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滅霊の空を想う  作者: 水鬼
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本音

 亮の顔や体が足元から次々と裂けていく。傷口からは血が吹き出し、その度に亮は悲痛な呻き声をあげる。

 さっきの異音は痛みを堪える亮の歯がきしむ音だった。


「ううっ、いでぇぇぇえ

 やめっやめて痛い痛い痛いやめてくれぇえええええ……おかん、親父、アキ、空、だずげでぇぇええええ」


 亮はその場に倒れ込み悶え苦しんでいる。足、腰、腹、胸、どんどんと傷が顔に向かって増えている。そして喉に裂けた時、血が吹き上がり、ピューピューと言う音がなった。


 それは喉から息が抜ける音だった。


 あまりに凄惨な光景に恐怖で足がすくんだ。まるで地面に足を縫い付けられたかのように動かない。


「あっくん! 離れて!」


 そう聞こえた瞬間、僕の体は後方へ飛ばされていた。空に僕を背後へ突き飛ばしたようだ。あのか細い腕の何処にそんな力が?

 彼女は亮を見据え、姿勢を低くし刀に手をかけ僕に言った。


「今から亮ちゃんが発する言葉は、本当の言葉だからよく聞いて」


そう言うとさらに姿勢を低くしふぅーっと息を吐いた。


「本当のって?

 意味わかんないよ!

 なんなんだよお前ら!」


 全くわからない。目まぐるしく変化する状況に思考がついていかない。そして遂に傷が顔に達した時、僕は気付いた。


 夢で会った……あの白い空間にいた亮と同じだと。


 それは身体中至るところから血が溢れて、腕がもげ掛けぶらぶらしていた。口が裂け、目がパックリと割れて飛び出していた。


「なんなんだよ。おい……」


 動揺して腰が抜けた僕は、ただ震える事しかできなかった。


「亮ちゃんは、死を再現してるの。

 自分が死んだ状況を繰り返してる。辛かったよね。今、開放してあげる」


 そう言うと刀の柄に優しく触れる。


「しまった!」


 空がそう叫んだ瞬間、目の前に傷だらけの顔が浮かび上がった。僕に覆いかぶさり叫んだ。


「なんで、俺が死ななきゃなんねえんだ!

 お前が代わりに死ねよ!

 俺は空と付き合いたかった。お前なんかに渡したくはない。お前が妬ましい羨ましい鬱陶しい。

 代わりに死ねよぉおおおおおお」



「あっ……あああああああ」


 僕は気が狂いそうになった。

 血が顔にかかり口の中に入る。血の味が広がり激しい吐き気を催した。

 そいつが叫ぶたびに血飛沫が飛び、垂れた目玉が頬に当たる。


「あの女が憎い! 憎い憎い憎い憎い!

 ヒーローなんか糞食らえだ。

 殺してやるううあああああ!」


 ダメだ、恐怖と罪悪感で吐きそうだ。


 その瞬間、空気が変わるのを感じた。恐怖は消え、気を抜いたら意識を持ってかれる程あたりがピリついた。


 キンっと音が鳴り。

 亮だったものの首が飛んだ。


 顔に大量の血がかかり、息ができない。僕はパニックになり血を振り払おうと悶えた。


 その時だった……


「ありがとう空、ありがとうアキ……」


 そう聞こえた瞬間暖かいものが弾け、消えた感じがした。恐る恐る目を開けると、血も亮だったものも消えていた。

 その時、光の様なものが浮かんでいた。僕は無意識にそれを掴んだ。

 だが手を開くとそれは無くなっていた。


 はぁはぁ、まだ、心臓がバクバク鼓動している。


 嬉しさ、悲しさ、怒り、哀れみ、色々な感情をこの短期間で味わって理解が追いつかない。空は刀を納め、近づいてきた。


「ちょっと落ち着いたら、話すね」


 そう言うと情けない姿で呆けている僕の隣に腰を下ろした。




 雨が、いつの間にか上がっていた。分厚い雲からは月がのぞき、僕たちを照らした。


「…………」


「…………」


 長い沈黙。

 俺と空は濡れるのも構わずあの日と同じように寝転がり、夜空を見上げていた。違うのは、亮がいない事だけだ。すると空が起き上がり、大きな瞳で僕を見つめ話し始めた。


「何から話したらいいかな?

 難しいね」


 そう言うと空は頭を摩りながら苦笑いした。空は困ったり悩んだりすると自分で頭を撫でる。


「じゃあ、順番に聞いていい?」


 聞きたいことが沢山あった。ありすぎて、逆に分からなかった。


「うん。今回は逃げないよ」


 今回は、か。やっぱり僕は避けられてたみたいだ。


「なんで亮はここにいたの?

 葬式も墓参りも亮の親がちゃんとしてたから成仏してるもんだと思ってたよ」


 それを聞くと、空は苦しげな顔をした。


「未練がある人は、成仏できないんだよ。

 ずっと現世を彷徨い続ける。死んだ時の痛みもずっと消えない。そして段々と怨みが積み重なるの」


 空は悔しそうに唇を噛み締めた。


「え? じゃあ亮はこの三年間ずっと苦しみ続けてたってことなの?」


「うん。ずっと……」


僕は絶句した。


 人は死んだらどうあれあの世と呼ばれる所に行き、また転生するものだと思っていたから。

 だが、それは違った。未練を残した人たちは、あの世へ行く権利すら無いようだ。

 それは救いのない、とても悲しい事だと思う。僕は心を落ち着かせ聞いた。


「じゃあ亮はやっと天国に行けたんだね。

 よかった。空はお祓いみたいなことをしてたんだね」


 そう言って彼女を見ると、拳をギュッと握りながら目に涙を浮かべていた。


「天国には……いけないの」


「え?」


「苦しんで死んだ人は、怨みや痛みに耐え切れなくり、他人を巻き込もうとするの。

 事故に見せかけたり、不幸に陥れて自死させたり。一度でも現世の人たちに手を出した人たちは、もう天国にも地獄にもいけないの」


 そう言うと一粒の大きな涙が溢れた。


「え? でも、亮は大丈夫だよな?

 あいつは自分がどんなに辛くても他人に危害を加えるように奴じゃないのは空も知ってるだろ?」


「分かってるよ! そんな事!

 でもね……どんなに聖人でも理不尽な苦痛を味合わせ続けられたらダメになっちゃうんだよ!」


 空は大声で叫んだ。

 あまりの剣幕に僕は目を見開いた。


「……亮ちゃんもう人を……私のせいなの!

 あの時きちんと逝かせてあげられたら。

 ううっ……ひぐっ……うわあああん」


 彼女は一目もはばからず大声で泣いた。顔をくしゃくしゃにしながら。


「あの時?

 そうか、三年前のあの夜の事か」


 僕はやっとわかった。

 あの夜、血だらけだった彼女は亮を助けようとしていたんだ。だがどうやら失敗して深傷を負ってた。

 あの時僕が気付いて、彼女を、そして亮に手を差し伸べていれば変わっていたのかもしれない。

 悔しい。自分の鈍感さや力の無さに嫌気が差す。


「あの時私は……ひぐっ…まだ未熟で。

 亮ちゃんを……うぐっ、助けてあげられなかったんだ」


 その場にへたり込み、彼女はうなだれた。

 僕はそっと彼女の頭を撫でた。すると彼女は僕の胸に飛び込み、また大声で泣いた。


 僕も少し泣いた。




 どれくらい経っただろうか。気づけばずっと彼女を抱きしめていた。彼女が落ち着きを取り戻し、僕からごめんと言ってサッと離れた。

 さっきは無意識だったが、今は自分がやった事がとても恥ずかしくなり顔が赤らむのを感じた。


「こっちこそごめん!」


 やばい!空の顔が見れない。


 そしてまた沈黙が流れた。空も僕のことを意識したりしてくれているのかな。


 すると、


「よしっしゃ」

 

 空は気合を入れて立ち上がった。


「取り乱してごめんね。

 もう私、泣かないから」


 そう言うと両拳を握りふんっと気合を入れた。


「亮ちゃんが消える前に酷いこと言ってたよね。

 あれも、亮ちゃんの本心なんだ」


 そうだったのか……亮が僕に対してそんなことを……。

 正直ショックだった。そんな素振りを一度も見せなかったから。僕があからさまに落ち込んでいるのを見て彼女は慌てて繕った。


「で、でもね! 最初に話していた亮ちゃんも本心だと思うよ。

 亮はちゃん私にずっと言ってたもん。あいつは自慢の親友だって」


 そっか、あいつがそんなことを。それを聞いて少し胸がじんとした。


「人はね、悪霊化すると自我を保てなくなって嘘を付けなくなるの。

 そして、表に出さないようにしていた悪い感情が表に現れるの。

 今までの人たちもそうだった。誰の胸にもあるんだよ。もちろん私にも」


 そう言うと、彼女はまた僕の目を見つめてた。


「でも! 亮ちゃんを嫌いにならないで!

 いい事も悪い事も本心だからちゃんと受け止めてあげて、お願い」


 そしてギュッと両手で僕の手を握った。やばい、鼓動が暴れまくってる。


「う、うん!

 それは分かってるよ。

 亮は今でも俺の親友だ」


 そう言うと彼女は手を離し、胸を撫で下ろした。ちょっと残念だった。

 僕にも安心感が戻ってきたせいか、彼女の格好が気になり出した。


「そう言えば、その格好は家業に関係あるの?」


 そう言うと彼女は自分の姿を見て、衣装が乱れていたことに気づき、慌てて胸元をシュッと直した。そして髪を整え顔を赤らめた。


 おいおい、女神かよ。


 そう思ったが口に出さなかった。


「こ、これね! そうだよ!

 制服みたいなものだね!」


 そう言うと腰に手を当てえっへんと胸を張った。


「そうなんだ。

 何の家業か聞いてもいい?」


「うん。長くなるけどいい?」


「大丈夫だよ。」


 彼女は家業のことを話してくれた。

 長かったので簡単に言うと。



 天木 空。

 ほんとの苗字は「天鬼」だそうだ。



 彼女の一族は悪霊を狩る仕事を担っているらしい。

 代々女の子を養子として迎え、その子に家業を継がせていたらしい。なので一族に血の繋がりはない。

 なぜか、女の子しか出来ない仕事らしい。そこはよく分からない。聞いてみたが言いたく無いと言われた。

 だが、空のお母さんは養子を取らず普通に男と恋愛して空を産んだらしい。

 それに激怒した祖母は彼女の母親から継承権を剥奪し、勘当したらしい。

 仕方なく現役を続けていた祖母だが、怪我を負い動けなくなった為、その子供の空に目をつけたらしい。


 話終えると、夜空が少し白んで来た。どうやらもうすぐ夜が明けるようだ。木の葉についた滴がきらりと光った。


 空は大きく伸びをした。


「んんーーーーはぁー。

 疲れたね。

 言いたい事も言ったし、そろそろ帰ろっか」


 そう言うと笑顔で僕を見た。

 このまま帰って良いのだろうか。ここで別れたら、僕たちはもう会えない気がした。


「ねぇ! 俺も手伝えないか?その仕事?」


「え?」


 彼女は驚いたらしく。目をパチパチさせていた。


「だ、ダメだよ! 危ないんだよ!

 今日は運が良かっただけ。

 いつ死ぬか分からないんだよ?」


 彼女は表情は必死だ。何一つ嘘は言ってない。今日だって僕は何度も死を覚悟した。


「でもそれは、空にも言える事だろ?」


「それは……」


 空は言葉に詰まった。僕は決意した。今ここで言わなきゃ絶対後悔する。


「俺は空が好きだ! 昔からずっと!

 だがら空にも死んで欲しく無い!

 俺が! 空を守りたい!」


 空の顔が赤くなっていくのを感じる。

 それは夜明けの太陽のせいなのかはわからないが、凄くおどおどと動揺しているように見える。


「好き? え、え?

 あの、私……ごめんなさいっ‼︎‼︎」


 そう言うと彼女は脱兎の如く走り去っていった。残された僕は、暫く呆然としたが、自分言った臭い言葉を思い出して悶絶した。


 俺、また振られたのか!?


 臭い台詞で振られる。黒歴史入り確実の羞恥プレイを全身に浴びて、僕は膝から崩れ落ちた。

 握っていた墓参り用の花が、頭から千切れボトッと地面に落下した。

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