第三話:リサ・ファン・スーラ
「恥ずかしいところをお見せしました……」
「いえいえ!」
俺と彼女はロバートさんの隣で炊いている焚火を囲った。
「私こそ、ごめんなさい。いきなり吹き飛ばしてしまって……」
彼女は体を縮こまらせて上目遣いでそう言った。
「あぁ……。あれってさ、魔法だよね」
俺は彼女に弱い部分を見せたからか、どこか親近感を感じていた。
「……そうです」
「ってことは、さっきの通りすがりの治癒術師ってのは大嘘だなぁ」
雲ひとつない、透き通った星空を眺めて俺はそんなことを呟いた。
「で、でも、ほら、治癒術師って、ほら、あのぁー……たまに魔法を!使ったりしますから!あれくらいおちゃのこさいさいですよぉー!」
声を上擦らせながら戸惑いを隠せない表情でそう言った彼女は頬を痙攣させながら笑っている。
「別に、魔法師であろうが、そうじゃなかろうが、俺はそこを詳しく聞くつもりはない」
そういうと彼女は少しばかり冷静を取り戻して硬直した。
「知られたくないから隠してるんでしょ。だったら別にそこを無理やり教えてくれなんていうのも違うと思うしね」
「……ありがとうございます。私だけ、その、マルクさんを知ってしまい……ごめんなさい」
彼女は隣で頭を下げて謝った。
「大丈夫だって」
「……はい」
短く返事をした彼女は姿勢を正してちょこんと座る。
「私の自己紹介がまだでしたね」
彼女はゴッホンと咳払いを挟み、俺の方を向いた。
「リサ・ファン・スーラと申します。朝にはお別れになりますが、よろしくお願いします」
彼女は女の子っぽい振る舞いで可愛らしくお辞儀をした。
頬の横を垂れる金髪がタランと垂れる。
「スーラか、いい名前」
彼女は少し頬を染めた。
「まぁ、俺は知っての通りではあるけど、一応」
そう前置きをして俺は彼女の方を向いて姿勢を正す。
「トムソン・J・マルクです。職業はきこりをやってます」
もうすでに知られているというのに、改まって自己紹介するのも恥ずかしい。
「はい!よろしくお願いします」
彼女は笑顔で小さく拍手をした。
彼女のその笑顔は俺の疲労し切った心を落ち着かせる。
どこか安心感があるような、どこか他人ではないような。
彼女の拍手が止まると薪が弾ける音が大きくなる。
「ロバートさんのことも知ってるの?」
「はい」
彼女は申し訳なさそうに頷いた。
「ロバート・ダン・クックさん。元冒険者の方なんですね」
「うん。そうなんだ。国中を旅して怪物を倒して回った。その途中、たまたまよった俺たちの村が気に入ったらしいいんだ。だから冒険者をやめてエルス村に永住することにしたんんだって」
「……そう、なんですね」
「あぁ」
スーラさんは焚火に新しく薪を追加した。その顔はどこか寂しげで、どこか苦しんでいるような、そんな気がした。
ふと薪の残りに目をやるとかなり数が減っていることに気がついた。
「……薪、集めてくる」
「いえいえ!私が行きますよ!マルクさんは元気に見えても、無理やり細胞を移植させてるんですから、まだ動いちゃダメです」
慌てて止める彼女だが、俺は少し一人になりたいという気持ちもあった。
「んー……。大丈夫だよ」
少し勝手ではあるけど、強引に森の方へと足を進めた。
「待ってください!」
俺はその声に足を止めて振り返った。
「ここら辺は怪物の縄張りではなく、獣の縄張りです」
彼女は下唇と噛み続けた。
「……マルクさんは苦しいかもしれないですけど、これ持っていってください」
「あ、あぁ……」
そう言って渡されたのは俺の喉元に突き刺さった剣だった。
「ありがとう」
「……あまり遠くに行かないでくださいね」
彼女は怯えるように話した。
「うん。そうだね。また治癒させるのは大変だろうからね」
俺はそう言ってニコリと微笑んだ。
「すぐ戻るからロバートさんをよろしく」
「わかりました」
「うん」
俺は手を振って森の奥へと入っていく。
今夜は月明かりが明るく、意外と視界が開けている。
しかし地面に落ちいている枝は少なく、なかなか薪として使えるものが集まらなかった。
「しかたないか」
俺は片手に握ったままの剣を構える。
よくよく見るとおかしな形だ。
刀身は細く、少し沿っている。一般的な両刃ではなく片側に刃がある形だ。中間ほどには波打った模様が入っている。
月明かりに照らすとよく光を反射して、どこか普通の剣とは違うような、研ぎ澄まされているような、そんな印象を持った。
「綺麗だ……」
一般的な剣は大量に作り、それなりに強度を持ったものが販売される。
だから、ほとんどの人たちが同じような剣を腰の鞘に収めている。
だけど、この剣は一味も二味も違う。
刀身が細いのですぐに折れてしまいそうだし、重さも軽い。
大量に作られたものではなく、完全オーダーメイドの品なのかもしれない。
なので薪を作るために木を切り倒す、というのに使うのはもったいない気もした。
「……ま、抜かなかったってことは、いらねぇーんだろうなぁ」
自分のものでもないし、俺は刃こぼれを前提に、細めな幹を選んだ。
斧を振り下ろすときは刃先の辺り——柄肩に片手を置いて、もう片方の手は握りという斧本体と反対の位置を持つ。
そしてその状態で腰から腕の力を使って振り下ろす。
後は遠心力が手助けしてくれるので、柄肩に置いた手を握りの部分に移動させるだけだ。
しかし、それが剣となると話は変わってくる。
持ち手の部分は三十センチほどの幅しかないし、何よりも斧でいう刃先となる部分が長すぎる。一メートル近くありそうだ。
俺は剣を振ったことなんて一度もない。だから正しい振り方は違うのかもしれないが、両手で柄の部分を握ってそれを正面で構える。
「どう振るのが正解なんだ……」
全体的にかなり細いので斧のように横から入れて木をエグるように扱うと俺てしまうだろう。
だったら、上から斜め下に振り下ろして一気に切り倒してしまった方が良いのではないだろうか。
一発で決める。
直径一五センチほどの木だ。この刃の長さならいけるはず。
「どらぁっ!」
俺は剣を大きく上に振りかぶって刃先を幹に当てるように振り下ろした。
上半身を前に倒しながら腕の力を伝える。そして体の中央を通りすぎるタイミングで一歩前へと右足を出して倒れる上体を支えてあげる。
そうすることで効率よくこの剣に力が伝わるはずだ。
体感的に行ったが、これが正解だった。
幹は果物を切った時のようにサクッと音を立てて斜めに滑り落ちた。
(ん。これ薪にするなら長すぎる!)
瞬間的な判断だった。この剣で地面に倒れた幹をうまく切断できる気がしなかったのだ。だから俺はすぐさま手首を返して斜め上へと切り上げた。
再び細木は斜めに切れ目をいれてサクッと切れた。
先ほどとは違ってなかなか厳しい姿勢からの切り込みだ。それでもこれほど楽に木を切ることができるのであれば、相当良い剣なのだろう。
俺は振り上げた剣を再び振り下ろして、幹を切る。そして再び振り上げて切っていく。
それをしばらく続けたが、腕に限界がきてしまったらしく、最後まで幹を適当な長さに切ることはできなかった。
空に近いほうは枝も多いし、これで正解だったかもなと星空を見上げながら考えた。
「はぁあぁああーーーーーーー」
大きく息を吸い込んで跳ねる心臓をゆっくりと押さえていく。
「ふうぅぅううーーーーーーー」
吸って吐いてを繰り返して、しばらくすると上がった息はかなり回復した。
しかし速筋を激しく使ったためか両腕は震えたまま握った剣を地面に落としてしまった。
拾おうとするにも握力がなくなってうまく拾えない。
「くっそ……」
仕方がないので俺は一旦休憩を挟んだ。
腕をだらんと垂らして疲労回復を促す。
徐々に視界がぼやけて世界が傾く。
そして意識が薄れていく中で最後に感じたのは冷たい雪の感覚だった。
次回:翌日18時投稿
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