30話 帰省⑤
「おばさん、お風呂ありがとうございました」
夜。
夕飯を食べた後に、私と結はお風呂に入らせてもらった。
湯上がりほこほこで居間に顔を出す。
「あら、忍ちゃん、結ちゃんおかえりー。気持ちよかった?」
「んー……きもちよかったぁ……」
おばさんに聞かれた結は、答えながら意識が半分夢の世界だ。
まあ、朝からハイテンションだったし、無理もないか。
「おばさん、すみません。ちょっと結を寝かせてきます」
「うふ、そうね。結ちゃんおやすみね」
「おやすみぃ……」
結を抱きかかえて部屋に向かう。
ふと、腕に乗っかる温かさと重みに気が付いた。
もう、あの細くて空気みたいに軽くて折れそうな体じゃない。
年相応の、ちゃんと重さのある体に、血色のいいぷにぷにのほっぺ。
……よかった。私、少なくとも最低限のことはできているみたいだ。
ふすまを開け、布団に結を寝かせる。
「おやすみ、結」
いつものように声をかけ、隣の布団に倒れこむ。
お日様の匂いに包まれ、私の意識は深く深く落ちていった。
地元に帰って3日が経った。
結は1日1日フル回転で、川遊びやら虫取りやら、田舎ならではの自然遊びを満喫している。
私は私でおばさんを手伝いながらたくさんおしゃべりしたり、結と遊んだりと楽しく過ごしていた。
「花火大会?」
「そう。今夜らしいから、せっかくだしみんなで行って来たらどう?」
朝ごはんの時、おばさんが私たちに見せたのは1枚のチラシ。
毎年行われている昔からのお祭りだ。
「忍ちゃんたち明日帰っちゃうでしょ? 最後にパアッと思い出作りしてきたら?」
にこにことおばさんが言う。
そう、楽しい休みも今日で終わり。
明日私たちは家に帰るのだ。
「それ、いいですね。ここの花火大会、見やすくてきれいだし」
「ゆい、はなびみたい!」
結がぴょんっと飛びついてくる。
目がキラッキラしてる。
もう、今から見に行きそうな勢いだ。
「それじゃあ、結ちゃんには浴衣を着せてあげましょうか」
おばさんは手を合わせ、穏やかに笑った。
「え、でも、結のサイズの浴衣って……」
「うふふ、実は忍ちゃんが昔着てた浴衣、取ってたのよねぇ。あっという間に大きくなっちゃって着れなくなっちゃったけど、いつかこんな日が来るんじゃないかと思って」
なんと……。
20年くらい前の、しかも息子の幼馴染の浴衣をずっと持っとくなんてできるものなんだろうか。
私だったら速攻着れなくなったものは、捨てるか切って雑巾にしちゃうけど。
「そんなんだから母さんは片づけ苦手なんだよ」
味噌汁を飲みながらツッコんだ康が、無言でおばさんにはたかれる。
ほんと、この家族見てて飽きないよなぁ。
康の兄弟たちと一緒になって笑っていたら、こちらをじっと見ているおじさんと目が合った。
「……忍」
おじさんは、迷うように視線をさまよわせ、また私の目を見る。
「何ですか?」
「……せっかく帰ってきたんだ。英司には会っていかないのか?」
気まずそうに、でもはっきりと聞かれた問いに、私は息を止めた。
「……あの人は、お盆休みだろうが仕事していますよ」
吐き出すようにそう言って、目をそらす。
おじさんはそれ以上何も言ってこなかった。
「しのぶー、えいじってだれー?」
膝に乗った結が、私を見上げる。
私は結の頭を撫で、笑顔を作った。
「英司っていうのは……私のお父さんのことだよ」
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