29話 帰省④
昼食も終わり、後片付けまで済ませた私は、縁側でまったりとくつろいでいた。
風鈴の音色と涼しい風が心地良い。
庭には大きなひまわりが咲いていて、きれいだ。
小さい頃から、康の家の、この場所が好きだった。
康の家にお世話になるたびにここにいた気がする。
「し・の・ぶ・ちゃん」
後ろから声をかけられ振り向くと、スイカが乗ったお皿を持ったおばさんがにっこり笑って立っていた。
「相変わらず、忍ちゃんはここが好きねぇ。見つけやすくて助かるわ。あ、スイカどうぞ。冷えていて甘くておいしいわよ」
「あ、ありがとうございます」
受け取ったスイカを一口食べると、みずみずしくて甘い味が口の中に広がる。
「ん、おいしいです」
「でしょでしょ」
隣に座ったおばさんは、私の顔を見て、なんだうれしそうだ。
ちょっと恥ずかしい。
「あの、おばさん、結のこと、想君たちに任せちゃってごめんなさい。せっかく親子で過ごすお盆休みなのに」
「いいのよ。想たちもうれしそうだしね。忍ちゃんこそ、混ざらなくていいの? みんなでボードゲームしてたわよ」
さわさわと木々が風に揺れる。
私はそっと視線を落とした。
「混ざった方が……いいんですかね。でも、おばさんも知ってると思いますけど、私、昔から楽しい空気を壊すのが得意みたいで。それ、今も変わってないんですよね。だから、そういう楽しそうな場に入るのは、いいのかなって」
なんだろう。
お世話になったおばさんが話を聞いてくれてるからかな。
それとも、この場所のせい?
本音が、あふれて、でも、スラスラ言葉にできる。
「相手は康とか、昔からの私を知っている人たちで、だから今更なんだって思われるかもしれないですけど、でも、だからこそ、怖いんです」
私から離れていく人が多い中で、それでも明るく笑いかけてくれる彼らに、愛想をつかされるのが怖い。
「忍ちゃん」
おばさんが私の肩に手を置いた。
「ほんっと今更な話ね」
「う……」
スパーンと笑顔でぶった切られて、喉を詰まらせる。
「別に忍ちゃんが今更どれだけ失敗したとしても、あの子たちは気にしないわよ」
さらに心まで読まれたように勢いよく背中をたたかれた。
そのあと、おばさんは私の頭に手を置き、にっこりと笑う。
「忍ちゃん。別に、私たちには遠慮なんてしなくていいの。好きに行動すればいいわ。忍ちゃんはうちの家族みたいなものよ。家族に遠慮はいらないわ」
優しい言葉。
少しだけ、泣きそうになる。
ありがたいけれど、本当に甘えてもいいんだろうか。
「でも、私は……」
「本当の家族じゃないのにって?」
また心を読まれてしまった。
私がうなずくと、おばさんは少し考え込むように頬に手を当てる。
「じゃあ、忍ちゃんは結ちゃんに遠慮してほしいと思う? 迷惑をかけるなと思う?」
「お、思わないです!」
咄嗟に大きな声が出た。
微塵もそんなこと思ったことないって言いたくて。
結を引き取って後悔したことなんて1度もない。
むしろ、結を引き取ってから、毎日が楽しくて仕方ないのは私の方だ。
迷惑なんて、あるわけがない。
おばさんは私の声にクスッと笑うと、うんうんとうなずいた。
「同じなのよ、私たちも。忍ちゃんが結ちゃんをそう思うように、私たちも忍ちゃんのこと、迷惑だなんて思わない。ね、だから、大丈夫なのよ」
温かい何かが胸に広がる。
本当に泣いてしまいそうだ。
鼻の奥がツンとして、視界がぼやけてくる。
「ありがとう……ございます……っ」
なんとか絞り出した声はちゃんと届いたみたいだ。
おばさんはにこにこ笑ったまま、そっと涙をぬぐってくれた。
私もちょっと照れ笑い。
2人で笑い合っていると、居間の入り口でひょっこり康が顔をのぞかせる。
「忍、ボードゲーム、忍も参加するか? というか、結が『しのぶはー?』ってめっちゃ聞いてくるから」
後ろ頭をかきながら、困ったように笑う康。
おばさんの方を見ると、笑顔で行ってらっしゃいと手を振ってくれた。
私はおばさんに小さく頭を下げて、居間を出た。
待ってくれていた康と目が合うと、彼は少し気まずそうに目を反らす。
「……もしかして、聞いてた?」
「な、何を?」
それで隠せているつもりなんだろうか。
まあ、この前私も康の本音を少し盗み聞きしちゃったし、お互い様か。
ごまかすように康が歩きだす。
嘘が下手なくせに聞いていなかったふりをする康の気遣いに感謝しながら私は彼を追いかけた。
お待たせしました……!
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