31話 帰省⑥
「しのぶ、みてみて! にあう?」
夕方の6時半。
私の前に現れたのはとてもかわいらしい天使……じゃなかった、浴衣姿の結だ。
「よかったわぁ、浴衣のサイズ、ピッタリで。結ちゃん、すっごく似合ってるわよ」
着つけてくれたおばさんが笑う。
「しのぶ、どう? どう?」
「うん、すっごいかわいい。結ってなんでも似合うね」
ヤバいな、余裕で100枚くらい写真撮れそうなんだけど。
え、うちの子かわいすぎない?
「あら、忍ちゃんはワンピースなのね。昔からそういうのは着たがらなかったのに。新鮮だわぁ。すごくきれいよ」
「あ、ありがとうございます。友達が作ってくれて」
『新作作ったからとりあえず着てみて!』と朱音に言われて持ってきていたワンピース。
白色の生地に大輪の青い花がたくさん刺繍された、和風柄のワンピースは、相変わらず手作りとは思えないものだった。
「しのぶ、にあう!」
「ふふ、ありがとう」
やっぱりまだ、慣れない格好で少し恥ずかしいけど。
「花火は7時半から始まるけれど、場所取りとか、屋台を回ることも考えたら今から出た方がいいわね。ほら、男子たちー! 仕度はできたかしらー!?」
ふすまを開け、おばさんが大きな声で呼びかける。
しばらくしてバタバタと足音が近づいてきた。
「母さん、なんで俺らも浴衣なわけ?」
「友達に見られたらちょっと恥ずかしいんだけど」
少々顔をしかめつつ、部屋の前に集まる谷川4兄弟。
……いや、うん。ずっと前から思ってたけど、この人たちほんっとに顔がいいな。
浴衣姿がやや眩しいんですが。
「こうたちもゆかた! かっこいい!」
浴衣が気に入ったのであろう結は、康たちを見て顔を輝かせる。
「アンタたち全員家を出ていく前と身長も体型も変わってないからね。もったいないし、こういう時くらい着ていきなさいよ」
おばさんもニコニコうなずきながら、楽しそうだ。
「結ちゃんもかわいいな!」
「うん。将来、絶対美人さんになるよな」
うんうん、想君、燈君、その通り。
結は絶対に美人になりますとも。現時点で可愛すぎるんだから。
「忍ちゃん、その服、どうしたの?」
陽君が私の服を見ながら首を傾げた。
「これ、私の友達が作ってくれたの。刺繍も全部手作業でね。すごいでしょ」
「朱音か。最初からすごかったけど、最近もっと細かい刺繡するようになったよな」
いつの間にか隣にいた康も、うなずきながら私の服を見る。
「すごいな。刺繍もだけど……忍ちゃんに兄ちゃん以外の友達ができたことに驚きだわ」
「陽君、ちょっとこっちおいで」
陽君ってば、素直なんだから。
結に見えないように後ろを向き、思いっきり陽君のほっぺたを引っ張る。
「痛い痛い痛い! ごめんて!」
む、結に比べたら伸びないほっぺただこと。
手を離してあげると、陽君は涙目で頬を抑えていた。
すると、今まで何も言わずに笑顔で私たちを見ていたおばさんが、パンパンと手を打ち、間に入る。
「さあさ、じゃれてないで早くいってらっしゃい。屋台を回る時間が無くなるわよ」
「で、あいつら遅くない?」
隣に座っている康がつぶやいた。
にぎやかで楽しそうな声と祭りばやしが聞こえてくる。
日は沈み、赤い提灯がたくさん浮かんでいる。
午後7時25分。
もうすぐ花火大会が始まる時間だ。
なのに、ここにいるのは私と康だけ。
というのも……
「燈のやつ、りんご飴食べたいからってわざわざギリギリの時間に行列に並ばなくてもいいよなー。あいつホントに大学生か?」
康が苦笑する。
そう。
突然りんご飴が食べたくなったらしい燈君が行列に並ぶと言い出し、その後流れで、とりあえず私と康だけ場所取りに行くことになったのだ。
ま、ここは昔から私たちが花火を見ている穴場だから、混むことはないんだけどね。念のため。
「康も一緒に並んできたらよかったんじゃない? りんご飴好きでしょ?」
「んなっ、なんで知ってんだよ!?」
たとえ、教えてくれなくても、一緒に祭りに行くたびに毎回りんご飴を一回は必ず買っていたら、さすがに気づく。
「な、なら、忍だって結ともっと祭りを楽しんできたらよかったんじゃないか? 思い出作りしたかったんだろ?」
おお……康の顔がりんご飴だ。
何がそんなに恥ずかしいのか。
でも、なんかちょっとからかいたくなってくるな。
「へぇー? 適当に言ってみただけなのに。赤くなっちゃって、そんなにりんご飴好きだったの? ほんとに買ってくる?」
ニヤニヤ笑って見せると、康はさらに顔を赤くした。
「おっまえ……! い、いいから答えろよ! 結と思い出作りしなくていいのかって!」
だいぶ焦ってるらしい。
早口になってきている。
しょうがないので、私は康の質問に答えることにした。
「思い出作りなら、ちゃんとできてるよ。たくさん写真も撮ったし、一緒に屋台も回った。だから今回私はこれで十分。今、結には想君たちとの楽しい思い出を作ってほしいの」
母親代わりだとか、そのことを利用して結にべったり張り付くのは違うと思う。
結には結のしたいことがあって、そこに私が必要ないときだってある。
私は結が私を必要としたときにいつでも傍にいられるようにしたい。
少し寂しいけれど、だからって私の気持ちを一方的に押し付けるのは、ただの迷惑になるから。
「だから、無理やり私が入り込む必要はないかなって。想君たちとたくさん話せて、結も楽しそうだしね」
「忍……」
…………。
静寂が私たちを包む。
どこからか花火大会開始の放送が聞こえてくる。
……しまった。この空気、やらかしてしまったかもしれない。
「あ、えっと、康、花火、」
「忍」
名前を呼ばれて言葉を止める。
どこか真剣な表情の康と、視線が交わる。
「俺は、忍のことが好きだよ」
打ちあがった花火が、康の顔を赤く照らした。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます。
次回もどうぞよろしくお願いします。