「……綿野さーん」
「…………」
「おーい、綿野さーん」
「は、はい!」
目の前を手がひらひらと通り過ぎ、ハッと我に返る。
顔を上げると、先輩の一条さんがニコッと笑って立っていた。
「す、すみません! ぼんやりしてました!」
「うん。綿野さんが電話番号押しかけの形で固まってたから何事かと。どうしたの? 悩み事?」
見れば、たしかに右手は電話へと伸びていた。
うわ、恥ずかしい……
顔が熱くなるのを感じながら、腕を引っ込める。
って、こんなこと気にしてる場合じゃなかった。
「一条さん、どうかしましたか? 私に何か用があったのでは……?」
「おっと? さっき一瞬顔赤くなってたのに、もう無表情になってるねぇ。いや、別に特に用事はなかったんだけど、綿野さんが珍しくぼーっとしてるから気になってさー」
一条さんは、明るい人だ。
いや、最近私の周りは明るい人だらけだけども。
でも、なんというか、しっかりしてて姐さん……みたいな。会社では特に無愛想な私にもこうやって話しかけに来てくれるし、入社当時なんかは色々とフォローをしてくれた。
学生時代は委員長とかでクラスをまとめあげて盛り上げてたんだろうな、と、勝手に想像する。
「で、綿野さん、悩み事っ?」
ひょこっと間近から顔を覗き込まれた。
どこかワクワクした表情に見えるのは気のせいだろうか。
とりあえず、笑顔で無難に返しておこう。
「いえ、たいしたことではないので。すみません、ちゃんと仕事に集中しますね」
机に向きなおるために体を動かそうとすると、ガっと肩を掴まれる。
「たいしたことじゃないってことは、悩み事があるんだよね? この一条さんに話してごらん?」
あ、これ気のせいじゃなくほんとにワクワクしてるな。
「いえ、大丈夫です。今は仕事中ですし」
「何を言ってるのっ 今は昼休憩よ! 綿野さんお昼まだでしょ? わたしと一緒に食べましょうよ。それでゆっくり話しましょ!」
昼休憩? 記憶があんまりないんだけど……もしかして、私ずっとあの中途半端な格好で固まってたんだろうか。
「わ、私、お弁当なのでここで食べるんですけど……」
「わたしもよっ ほら、みんなに聞こえないように小声で話すからさ、遠慮なくっ はい、どうぞ!」
はいどうぞって言われても……
とりあえずお弁当を出して、椅子を引っ張ってきた一条さんと向かい合う。
一条さんに相談するようなことでもないんだけれど。
だけどこうも期待に満ちた目で見られると結を思い出してスルーしにくいし、お世話になってる先輩だし……
ふと、一条さんの左手の薬指に光る指輪が目に入った。
「一条さんって、結婚してらしたんですか?」
「ん? そうよ。小学2年の子供もいるよ」
「そうだったんですか……」
実を言えば、悩んでいることはある。
職場の先輩に話すようなことでもないし、自分で色々と考えていたりしたんだけど。
……そっか、一条さん、お子さんいるんだ。なら、私が知りたいことも知ってるかもしれない。
「あ、あの、一条さん」
「なになに?」
前のめりで聞いてくる一条さんを見つめ、私は大きく息を吸った。
「さ、サンタさんってどうやったら来るんですかっ」
「へ?」
「あの、子供が1人いるんですけど、もうクリスマスだし、幼稚園でもサンタさんに何を頼むかの話でもちきりらしくて。でも、私、子育ては初めてだからサンタさんってどう呼ぶのか知らなくて……」
言ってしまった……。
あーもう、心なしか周りがシンとしちゃった気がするし。でも、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥って言うもんね……!
「えっと……その質問に答える前に、ちょっといい?」
一条さんが頭の中を整理するように目元を抑え、手をあげる。
「はい、何か――」
「綿野さんって、お子さんいたの!?」
一条さんの大声に、一気にオフィスがざわついた。
一条さん。小声とは。
まあ、知られても問題はないけれど。
「はい。私、今親とは疎遠でして、こんなこと誰に聞けばいいのかわからないし、どうしようかなーと。だからって仕事に集中してなくてすみませんでした」
「いや、綿野さんは他の人の3倍は仕事速いから大丈夫なんだけど……え、結婚してたんだ綿野さん!?」
ずいっと顔を近づけられる。
「綿野さんってもう結婚してたんだ……」
「そんな……誰か嘘だと言ってくれ……」
結婚……? 誰が? 私が? あ、そっか、子供……
「一条さん、私、結婚はしてませんよ。子供を引き取っただけです」
「引き取った?」
「はい。ちょっといろいろありまして。血はつながってないんです」
そういうと、一条さんは体を離しながらひとつひとつ確かめるようにうなずいた。
「な、なるほど。なんか、ごめんね、いろいろ暴走しちゃって」
「いえ。大丈夫です。あの、それで……」
「あ、うん、サンタをどう呼ぶかよね。わかってるわ。それはね、えっと……」
一条さんは口を開こうとして、ピタッと動きを止めた。
少しひきつった笑顔で私を見る。
「…………本気で言ってる?」
「はいっ」
どうしたんだろう。
私はニコッと笑顔を返した。
『ふっ あははははは!』
「ちょっと康、笑いすぎ」
電話越しでもわかる大きな笑い声に、私はむっと口をとがらせる。
『すまん、でも、忍、お前それ、本気で言ったのか?』
「だって、うちはサンタさんなんて来た覚えがないもの。お父さんが毎年クリスマスの夜に枕元に置いて行ったわけわかんない謎の置物も私が小学4年になるころには置かれなくなってたし」
『あー……あったな。いや、あれがたぶんおじさんなりのプレゼントだったんだと思うけど』
「私、寝起きに初めてあの置物と出会ったとき、しばらく動けなかったんだけど」
会社で一条さんから真実を聞いてしまった私は、今までの比じゃないくらい恥ずかしかった。
「綿野さんってかわいいねー」なんてからかわれる始末だし。
そんなわけで、結が寝てからたまたま電話をかけてきた康に今日のことを話してみたわけだが。そんなに笑わなくてもいいと思うほど笑われた。
『ま、いいじゃん。プレゼントは前から買ってたんだろ?』
「まあね。プレゼントが2つあってもいいかなって思ってたから」
『凄まじい溺愛っぷりだよなぁ』
「自分でも、もう歯止めがきかないというか……」
そんな話をしていたら、寝るのが少し遅い時間になってしまった。
布団にもぐって隣を見ると、かわいらしい結の寝顔。
あぁ、癒される……
今日は恥ずかしいことばっかりで疲れたけれど、それでもなんだか幸せな気分になるのはなぜだろうか。
ここまで読んでくださりありがとうございます。
次回も楽しみにしていただけると嬉しいです。