懐かしい記憶
懐かしい匂い。見るもの全てが懐かしい。
あれから三年経った。僕は毎年一度しか家に帰らなかった。なんと言っても大学生活を謳歌しているからである。
……嘘です。すみません。
学校生活はそこそこ充実していたが、学校とバイトの往復で何もなしえないまま時間が過ぎている。
友達もそこそこ出来たが、学校で話す程度だった。女友達もいるが付き合ったりは未だになかった。大学生になってもまだ、心の壁を取り払えないでいた。
結局やりたい事もまだ見つかっていない。
そもそも大学と言うのは、やりたい事を探すのではなく学ぶために行くところだと改めて感じた。
僕みたいな奴は沢山いるが、大多数が卒業できれば良いやと思っている。そしてなんとなく就職してやりたくもない仕事に就く。
僕も恐らくはそうなるだろう。親父、ごめんな。約束守れそうにないや。
そして今日はなんと言っても年に一回の帰省の日である。正月にも帰らない僕がこの日だけは必ず帰る事を決めていた。
それは、亮の命日があるから。
僕が亮のお墓に行くのは夜にと決めている。理由は、空に会いたくなかったからだ。そしてあの時の涙が忘れられないからだ。何より、まだ好きだったから。
僕は夜まで時間を潰すため、一度実家に寄った。僕の顔を見るなり両親は満面の笑みで迎えてくれる。
そして必ず一言、
「あんたもっと顔見せに帰りなさい」
と言われ母さんに言われる。そして親父からは熱いハグを開口一番で浴びせられる。しばらく両親と近況報告をしあい、他愛のない話をした。
「百合子ねぇー
また彼氏と別れたんだって。あの子気が強いからね。相手が傷ついて逃げちゃうんだって」
母さんは、はぁーっと特大のため息を吐いた。すると親父が言った。
「あいつは俺みたいな男でないと無理だ。
俺のように武将の誇りと熱い魂を持った真の男でないとな」
母さんは無視した。
真の漢というのは嫁にこんな扱いをされるのか。なら僕は一般男性でいい。そして僕は菩薩のような心で言った。
「そっか」
姉貴は今、大学を卒業し家から出て看護師をしている。面倒見がいい彼女にはぴったりの仕事だと思う。
だが彼氏は出来るがすぐに別れるのループに陥っていた。あいつにあう男なんてなじられて悦ぶ変態ドMしかいないだろ。そう思ったが敢えて言わなかった。
「お前大学はどうなんだ?
やりたい事は見つかったのか?」
親父はそう言うとタバコに火をつけた。母さんが煙たそうに手をぱたぱたさせている。
「ごめん。まだなんだ」
それを聞くと親父は、
「そうなのか。
まあ仕方ない」
そう言うとタバコを一吸いし灰皿に突っ込んだ。気まづい沈黙が流れた。すると母さんが気を利かせて、
「あーそうだ。
あんた空ちゃんとはちゃんと連絡取ってる?」
と聞いてきた。
「いや、取ってないよ」
それを聞いた母さんは呆れたような顔になり、
「昔は毎日のように遊んでたのに今は疎遠なの?
あんたしっかりしなさいよ」
そう言うと母さんはまたため息をついた。
「うっさいなーほっといてよ。
それより何でそんな事聞くんだ?」
僕はムスッとし言った。
「それがね。
空ちゃんニ年前に家を出たらしいの。ご両親に聞いても分からないって言うし、そんな事あるって思わない?
最近顔も見ないし凄く心配してたから、あんたに聞いてみたんだけど、期待外れだったわ」
またまたため息をつかれた。空、今地元にいないのか。おばあちゃんの家業を継ぐと言っていたからそこに修行にいってるのかな。
にしても両親が知らないってそんな事あるのか?
まあもう僕には関係ない事だが。
「期待外れで悪かったな。
もう昔の俺らじゃないんだよ」
僕はわざと小声で言った。
「ん? 何か言った?」
「なんでもないよ!
それよりもう行くね!
すぐ帰ってくるから」
これ以上傷口を触られたら辛さが蘇る。僕のヘタレな記憶と共に。それだけは何としても阻止しなければならない。僕は逃げるように立ち上がり、いそいそと玄関に向かった。すると、母さんがリビングからひょこっと顔を出した。
「輝!傘持って行きなさいね?」
そう言って微笑み、顔を引っ込めた。外からザーッと言う音が聞こえる。結構降ってるな。
あの日から毎年決まってこの日は雨だった。僕は傘を掴んで家を後にした。
家を早く出過ぎたみたいだ。外が暗く見えたのは雨が降っていたからだった。しまったなぁと思いながらも僕は墓地へ向かった。飛び出して来た手前、家には帰れない。道中、お供えをする花を買った。
しばらく久々に見る街並みや風景を懐かしみながら歩いていた。思い出すのは楽しかった三人の思い出ばかりで、胸が締め付けられた。
そんな事を考えていたからか、いつ間にか墓地へ行く道を外れていた。ここは、僕らが花火を見るために毎年歩いていた道だった。どうやら無意識に慣れた道を歩いていたらしい。
引き返そうとしたが、不意に何が動いた様な気がする。そこは僕らの花火を見るスポットへ行くための山道の方だった。
なんだろう。
そう思ったが、中々足が出なかった。
雨のせいであたりはもう薄暗く、一人で行くには中々に勇気がいるからである。だが行かなくてはいけない気がした。しかし、怖い。山道の入り口は一層暗く見えた。
しばらく悩んだ末、僕は頬をパンッと叩いて気合を入れ、行ってみることにした。
入ってみると足元がやっと見えるくらいに暗く、雨のせいでぬかるみ歩きづい。俺よくこんなとこ来てたな。
小さい子は怖いもの知らずだからか、もしくは三人一緒だったからなんだろうか。
しばらく進むと辺りが開けてくる。すると、山頂に人がいるのが見えた。
しかも二人、男と……女?
カップルかなと思ったがこんな雨の夜にこんなと所にいるなんて不自然だ。
しかし、何故だろう不思議と恐怖を感じなかった。僕は無意識に二人に近づいていた。
パキッ
その音が鳴った瞬間、女の方がパッと振り向いた。しかし辺りが暗く、顔が見えない。男の子もこちらを向いた。
僕は、自分の呼吸が荒くなるのを感じた。男の体全体が薄く光っている。そして顔がはっきりと認識できた。脳が痺れ、現実を受け入れられない。
それは、あの頃の亮だった。
呆気に取られている僕に女の方が駆け寄って来た。
「あっくん!」
そう呼ばれ、我に帰る。
僕はこの声を知っている。あっくんと呼ぶのは1人しかいない。
「空、なのか?」
三年前より髪が伸び、少し大人びた彼女がそこに居た。白い肌にピンクの唇が映える。白い着物に刀を携え、凛とした姿でそこに立っていた。
着物か……それとも死装束なのか?
「来ると思ったよ」
そう言うと彼女は微笑んだ。その笑顔はとても悲しみを帯びていた。
「空、何で……てかあれは……?」
理解が追いつかない。上手く言葉が出てこずもどかしい。それを察したのか空が口を開いた。
「あの子は亮ちゃんだよ」
やっぱり亮なのか。驚きのあまり言葉が出なかった。
そして、彼女は真剣な顔になり話続けた。
「色々言いたいこと、あると思う。理由は後から説明するから。今は、亮ちゃんと話してあげて。これが最期になるから」
そう言うと空は僕の手を引き、亮の前にたたせた。
心臓がバクバクする。
背中に冷たい汗が伝った。
そんな僕を見兼ねたのか、亮から話し始めた。
「よう! アキ!
元気だった?」
懐かしいその声に、心が震えた。そして、頬に大粒の涙が溢れ出した。それを見た亮は無邪気に笑った。
「おいおい泣くなよ!
折角また会えたのにしけたツラしてんじゃねぇよ」
「だ、だって、
俺は……ずっと……謝りたかったんだ。
お前に……ずっと」
涙が止まらない。
嗚咽で自分が何を言ってるのかわからない。それを見ていた空が、亮に急かす様に目配せをした。亮は、わかったわかったと言うと僕に目を向け話し始めた。
「空に最期の別れをしろって言われたからお前には黙って聞いてほしい」
え? 最期?
どう言うこと?
戸惑う僕をよそ目に彼は話し始めた。
「実は俺もお前に謝らなきゃいけない事があんだ。
俺、お前より先に空に告ってたんだ。まっ、振られたんだけど。
だけど俺は、空と同じぐらいお前が大切だったし大好きだった。
だから、他の誰かに取られるならって。お前の告白を急かしたんだ。ごめんな」
申し訳なさそうに彼は言った。
「んで、俺が一番言っておきたいことは。俺と友達でいてくれた事に感謝している。お前のお陰で俺は何事も諦めずに頑張れたんだ」
彼は笑った。
違うよ亮、俺がお前に支えられていたんだ。お前が居なければ、僕はもう生きる事を諦めてたかもしれない。
「空にはさっきも言ったが、ずっとオレの心に寄り添ってくれてありがとな。
て言うか、小さい頃からずっと一緒だったよなァ。
何をするにも三人一緒で……ああ……本当に楽しかったなぁ」
そう言うと亮は空を見上げた。
「ここで花火を見たよな。
三人一緒に、色んなこと、話したよな」
言葉が詰まっている。涙を堪えているようだ。
「ああ……!話したな。
楽しかったよな」
僕がそう言うと、亮はニコッと笑った。
「楽しかった。
うん、俺にとって掛け替えの無い思い出だ。俺は死んじまったけど、後悔はしていない。だって俺はヒーローになれたんだ。
空から聞いたよ。男の命を守ったって。女の方じゃなかったのは残念だったが、小さい頃の夢を叶えて死ねたんだ。後悔はないぜっ!」
亮は昔から、戦隊モノや特撮が大好きで、いつも僕が怪獣やら悪役をやらされていた。
彼いつも口癖のように、
「俺はヒーローになる」
と言っていた。
「また、居なくなるのか?」
それを聞くと亮は、目を瞑りまた上を見上げ、しばらく沈黙した。
「…………ああ」
声が震えている。
「俺は、この世にはいてはいけない。
もう、死んでるんだから」
そう言うと彼は苦笑いを隠すかのように俯いた。
「おいやめろよ! ふざけんな!
やっと会えたのに!まだまだ話したいことあんだよ!
勝手に……勝手に消えるなんて許さねぇぞ!!」
僕は彼に詰め寄り胸ぐらを掴もうとした。
しかし、僕の手は虚しく空を切り、その拍子に前に倒れた。
「え?」
困惑しているに彼は背中を向けたまま言った。
「触れるわけないじゃん。
俺、幽霊なんだぜ?」
彼の肩は、小刻みに揺れるていた。
ああ、やっぱそうなのかと思い、僕はその場に突っ伏した。
蘇る懐かしい記憶が僕を締め上げ、涙として放出されれ止まらない。それほど僕らの思い出は何事にも変えられないと言うことだ。
僕は声を潜めて泣いた。親友と好きな子に泣き顔を見られたくなかったんだ。
グギギギギッ
奇妙な異音が耳を着いた。
僕は思わず耳を塞ぎ、勢いよく頭をあげ、音の主へと目をやった。
異音の正体は亮はだった。
頭を抱えて苦しんでいる。
僕は思わず立ち上がり、
「亮‼︎」
と叫んだ。
するとそれはこちらを振り向いた。