10話 見送り
ピンポーン
土曜日の午前7時55分、うちのインターホンが鳴った。
「しのぶー、だれかきた!」
ちょっとテンション高めの結がパタパタとかけていく。
私も早足で玄関に行き、ドアを開ける。
「よっ 久しぶり!」
ニッと笑い片手をあげたのは私の幼馴染、谷川康だ。
「おはよう、康。休みの日に朝から呼び出してごめんね」
「いーよ別に。暇だったし」
康とは幼稚園から大学までずっと一緒で、私が唯一気兼ねなく話せる同い年の友達だ。
若干変わってる男の子で、普通は私と話したらみんな『私の話に興味ないんでしょ』とか『愛想悪いな』とか言って離れていくのに、康だけはいつも変わらず笑顔で話しかけてくる。
私、自分でもわかってるんだけど、仕事以外で誰かと話す時はいつもそっけない態度になっちゃうんだよね。だから、みんなが離れていくのもわかるし自分でも嫌なんだけど。
なぜか康だけは私がそっけない態度とっても構わずに話しかけてくれる。
いや、すごくありがたいし、うれしいんだけど。
腹立ったりしないのかな。
「しのぶー、このひとがさっきゆってたひとー?」
結がくいっと私のスカートの裾を引っ張る。
しまった、ボーっとしてた。
「そうだよ、康って名前。私の友達なんだ」
「こうー?」
「そう。……あ、康、呼び捨てにしてもいいかな?」
結に笑顔を向けつつ康を振り返ると、なぜか康は私を凝視して固まっていた。
「……康?」
「ぅえ!? あ、ああ、大丈夫。呼び捨てで構わねぇよ」
「そ? ありがと」
……どうしたんだろ。康もボーっとしてたのかな。
内心首を傾げつつ、結に言う。
「結、さっきも言った通り、今日私はお仕事に行かなきゃいけなくなったの。その代わり、今日はこの康が結と一緒にいてくれるからね。言うこと、聞くんだよ?」
「わかった! こう、きょうはよろしくね?」
結は元気よくうなずき、それから康を見上げてニパッと笑った。
かわいい……。康、ズルい。
康もかわいいと思ったのか、ちょっと照れた感じで「よろしくな」と。
「じゃ、康、とりあえず入って。ちょっと教えとくことがあるから」
「おぉ、わかった。……おじゃまします」
「はい、どうぞ」
康って意外と律儀なんだよな。
少し笑いそうになるのをこらえて、私は康をリビングに連れて行った。
「で、帰りは何時ごろになるんだ?」
「それがちょっとわかんなくて。もしかすると遅くなるかも」
「そうか」
康に説明しながらキッチンへ行き、冷蔵庫を開けた。
「昼までに帰ってくるのは確実に無理なので、ここにチャーハン置いてるから。お昼に食べて」
「え、俺の分もあんの!?」
「うん。面倒見てもらってるしね、当然だよ。チャーハン好きだったよね?」
「いや、好きだけど……覚えててくれてたのか」
「え? 何か言った?」
「い、いや、何でもない!」
振り向けば、康はぶんぶん首を横に振る。
「あ、あと、たぶん間に合うと思うけど、万が一7時までに帰ってこなかったら、そこにある作り置きのカレー、あっためて結に食べさせてくれる? もちろん、康も食べていいから」
「マジかよ、助かる」
さて、伝えとくのはこんなものかな。
あ、そうだ。
「康、ちょっと」
「ん? 何?」
首を傾げて私に近づく康の肩をがしっとつかむ。
「結がかわいいからって何かしたら、怒るからね?」
「何もしねーよ! つか、痛い痛い痛い痛い」
あら、ちょっと力こめすぎたかも。
パッと手を離すと、康はほっとしたように息をついた。
「それじゃ、私、そろそろ行くわ」
「おぉ、気をつけてな」
「うん」
康が玄関まで見送りに来てくれる。
「しのぶ、いくのー?」
結もパタパタかけてきた。
朝から元気だな。
「うん。行ってくるね、結」
笑顔を向けると結はなぜかキョロキョロ、康と床と私を順番に見た。
そして最後にポスっと私に身を預けてくる。
……もしかして、ちょっとすねてる? さっきまであんなに元気だったのに。
私はしゃがんで結の顔をのぞきこんでみた。
ちょっとほっぺたをふくらませてる。
あーかわいいなぁもう。
私はギューッと結を抱きしめて、ニッと笑って見せた。
「結、明日、私とお出かけしよっか」
「おでかけ?」
「そう。結に必要な物、見に行こう」
結がわかりやすく、顔を輝かせる。
「あした、ゆい、しのぶとおでかけ?」
「うん。だからそのために、今日はお仕事頑張らなきゃなんだ。私の元気が出るように、『いってらっしゃい』って言ってくれる?」
「うん! しのぶ、おしごとがんばって! いってらっしゃい!」
途端に元気になった結がかわいくてしょうがない。
これは早急に片づけてこなくては……。
「康、あとはよろしくね」
「お、おぉ、任せろ」
「それじゃ、いってきます」
「「いってらっしゃーい」」
2人に見送られて、私は口元が緩むのを感じながら家を出た。
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