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「今日の獅子座の運勢は……
ごめんなさい。最下位です。今日は何をやっても上手くいきません。
下手すると職を失い、一家離散、親友に騙され、多額の借金を負います。ですが行政にも頼れず、露頭に迷うことになるでしょう。
何をやっても上手くいかず、もう上手く行かないこと自体が本当の自分じゃ無いかと錯覚するでしょう。
……でも大丈夫!
そんなあなたのラッキーアイテムは真っ黒のサングラスです。色が濃ければ濃い程グッド。視界を真っ暗にして嫌な現実から目をそらそう!
ラッキーパーソンは蟹座のヤクザです。眼を付け合い飛ばしあい、友情が育まれるでしょう!
それじゃあ今日も、元気にいってらっしゃい!」
なにが大丈夫なんだろう。結局嫌な事が起こるじゃ無いか。
この「甘口星座占い」は毎朝見てるのだが、毎回思う。甘口とは何なのか。
最下位はもう人生を諦めろと言ってるしか思えない。
てか「蟹座のヤクザ」て。ピンポイント過ぎて出会えるかどうかも分からんわ。
一位に至っては「なんか良いことあるでしょ」だった。
投げやりすぎるだろ。
だが、悪い占いを信じないことにしているので僕は全く気にしない。
……いや、まじで。さて、親父のサングラスどこにあったかな。
昨日は、散々な事があった。
親友が二度死んで。
僕は二度目の失恋を味わった。
あんな臭い台詞を言ってしまってはもうお婿に行けない。僕は朝飯を食い終わると二階の自分の部屋へ向かった。明日からはまた一人暮らしに戻る。
はぁーっ。
僕はベットに横になり。嫌な現実から逃れるかの様に目を閉じた。
白い空間。あの時と同じだ。
取り柄あえず進んでみるが、やっぱり風景が全く変わらない為進んでいる気がしない。すると、案の定人影が見えてきた。
あれは、亮だよね?
僕は走って近寄った。すると人影はやはり亮だった。
「お前、消えたはずじゃ?」
そう尋ねたが返事がない。亮は微笑み手を差し出す。
「なんだよ。この手?」
以前のこともあって僕は警戒していたが。手を揺らして催促してくる。僕は恐る恐る手を握った。
すると、二人の掌の中が激しく発光した。僕はあまりの眩しさに思わず目をつむった。
手に感触がない。目を開けると亮は居なくなっており、僕の体が光っていた。
すると頭に声が響いた。
アキ! 空をよろしくな。
力を、俺のヒーロー力をお前にやる
ヒーロー力?
もっと良いネーミングが無いのか?僕はふっと笑みをこぼした。
ブーッブーッ
「え?」
目を開けると握り締めていたスマホのバイブが鳴っていた。僕は寝ていたようだ。
どれくらい寝てたのだろう。確かめるためにスマホを覗くと空からメッセージと、おっさんが酒を飲んでへべれけになっているスタンプが送られてきた。
「あっくん? 起きてる?」
この文面になぜ酔ったおっさんなんだ?
空のスタンプはいつも本文との繋がりが分からない。だが、本人的にはちゃんと意味があるらしい。僕は画面の眩しさに目を細めながら返事した。
「今起きたよ。
どうかした?」
ブーッ
早い。五秒で返事がきた。
「昨日の話なんだけど」
ブーッ
また酔ったおっさん。
ブーッ
「あって話せない?」
ブーッ
「もし、来れるなら昨日の場所で待ってるから」
なんだろう。もしかして告白の返事かな?
てことはまだ希望があるってことか。
僕は飛び起きて鏡を見て髪を整えた。
「わかったよ!
今から向かうね!」
ブーッ
「待ってるよ!」
ブーッ
おっさんがウィンクしてる。空はおっさんが好きなのかな。
僕は急いで身支度を整え待ち合わせ場所に向かった。玄関を出る前に母さんが何か言っていたが聞こえなかった。
小走りで走りながらスマホで時間を確認した。あと10分ぐらいで着くな。連絡しとくか。そう思った瞬間ばっと肩と肩がぶつかった。
「あっすみません」
「おどれどこに目ぇつけとんのじゃ」
そう言うと胸ぐらを掴まれた。
あれ……これやばくない。
肩がぶつかったのはスキンヘッドに刺青が入った、かなり気合が入った男だった。だが僕は掴まれたパニックと急がなければならないと言う思いから変なスイッチが入った。
「うるせぇやいっ!
俺は今女の為に命をかけとるんじゃい。
半端な覚悟で俺を止めるとはええ度胸やで‼︎」
なんで関西弁なんだ。我ながらなに言ってんだか分からない。僕は人生で初のメンチを切った。いや多分、目を大きく開けてだだけだと思うが。
「何やと? 女?
今からカチ込みにでも行くんか?
たった一人でか?」
鬼の様な形相だったおっさんの胸ぐらを掴む力が少し緩んだ。
「おっおうよ!
たった一人の女の為に命を張る!
それが仁侠ってもんよ!
数ばっか集めてイキリ倒しとる奴らなんぞに俺は負けん!
それを邪魔するってんなら俺はあんたも倒さなあかんのだよ」
やばい、何か変なテンションになってきた。TVで覚えたエセ関西が火を吹くぜ。もうこのまま演じ切ろう。
するとおっさんの手がプルプル震えている。やばい。まじでキレてる。そう思った瞬間、おっさんが胸ぐらを離しガッチリ抱きしめてきた。
「なんっっっちゅう熱い漢や!
おもろいやないかい!
女一人の為に……くぅーーっ泣けるやないか‼︎」
あれ? まじで泣いてない?
てか抱きしめる力が強すぎて朝飯がリバースするぅぅぅ。肋骨が悲痛な叫びを上げている。
「わしも若い頃はお前みたいに何処にでも噛み付いては喧嘩に明け暮れとった。
お前はわしの若い頃にそっくりやで!
気に入った!
思う存分いてこましたれッ!」
そう言うと彼は僕を離し、肩をバシッと叩いた。いてこますってなんだ?
さっぱり分からん。てか似てねぇよ‼︎
どう人生間違ったら頭に刺青入れる選択が出来るんだよ。
「早よいけぇぇ!
女がお前の助けを待っとるでぇ」
路上でわんわん泣いている。なんか嘘ついて申し訳ない気持ちになったが、そもそもこんな嘘を信じるピュアハートを持ち合わせている人がこんな強面とは。まさにギャップ萌え。お姉さま方の大好物ではないか?
「おう、おっさん! ありがとよ!」
「まてぃ!」
そそくさと走り去ろうとしたが、肩を掴まれ呼び止められた。流石にバレたか。そう思い恐る恐る振り返ると。
「これ、使え!
腹にはジャ○プがおすすめじゃ
勝てへん思ったら目を狙え! 目を!」
おっさんから、メリケンサックと世界一いらないアドバイスを頂いた。
僕は鼻を擦り、えへへと臭い演技をすると、礼を言いまた走り出した。彼は僕が見えなくなるまで手を振っていた。
結構時間を取られてしまった。スマホを見ると三十分近く遅れてしまった。僕は急いで道をそれ、いつもの場所へと向かった。
山頂に近づくと私服の空がちょこんと座っているのが見えた。
僕は急いで駆け寄った。
「ごめん空遅くなっちゃって」
「もう遅いよあっくん!」
そう言う彼女は振り返ったが、凄く違和感があった。そう、彼女は何故かサングラスをしていた。
あっ、僕のラッキーアイテム。
てか何でサングラス?
まあファッション的には変ではないが、そう言うタイプの子じゃないので違和感があった。
「何で、サングラスしてんの?」
思わず口をついた。こう言う所がモテないんだろうな。
姉貴に言われた事がある。女のファッションに何では禁物だと。だが我慢が出来なかった。
「こっこれは!
夏だから! 太陽が眩しいからだよ!」
「…………。
今日、曇ってるよ?」
「……」
彼女は無言で焦ってる。唇を指でなぞりながら慌てている。
「あ、あっくん知らないの?
曇りの日でもUVは出てるんだよ?
目があぶないんだよ?」
あれ? この子こんなにお馬鹿だったかな。UV気にしてんのにガッツリノースリーブのワンピースに帽子のみじゃないの。てか目にUVって関係あるのかな。
「ふぅん。そっか」
なんか可愛そうになったので僕は追求をやめた。
「……ごめん。本当はあんまり顔を見られたくなくて。
サングラスが無いとあっくんの顔まともに見れないんだ」
そう言うと彼女ははにかんだ。サングラス越しでも意外に表情ってわかるもんだな。
それって恥ずかしい告白をした僕を、痛すぎて直視できないと言うことですか。
うん、それなら仕方ない。
あれ? 心が……泣いている。
「いいよいいよ!
それより話って何かな?」
僕は精一杯の作り笑いを浮かべた。
「うん。実は……」
僕は固唾を飲んだ。もしOKなら、僕はもう死んでもいい。
「私の仕事を手伝ってくれる件なんだけど、やっぱりお願いしたいなと思って」
あーハイハイそっちね。分かっていましたとも。でも、正直こっちの方が嬉しかった。だってこれでまだ空と繋がって居られるから。
「それは願っても無い事だけど、でもどうして気が変わったの?」
空はんーっと考えながら答えた。
「なんだろう。おばあちゃんに反抗して見たくなっちゃったんだ」
彼女はいたずらに微笑んだ。
「ん? どゆこと?」
さっぱり意味がわからない。僕と空のばあちゃんに何の関係があるんだろう。
「内緒!」
そう言うと彼女はプイッとそっぽを向いた。
「まあいっか!
それより何を手伝えばいいの?
俺は空みたいに強く無いし」
「そうだね。
まずは私の仕事から知ってもらうね」
そう言うと、彼女は立ち上がり手を前にかざし目を閉じた。すると一瞬にして刀が現れ、服装が変わった。
「うわっ何それ、早着替えかなにか?」
いきなり出てきたので、腰が抜けそうになった。
だって普通にあり得ないだろ。彼女の手は四次元ポケットにでもなっているのか?
しかも、サングラスはそのままなんだ。僕が目をパチクリしていると、彼女はどうだと言わんばかりに胸を張っている。
「へへっ……凄いでしょ!」
「すげぇ! どうなってんの?」
そう言うと彼女は自慢げに言った。
「この刀と着物はね霊を具現化したものなの!
見えなかったものを見えるようにした感じ!」
なるほど分からん。
取り敢えず不思議パワーで霊を実体化出来るということか。
そう言えばよく見ると、右前になっているから死装束ではないのか。
細部には薄ピンクの花が散りばめられて居てとても綺麗だった。
「ちなみに霊感がない人はこの刀と霊衣は見えないんだよ?
だからあっくんには霊感があるんだよ!」
ビシッと指をさされた。
「俺に霊感が?
ないない、今まで見たこともないもん」
僕がそう言うと彼女は不思議そうな顔をした。
「あっくんはいつも見てるよ?
しょっちゅう風景が蜃気楼みたいにゆらゆら見えない?」
そう言えば、持病だと思ってたが僕は視界が歪みふらつきやすい。
「あるね」
「三年前の花火の日に、あっくんが悪い霊を凝視してたから、私が視界に入って見るの辞めさせたんだよ?」
三年前の……?
「あーっ! あの時か!」
人がゆらゆらしてたのもあれは蜃気楼じゃなくて霊だったのか……それならしょっちゅう見ている。
「でも、幽霊って長い黒髪で死装束を着ていて女の人でみたいなイメージだったから」
それを聞いた彼女がいきなり笑い出した。
「あはははっ!! ごめんごめん。
あんまりにもベタだったからぁ」
僕は少しムッとした。
「それは有名なホラー映画の印象が強かったからだよ。
実際は裸の子供から作業着のおじさんまで様々だよ。逆にレアだよそんな人」
裸の子供!? 怖っ‼︎ そっちの方がやばい。
「でも確かにあれが霊だとしたら普通の人にしか見えないね」
「そうそう!
映画の見過ぎだよ。
幽霊、白いワンピース着がちだよね」
確かにそうだが、そう印象付けた映画を作った人も凄いなと思う。
「でもこんな仕事があるんだね!
悪霊は霊媒師とか神社やお寺が祓ってくれるもんだと思ってたよ」
「霊媒師さんが手に負えない人たちを私たちが担当してるんだよ。
祓う事が出来ないって事は、悪霊は悪鬼になって鬼神になるの。そうなったら何人が犠牲になるか分からない。そう言うものを消すのが私たちの、仕事」
そう言うと彼女は拳をギュッと握った。
消すか……
幽霊は消されるとあの世にも行けないのか。じゃあ亮は……いや、やめておこう。
「あっ! ちなみに殆どのお寺さんや神社はお祓いとか出来ないから!
駆け込んでも白い目で見られるよ!」
そういうと舌をペロッと出して戯けて見せた。
くそ、可愛いじゃねぇか。
「それ本当かよ。まじでショックだわ!!
霊に取り憑かれたら真っ先にお寺だと思ってたのに」
「それも映画の影響だね!
でも本当はお払い出来たら一番なんだけど、殆どの住職さんは霊能力なんて無いよ。
ちなみに私にもその力はないんだ。ただ消すのみだね」
彼女の声は少し悔しそうだった。
「でも、私の勝手な思いなんだけど。
消えた人たちも完全には存在は無くならないと思うんだ。だってほら、私たちまだ亮ちゃんとの記憶がのこってるでしょ?
生きている人たちが覚えているかぎり、その人は消えないんだよ」
そっか、そうだな。
僕は今朝の夢を思い出し、握った掌を見た。
亮は俺の中で生きている。そう思うと彼が救われたように思えた。
「そう言えばあっくん。気付いてる?」
空は微笑みながらこちらに目をやった。
「ん? 何のこと?」
「昨日の出来事から、あっくん自分の事『俺』って呼んでるんだよ?」
「あれ……そうだっけ?」
「うんそうだよ!
きっと亮ちゃんの意思があっくんに受け継がれたんだと思う」
胸が熱くなった。
亮は、僕と共に生きている。
「話が逸れたね。それじゃ私の仕事を説明するね。
目的は悪霊と化した人をこれ以上苦しめないために消してあげる事。そのためにはやらなくてはならない事があるの。」
「やらなくては行けない事?」
「うん。まず説明すると、悪霊を斬るためには心を斬らないとダメなの。勿論そのまま斬る事は出来るんだけど、それだと霊が苦痛を感じてしまうの。」
心を切るか。なんか切ないな。
「悪霊なんでしょ?
別に苦痛を感じてもいいんじゃないの?
悪い事してんだし。」
それを聞いた彼女は僕を睨む様に見た。
「やだ!
だってもとは悪い人じゃない霊もいるんだよ。
苦しんで亡くなって、亡くなってからも苦しんで、そして消える間際も苦しむなんて、悲し過ぎるよ」
彼女の目は本気だ。この顔の時の彼女は頑固なんだよなぁ。
「分かった。空がそう言うなら俺は従うよ。
で、俺は何をすればいいんだ?」
「ごめん取り乱しちゃって。
あっくんには私を、うーん……そうだね、じゃあ……えと……全面的にサポートして欲しいの」
じゃあって何だ。何か無理に僕の役割を捻り出してません?
新入社員にやらせる仕事が無くて、無理やり仕事を捻り出した上司みたい。
「なんか、フワッとしてるよねそれ!?」
彼女の目が泳いでいる。
あわあわして何か可愛い。
「え、えと……いいのっ!!
霊感がある人珍しいから、何かの役に立つかもしれないし。……その……うん。そうだ!
秘密兵器だよ!」
秘密兵器ッ!!!?
いい響きだ。騙されてる感があるが興奮するぜ。
「いいよね? あっくん?」
彼女が目を潤ませ見上げてくる。
うっ……。卑怯だ、女神かよ。
彼女は昔からどうしても譲れない事はこうやって頼んでくる。僕が断れないのを知っているから。
だが、本当に僕に出来るのか?
ただの大学生である僕が?
わかっている。だってもう答えは出て居たから。
「分かったよ。じゃあこれから宜しくね」
それを聞くと彼女はサングラス越しでも分かるくらいの笑顔になった。
「あっくん!」
そう言うと彼女は僕に抱きついた。
ああ、時間よ止まれ。永遠に動くなとさえ思った。生きてるとは何と素晴らしき事なのだろう。僕は神に深く厚く心より感謝した。
僕は夢のような時間を楽しんでいた。抱きつかれている部分に全神経を集中させ幸福の絶頂へと至った。
視界がぼやけ鈍い痛みが広がっていく。呼吸が出来なくなるくらいに空の事が好きなんだなって思っていた。
だが実際は、抱きつかれた時に刀の柄頭が僕の脇腹に痛恨の一撃を加えていた。
ああ、時が見える。
意味のわからん事を言って僕は倒れた。彼女が慌てているのが見える。改めて自分がいかに弱い存在かを理解した。
しばらく蹲って悶え苦しんだ後、僕はのそっと起き上がった。
みっともない姿を見せてしまい。恥ずかしさと情けさのあまり心を無にしている。
「空。俺、体鍛えるね」
「う、うん」
引いている……くそぅ。なんたる失態。
「空、サングラスを貸してくれないか?」
「う、うん。はい」
そう言うと僕にそっとサングラスを掛けてくれた。
ああ、これで何もかも見なくて済む。占いって当たるんだね。僕はこれからは占いを全力で信じることに決めた。
「ごめんね。私が気をつけていれば……」
本当に申し訳なさそうだ。
「いいよ……大丈夫だから。
気にしないで、寧ろラッキーだったから」
僕は精一杯強がった。だが、漢として悔いはない。
「え、ラッキーって……?」
空の顔はみるみる赤くなり、今にも湯気が吹き上がりそうになった。
「……変態‼︎」
うほぅ! 目覚めそうだぜぇ。
だがこれは確実に引かれている。嬉しさと悲しさが入り混じった複雑な顔をサングラスで隠し、僕は改めてサングラスの実用性に感動した。
「ま、まぁそうゆうことだから!
細かい事とかはまた追々教えるね!」
「おう!」
それを聞くと空は無邪気に笑った。
久しぶりに見た空の心からの笑顔に心を射抜かれる。ああ、この子の為に僕は生きたい。そう強く思った。
親父、僕やりたい事が見つかったかも知れない。これから始まる出来事は僕にとって何物にも変えがたい経験になると思う。
僕はある決意を胸に空と別れ帰路についた。