11話 留守番
今までにこんなに驚くことはあっただろうか。
長年、忍と過ごしてきたが、こんなに笑っている彼女は初めてだ。
……ついでに、俺も笑いかけられたし。かわいすぎだろ。
「こうー、あそぼー」
くいっとズボンを引っ張られ、下を見ると、これまたかわいい顔して小さな女の子が俺を見上げている。
この子こそが、忍が引き取ることになった子供で、忍の笑顔の理由。島田結だ。
人見知りされるかと思ったが、結構人懐っこく、寄ってきてくれる。
「そうだな、何がしたい?」
「えとねー、トランプ!」
「トランプかー。ちょっと待ってな」
持って来たカバンを探る。
忍、1人暮らしだし、絶対にトランプとかゲーム系は置いてないだろうから、子供が好きそうな遊び道具一式持ってきたんだよな。
たしかトランプも……
「あった。何する?」
「ばばぬき!」
トランプを出しながら聞くと、結は即答した。
「オッケー。結はババ抜きが好きなのか?」
「うん! ゆいね、しのぶとばばぬきしてなかよくなった! しのぶ、すごくよわいんだよ!」
「え、そうなの?」
そういえば、昔1度だけ一緒にババ抜きしたことあったっけ。
……ポーカーフェイスがアホみたいに下手くそだった気がする。いつもは同じ表情なのに。
……変わってないんだ。
「こうー、はやくカードくばってー」
「ん? あぁ、ごめん」
カードをきって、配っていく。
「ねえねえこうー」
「んー?」
「こうはしのぶのともだちなのー?」
「あぁ、そうだよ」
「かれしなのー?」
ズルッとカードが飛んで行った。
お、落ち着け俺! 別に特に意味はない!
「きゅ、急にどうした?」
「だってねぇ、ゆいのおかあさんがね、おともだちだっていえにつれてきたおにいさんは、だいたいおかあさんのかれしになったよー?」
「んー、会ったこともない人に言うのは失礼だけど、結のお母さんは変わってるなー」
カードを拾いながら、はは、と乾いた笑いを浮かべる。
聞いてはいたけど、どんな母親だよ、結の母!
25年生きてきて、今年で保育士2年目になるけど、子供の口からこんな話聞いたことないわ俺!
「じゃぁ、こうはただのしのぶのともだちー?」
「う……まぁ、そうだな」
そうだけど、改めて人から言われるとショックだなぁ……。
「よし、配り終わった。始めようぜ」
「わーい!」
あ、俺んとこにババがある。
結、あからさまにニヤニヤしてるし。
じゃんけんで、結から始めることになった。
「じゃぁ、とるねー」
「おぅ、どれでもどうぞ」
結は俺の手札から1枚引きながら、うれしそうに笑う。
「……どうした?」
「ゆいね、おるすばんきらいだったけど、いまはすごくたのしいの」
その言葉に、俺は忍が俺を呼んだ理由がわかった気がした。
5歳児を1人で留守番させるのは、安全面でよくないからなのももちろんあるけど、もしかして忍は昔の自分と結を重ねたんじゃないか?
父親が帰ってこず、1人きりで過ごすことが多かったから、そのさみしさや孤独感を思い出したんじゃないだろうか。
「結」
「んー? なぁに?」
「忍のこと好きか?」
結は俺の質問にポカンとした後、
「うん! ゆい、しのぶのこと、だいすき!」
すぐに満面の笑みで答えてくれた。
「そっか。よかった」
「? こうはしのぶ、きらいなの?」
「え?」
キョトンとしながら、結が聞いてくる。
俺はちょっと考えてから、結に笑ってみせた。
「いいや? そうだな、俺も忍が大好きだよ」
結がニコニコしながらうなずく。
ずっと一緒の幼馴染に頼ることさえ大きな恩に感じてしまうアイツに、いつか、お前のことが好きなヤツはちゃんといて、頼られたいと思ってるんだと伝えてやりたい。
「そういえばしのぶもねー、こうのこと、だいじっていってたよー」
「……え?」
結が突然言い放った言葉に、俺は一瞬固まって。
そのあと、結が『ゆいもだいすきっていってくれたー』って続けたから、やっぱりなぁ、なんて力を抜いた。
でも、やっぱり少し、幸せだった。
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