23話 海③
「ねえねえ、お姉さんたち今ヒマ?」
「あっちでさぁ、おれ達と一緒に遊ばない?」
突然声をかけてきた若い男の人2人。
「いえ、結構です」
「ヒマじゃないんで。というか、旦那いるんで」
☆ ☆ ☆
「……大丈夫そうですね」
「……そっすね」
俺は、立ち上がろうとした中途半端な姿勢のまま、真翔さんと顔を見合わせた。
俺も真翔さんも苦笑いだ。
何があったのかと言えば、先ほど飲み物を買いに行ってくれた女子2人がナンパにあっていたのを目撃した。
自分の好きな人が他の、しかも知らない男に絡まれていて何も思わない男がいるだろうか。
俺たちはすぐさま走っていこうとした。
が。
あの女子たちはかなりの強者で、男たちが声をかけた瞬間冷めた目で断ってしまった。
夏の海のテンションというか、熱を一瞬で凍らすがごとく。
おかげで男たちは速攻で撤退したけれども。
当の本人たちは何事もなかったように楽しそうに話しながら海の家の方に向かっているし。
「ホント、たくましいというか鈍感というか……」
腰を下ろしながら、長い息を吐く。
「康君も苦労してますね」
同じように腰を下ろした真翔さんの言葉に、顔を上げた。
「『も』って、真翔さんも苦労したんですか?」
「そりゃもちろん、朱音はあんな性格だし、付き合う前はもちろん、今も気持ちが伝わらないこと多いですよ」
苦笑する真翔さん。
真翔さんは俺らの1つ上で、自由な朱音を広い心で包んでるっていうイメージがあったから、ちょっと意外だ。
「そういう面で言うと、正反対に見える朱音と綿野さんって似ているのかもしれませんね」
「いやホントに。そういう目で見られてるかもしれないってことがまったく頭にないんですよね」
というか、そもそも忍は自分が誰かと結婚するとか考えたことあるんだろうか。
「行動力があるところも同じだと思います」
真翔さんが爽やかに笑いながら言う。
「朱音は自分で店を始めたし、綿野さんは結ちゃんを引き取ってますし。朱音からある程度の経緯は聞きましたけど、普通はなかなかできないことですよね」
その通りだ。
俺は気持ちよさそうに寝息を立てている結に目を向けた。
忍から子供を引き取ることになったと聞いたときは本当にびっくりした。しかも、話を聞いた限りじゃ、ただの勢い任せにしか聞こえなかったし。
子供の頃からどこか達観しているような忍からは想像ができなかった。
でも、こんなこと思っていいのかはわからないけど、結のおかげで俺はまた、忍と関わることができたのだ。
あの金曜日、忍が俺を頼って電話をかけてきてくれたのは、忍が結を引き取ったからだ。
もし、あのとき結の母親が結を置いて行ってなかったのなら。
もし、あのとき忍より先に誰かが結を保護していたら。
もし、あのとき忍と結が出会わなかったら。
「……俺、性格悪いなぁ」
思わず声に出していた。
結からすれば、母親に置いて行かれるなんて最悪の出来事だろうに。
それをラッキーだと思ってしまう俺は本当にどうしようもなく最低だ。
「康君……」
真翔さんがそっと口を開こうとした時だ。
ヒヤッと冷たい何かが首に触った。
肩が跳ね上がる。
「何の話?」
勢いよく振り向くと、忍が両手にジュースをもって立っていた。
気づけば朱音も真翔さんにジュースを渡している。
「ほら、康。なんかおいしそうなジュースがあったから。あと、フランクフルト買ってきたよ」
忍は俺にビニール袋とジュースを手渡し、俺の隣に座った。
「え、え、忍、どこから聞いてた?」
「んー、全然聞いてないよ」
忍は結のほっぺたをつつきながら小さく微笑む。
「そ、そっか」
少しほっとしながら、俺は火照った体を冷まそうと、冷たいジュースに口をつけた。
「……ねえ、康」
「ん?」
ふいに、忍がこちらを向く。
「康は性格悪くなんかないからね」
「んん!?」
ジュースが気管に入って、咳き込む。
「お、おまっ、聞いてんじゃん!」
「最後だけね。聞こえちゃった」
いたずらっぽく笑う忍。
俺は忍にわーわーと騒ぎながら、内心、ありがとうとつぶやいた。
お待たせしました!
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