24話 海④
「いやー、楽しかったなー」
「ゆい、もっとあそびたかった……」
レンタカーを運転しながら笑う康と、ちょっとしょんぼり気味の結。
日はもうだいぶ傾いて、空がオレンジに染まっている。
「康、疲れてない? 運転、代ろうか?」
私は後部座席の結の隣から、バックミラー越しに康を見た。
「大丈夫だよ。さっきちょっと寝たしさ。それより忍こそ少し寝れば? 朝、早く起きたんじゃねーの」
「平気よ。いつもと同じくらいの時間だし」
「だから忍の睡眠時間は毎日足りないんだよ」
「でも、」
「忍」
落ち着いた、でも、少し強い口調で名前を呼ばれて、言葉を止める。
鏡に映る康と目が合う。
「忍、お前は人に甘えなさすぎ。これくらいのことで遠慮されてたら、忍の家にただで夕飯食べさせてもらいに行ってる俺はどうなんの」
「いや、それは私が勝手にしてるだけで」
「だったら俺も勝手に運転してるだけだよ。それよりほら、結のほっぺ、ぱんぱんに膨れてるけど?」
「え」
康に言われて横を見ると、たしかに結がむくれていた。
「ゆい、べつにいいもん。がまんできるもん」
「あああ、ごめん! ほったらかして」
結のぷくぷくほっぺを両手で挟んでしぼませる。
だけどまた空気が入って膨らみだす。
「康」
「ん?」
私は結のほっぺを挟んだまま、今度は鏡越しではなく、運転席の康をのぞき込む。
「安全運転、お願いします」
「任せなさい」
ごめんね、と言いかけてやめた。
今、私の中では康に対する申し訳なさでいっぱいだけど、こういう場合、康に言う言葉は「ごめん」じゃない。
「えっと、あ、ありがとう」
少し小さくなってしまった声。
康にはちゃんと聞こえたらしい。
彼はなんだかうれしそうに笑って胸を張った。
私はまだむすっとしたままの結に目を戻し、あ、とカバンを開ける。
「えーっと、あ、あったあった。結、これ見て」
中から透明のビニール袋を取り出し、結にかかげて見せる。
む、と顔を上げた結の目が、途端に輝いた。
「しのぶ、それかいがら!?」
「そうだよ。思い出にというか、記念にね」
大小さまざまなたくさんのかいがら。
ピンクっぽいのもあれば、白いものもあるし、渦巻き型のものもある。
浜辺を歩いているときに集めてみた。
なんというか、結が喜びそうな気がして。
私もかいがらを集めるのはわりと好きな方だし。
「みせて、みせて!」
「はいはい、ちょっと待ってね」
ビニール袋を開けて渡すと、結は宝物にでも触れるみたいにそっとかいがらをすくい上げた。
もう、目がキラッキラ。
それだけで、私は拾ってきてよかったと思う。
「あ、そういえば忍」
結の頭をなでていると、不意に康が口を開いた。
「忍ってお盆、ヒマ?」
「まぁ、仕事はないけど……どうしたの?」
「いや、その、この前母さんから連絡あってさ、俺は毎年実家に帰ってるんだけど、今年は忍も一緒にどうだって」
「私?」
自分を指さすと、康がこくっとうなずく。
「なんで?」
「俺、ちょいちょい近状報告とかしてるから、母さん、最近俺が忍と会ってること知ってるんだよ。結のこととかも。それで、結ちゃんも一緒においでって。勝手にしゃべったのは悪かったけど」
「別にそれはいいけど……」
康のお母さんには、私も小さい頃によくお世話になった。父親が仕事で遅くなるときとか。
……なんというか、パワフルな人だ。
「でも、家族水入らずのところ、お邪魔じゃない?」
「向こうが呼んでるんだし、その辺は大丈夫だろ。それより、そっちがどうなんだよ。予定とかねえの?」
「今のところは特に何も。でも、そっか、実家かー」
この夏休み、結と泊りで遠いところに出かけたい気持ちはあった。
実家。なるほど、のんびり過ごすにはちょうどいいかも。
「康、おばさんにお邪魔じゃなければ行きますって伝えておいてくれる?」
「ん、来るのか?」
「ダメ?」
「ダメじゃないけど……いや、何でもない。伝えとくな」
「? よろしく」
言葉を濁す康に少し首を傾げつつ、軽く頭を下げる。
沈んでいく太陽の光が、康や結、そしてたぶん私をオレンジ色に包んでいた。
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