32話 帰省⑦
「俺は、忍のことが好きだよ」
何年もずっと言えなかった言葉。
ついに、こぼれてしまった。
大きく目を開く忍の横顔を、花火が赤く照らし出す。
……我ながら、花火大会で告白なんてベタだよなぁ。
でも、今しかないと思ったんだ。
偶然母さんとの会話を聞いてしまったときから思っていた。
忍は、俺たちからも、結からも、職場の人たちからだって頼りにされているのに、自分に全然自信がない。
そのくせ、何でもかんでも1人で抱え込んで、周りを心からは信用しない。甘えない。
正直、本当に面倒くさい人間だと思う。
でも、さっきの寂しそうな表情を見たら、言わずにはいられなかった。
面倒な性格な性格だろうが、そんなお前を本気で好きなやつがここに1人いる。
頼りないかもしれないけど、絶対に裏切らない人間がいる。
そのことを、ひたすらに伝えたかった。
10年以上の付き合いだからわかる。
鈍感な忍は、この言葉を本当の意味ではとらえない。
でも、これで少しでも肩の力を抜いてくれるなら。
誰かに甘えることにためらいがなくなるのなら。
今はそれでいい。
☆ ☆ ☆
一瞬、まるで時が止まったようだった。
花火の大きな音さえ、聞こえない。
ただ、自分の心臓の音だけが響く。
私は少し赤くなった康の顔を、ひたすらに見つめていた。
「……忍?」
どれくらいそうしていただろうか。
康の声にハッとする。
「え、あ、ご、ごめん、いきなりでちょっとびっくりして……」
慌てて言葉を探す。
え、待って、どういうこと?
すき? どうして康が私にそんなことを?
ぐるぐる思考を巡らせた私は、はたと思い当たった。
そういえば、ここに帰ってきた初日、私、おばさんに弱音吐かなかった?
で、それ、康に聞かれてなかった?
そしてさっきも似たようなこと……
…………。
なるほど。
ようやく頭が追いついてきた。
これはきっと康の本当の気持ち。
なにかとウジウジしている私を励ますために、わざわざ口に出して言ってくれたのだろう。
少なくとも康は、私のことを嫌っていない、迷惑だなんて思っていない、って。
……ほんと、私ってば、友達に恵まれた幸せ者だよね。
自分のことなのに今更気づいた。
私、誰からも好かれてないんじゃないかって、こんなに不安に思ってたんだ。
10年以上の付き合いで今更照れくさいだろうに、それでも言ってくれた康の言葉と優しさがうれしい。
思えば、今までだって康は私に何度も「甘えていいよ」って言ってくれた。
もう少し、自惚れてもいいかな。
康はきっと、私が人道的に間違ったことをしない限りは、私を見捨てたりしない。
そう思ってもいいかな。
「康、ありがとう」
上手く言葉が出てこない中、そう言って康に笑顔を向けると、彼はなぜだか複雑そうな笑顔でうなずいた。
「しのぶー! こうー!」
後ろから声がして振り向くと同時、腰のあたりに衝撃。
なんとか踏みとどまって下を見ると、やっぱり結が私と康の脚にしがみついていた。
「いやー、ごめん。思ったよりも待ち時間長くて」
「ほらコレ、2人の分」
燈君から渡されたのは、大きなりんご飴。
「あ、ありがとう」
お礼を言いつつ、チラッと隣を見ると、案の定康は手に持っているりんご飴に目を輝かせながら見つめている。
「ふっ……」
思わず吹き出してしまった私に気づき、康はハッとして私をにらんだ。
いえ、笑ってなどいませんとも。
サッと逸らした目線の先に、大きな花火が映る。
「はなび、きれいだねぇ」
うれしそうにりんご飴をなめつつ、花火を見上げて結が言った。
私はうなずいて、空を見上げる。
夜空に咲いた大きな花に、笑みがこぼれた。
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