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滅霊の空を想う  作者: 水鬼
プロローグ
1/84

三人の日々

「アキ! 早くこいよ!」


「あっくん早くー」


 遠くで聞き慣れた声がする。

 カランカランと下駄の音や、笛の音が遠くから響いてくる。

 空はオレンジ色に染まりつつあるのにセミの声はまだ収まりそうにない。

 遠くに見える人たちは蜃気楼でゆらゆらして見える。

 それを眺めていると気持ち悪くなってくる。


「うっ、なんだこれ…」


 クラクラする頭を必死に振り払い顔を上げると、見知った顔が近くにあった。


「うわっ! びっくりしたー」


 目の前に大きな顔が見え、心臓が飛び出そうになった。

 そして風でフワッと長い髪がなびき、僕の頬に当たった。


「びっくりしたじゃないよ!

何回呼んだと思ってんの?」


 彼女は大きな瞳で顔を覗き込み、むすっとした表情を浮かべている。


「ち、ちけーよ! ばーか」


 驚きと照れ隠しで声が裏返った。


「うける、なんだよその反応」


 驚く僕を見て、彼女の後ろでもう一人の声の主が腹を抱えて笑っている。


「あー久々笑ったわー」


 彼は涙を拭きながら近寄ってきた。


「うっさいなー

ちょっとボーッとしてただけだって」


 僕はさっきの不快感を振り払うように言った。

 ひとしきり笑った彼はいきなりハッとし、駆け寄ってきた。


「てか花火大会!

 早くしないと始まっちまうぞ」


「そうだよ!

 早く早く!」


 二人は片方ずつ僕の腕を掴んで走り出した。

 鳴り響くお囃子と人混みをかき分けながら3人で走った最後の夏。

 来年にはもうそれぞれの道を歩む僕らは、一分一秒を確かめるように瞬間を楽しんでいた。

 しばらく走ると花火大会へ向かう人混みから逸れて、山の中へ入っていった。

 またしばらく歩くと頂上へ続く階段があり、少しひらけた場所にいける。

 そこが僕らが毎年花火を見ている秘密のスポットである。


「はぁはぁ……

 間に合ったー」


 山頂についた瞬間。

 ぱんっと空に大きな花火が上がった。


「わっ!

 きれいーー」


 彼女はぴょんぴょんと飛び跳ねながら、目をまん丸に見開き嬉しそうに花火を見つめていた。


「綺麗だ……」


 思わず口に出してしまった。

 花火の光に照らされて、瞳がキラキラ輝く彼女から目が離せなかった。


「何のことかなー?」


 隣からニヤニヤしながら耳元でささやかれた。


「なっななな、何がだよ!?」


 聞かれてた。動揺を隠せず狼狽えてしまった。


「隠すなよーー

 うりうりうりうりー」


 坊主頭をドリルのように回転させジョリジョリしてくる。

 彼の必殺技である。


「やめろって!

 痛い痛い痛い痛いー」


 それを見て涙を流しながら彼女は笑っていた。

 いつもの日常だけど、彼女が笑うと自然と笑みが溢れてくる。



 ぱんっ



 一際大きな花火が空に鳴り響き、

人々がまばらに散り始めた。

 元々僕らしかいないここは、先程とは打って変わり静かになり、ひぐらしの声が響く。


「はぁー終わっちまったなー」


 僕らは惜しむかのようにように、暗くなった夜空を見上げていた。


「アキと空は卒業したらどうすんの?」


 彼は静けさを打ち消すように尋ねてきた。


「んあーー

 わかんねぇ!

 僕はとりあえず親が大学は出とかねぇとって言うから、適当に大学に行くかなー」


「その後はそーだなー

 適当に就職して家建てて、普通の人が普通にする平凡な毎日を送るんだろなー」


 自分で言ってて悲しくなった。

 結局はレールに外れないように生きれば、

滅多なことは起こらない。

 つまらない人生だが、大多数がそうだろう。

 しかもほとんどの人がそれを幸せであり当たり前だと思っている。

 もちろんご多分に漏れず僕もそうである。

 僕はゴロンと寝転がり夜空を見上げた。


「それが一番だよ……」


 彼女はぼそっと呟くように言った。

 そして、俺の隣にゴロンと横になった。


「私は家業をつぐの!

 だからここに残るよ」


 そう言いながら彼女は僕の方を見据えてそう言った。


 かわいい。


 一瞬見惚れて我に帰る。


「亮はどうなんだよ?」


 僕は照れ隠しついでに彼に尋ねた。


「俺?

 俺は地元の工場にもう内定貰ってるから!

 めちゃめちゃ出世しまくってやるぜっ!

 んで! ゆくゆくは工場を俺の手中に収める‼︎


そして毎日豪遊してくらすのだ!」


 彼は立ち上がり拳を突き上げ高らかに宣言した。

 僕の偏見だが、社長が豪遊してる会社にろくなところはない。

 間違いなく彼の代で工場をたたむことになるだろう。


「で、何作ってる工場なの?」


 彼女は起き上がり、見上げながら尋ねた。


「ん? 多分スマホの中のなんかの部品!」


 おいおい、会社の未来どころか昇進まで危うくなってきた。


「はぁ? 内定もらってんだろ?

 作ってる製品ぐらいわかるだろ?」


 僕も起き上がり彼の足を小突いた。

 いつも通りこいつは馬鹿だ。


「わかるだろ?

 採用の仕方にも色々あるのさーー

 はーっははは」


 んーー馬鹿だ。

 だが憎めない。こいつは昔からの付き合いだが何度も助けられた。

 人の為に一生懸命になれる。

 僕がいじめられていた時も空と共に味方をしてくれた1人だ。

 文字通り体を張って一緒立ち向かってくれた。自分がなんの得にもならないのに。

 そう言う奴は滅多にいない。僕の少ない親友の一人だ。


「そういや空、家業なんてあったか?

 親父さんもリーマンだしお袋さんもパートだろ?」


 確かに言われてみればそうだ、彼女の家はごく一般的な核家族のはず。

 昔よく僕の家や亮の家で一緒に晩ご飯を食べてお泊まり会をしていた。

 だが一度も家業をやってるなんて聞いたことがない。


「あー言ってなかったよね

 お母さんのおばあちゃんが家業をやってて、もう歳だから引退するんだ。


 本来もっと早く辞めてるはずだったんだけど、お母さんが継ぐのを拒んで勘当されたから仕方なく現役続けてたんだけど、ちょっと無理がたたって倒れちゃって…


 それで白羽の矢がたったのが私? みたいな」


 彼女は頭掻きながら困り顔で答えた。


「別に無理につがなくていんじゃない?

 空には空の人生があるだろ?」


 僕は少しムッとして言った。だっておかしいと思ったんだ。

 お母さんを勘当しといてその娘に家業を強制するなんておかしいだろ。

 それを聞いた彼女の表情は曇り、ばっと立ち上がった。


「簡単に言わないで!」


 彼女は叫んだ。その声は震えていた。


「ごめん……」


 僕と亮は思わず謝ってしまった。

 それを見た彼女はハッとし、


「ご、ごめんごめん!

 そんなつもりじゃなかったの!

 継ぐことが嫌だとかそんなんじゃないの!

 だから気にしないで!」


 慌てながらもおどけて彼女は言った。

 こんなに長く一緒にいるのにまだ知らないことがあったなんて。

 どんなに親しい仲でも言えないこともあるのかもしれない。


「そっか、ならいんだけど」


 僕は納得して無かった。

 でもそう言うしか無かった。

 だって、嫌われたく無かったから。


「じゃあほんとに俺たち今年で最後なんだなー

 一緒すごせるの」


 亮は仕切り直すように口を開いた。

 そしてニヤニヤしながらこっちを向き、


「まっ、居なくなるのはお前だけだけど」


 と言った。

 亮はとても空気読める。

 彼がいるだけで周りが明るくなる。


「お前と会えなくて静かでいいわ」


「あーひっでぇ!

 あの夜あんなに愛し合った中なのにっっ!

 あれは遊びだったのね!」


 ただの家に泊めただけでなんたるいい草。親友ながらきもい。


「えーなにー?

 私に内緒でなにしたのかなー?」


 ワクワクしながら目を輝かせて聞いてくる。

 ホモが嫌いな女はいないってほんとなのかな?


「なんもしてねぇーよ!

 まじできもいからやめろっ!」


「ひどいっあんなに熱い夜だったのにー」


 亮は大袈裟に泣き真似をしてチラッとこちらを確認してくる。

 それを見て空が笑い、つられて二人が笑う。

 いつもこんな感じでミニコントが終わる。

 オチもなにも無いけど、このくだらない会話が僕たちにとってとても大切だった。




 行きと違い随分涼しくなった。

 田んぼ道で街灯がポツポツある程度で、車もほとんど通らない。

 そんな道を三人でたわいも無い話をしながら帰っていた。

 するといきなりあっと声を上げ亮が立ち止まった。


「ごめん俺買い物頼まれてたんだ!

 俺ここでお別れだわー」


 彼はテヘッと言うクサイ芝居をして僕に目配せをしてくる。

 二人きりにしたいんだろうが、空も薄々気付いてるようで笑いを堪えている。


「じゃあアキ!

 ちゃんと空を家におくってやれよ!

 じゃあなー」


 そう言うと手を振りながら踵を返し走って行った。


「……行っちゃったね」


 空は下を向きながら言った。

 表情が見えないが空も少し緊張してるみたいだった。


「あっああ。

 行っちゃったね」


「…………」


 少しの間沈黙が流れた。

 昔からずっと一緒で兄弟みたいに育った俺たち3人だが、俺が空を意識し始めたのは何時ごろだうか。

 きっと亮も空のことが好きなのだろう。

 薄々気付いていたが、亮は僕に応援すると言い自分の気持ちを押し込めて僕に譲ってくれた。

 その気持ちを無駄にしたく無い。

 だから今日、花火終わりに告白する決意をしていた。

 もちろん亮がここで帰ることも打ち合わせしていた。

 よしっと小さく気合を入れて口を開こうとした瞬間、彼女が先に口に開いた。


「ごめん、私も用事があったんだ!

 だからここでお別れだー

 今日はありがとう!

 また三人遊ぼうね」


 そう言って彼女笑顔で手を振りながら、カランカランと鳴らしながら夜の闇に消えて行った。


「あっ…うん…

 また…ね」


 また静けさが訪れた。

 心臓がドクンドクンとなっている。

 これって、振られたってことだよな。

 僕は現実を受け入れるようにポツンとつぶやいた。

 察しのいい彼女は俺の気持ちは気づいていた筈だ。そしてこの後なにが起こるかも。

 でも、告白すらさせてもらえなかった。


 はぁーーーーっ「三人で」かぁ、


 頬を撫でる風が冷たく感じた。

 でも、これでよかったのかも。

 僕は大きなため息をついて1人帰路についた。

 明日親友にする言い訳を考えながら。

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