四月十六日 インターホン
四月十六日
今日はみおの家にお邪魔してきた。去年のゴールデンウィークに行った以来。だから、みおの家までの道忘れちゃった。そのことを昨日連絡したら、みおが迎えに来てくれた。ありがとー。
学校じゃ制服だからかな。私服のみおはすごくかわいくて、新鮮。あたしの私服は...もう少しみおを見習ったほうがいいかな。もっと大人っぽい服買おう。でも、あたしの今のお小遣いじゃ、なかなか、ね...。
久しぶりのみおの家。一軒家うらやましいな。庭があって、お隣さんとは離れてていいなぁ。マンションだと、いつもお隣さんを気にしないといけないから、時々嫌になっちゃう。でも、それを言うと、「うちが田舎って言いたいの?」なんてみおは言ってくる。嫌味じゃなくて本当にそう思ってるよ。
みおの家、藤山家は四人家族。両親とお兄さんとみおの四人家族。お父さんとお母さんは出かけてて、お兄さんは四月から大学生で、一人暮らししてるらしい。だから今日はみお一人で留守番の予定だったらしい。一人で留守番してもつまらないから、あたしを呼んだんだって。
あれ?昨日は「インターホンが壊れたから」っていってなかったけ?不思議に思ってリビングの壁に掛かってるインターホンを見てみた。呼び鈴が鳴ると備え付けの画面に外の来客の顔を映すタイプのもの。玄関の呼び鈴鳴らせば音が鳴るし、外との通話ができて受話器も正常。カメラにも異常なし。外の様子がよくわかる。
「インターホン故障してるんじゃなかったっけ?」って聞いてみた。そしたら、「そのうちわかるよ」って。
ゲームやろうよって誘われた。普段はお兄さんとやるらしいんだけど、今はやる相手がいないから、やりたいんだとさ。しばらくやってたら、ピンポーンってチャイムの音。振り返ってインターホンを見ると、宅配便の人がいた。みおはインターホンで「今行きます」って言って荷物を受け取ってきてた。それを机に置くと、またゲーム機の前に戻ってきた。
「壊れてないじゃん」
「チャイムは鳴るし、外との通話はできるからね。来客はわかるよ」
「それじゃ壊れてないじゃない?」
「いや、壊れてるよ。うちの家族、みんな見てるもん」
なんていうやり取りしてたら、ゲーム負けちゃった。みお、うますぎ。あたしはこのゲーム持ってないんだから少しは手加減してよね。
もう一回やろうよって誘われたけど、みおの言葉がじわじわと気になってきた。「見てる」?なにを?
気になったから、ゲーム終わったあとに聞いたら、みおは「うーん」とか言ってなんだか悩んでるみたいだった。
「あのインターホン、鳴るには鳴る。でも、勝手に鳴るんだ」って。
ちょっとみおの様子がちょっと変。淡々とした口調で話すなんて珍しかった。
「勝手にってどういうこと?」
「うーんとね、来客がいなくても勝手に鳴るの。ピンポーンって。チャイムが鳴って、画面見ても誰もいない外の様子が映されるの」
みおの話だと、今月になってからその現象が見られるようになったんだって。チャイムが鳴って、インターホンの画面に明かりがつく。でも、そこには来客の姿はなく、無人の玄関が映し出される。家族の誰もがそれを見ている。先週修理業者に見てもらったけど、故障はなかったらしい。
子供のイタズラのような気もするけど、あたしが学校で変な話するから気になったんだって。
しっかり者のみおに頼られるなんて、何だか誇らしくなっちゃった。優越感っていうのかな。悪くない。
ただ、なんとかできる自信なかったなぁ。「あたしに任せて」って言いたいけど、霊感あるだけで除霊とかお祓いできるわけじゃないからなぁ。いわゆる霊能者っていう人なら、みおの家に入る前に気配とかで気づいたのかな。でも、近所の小学生のイタズラって可能性もあるし。
みおに「自信ない」なんて言えなかったらから、とりあえず「あたしが力になれるなら、がんばるよ」と伝えて、しばらくはあたしの心霊体験談。お父さんにも、お母さんにも話したことのない話をした。みおはからかう様子もなく、聞いてくれた。家の近くにあたしと同じ顔をした幽霊が出るって話はやめといた。きっと遊びに来てもらえなくなるから。
そんなことしてたら意外と時間が経ってて、ピンポーンっていうチャイムの音で一時中断。さっきのみおの話を聞いたから、振り返ってインターホンの画面を見るのにドキドキ。
ゆっくり振り返ると、画面に明かりがつく。薄暗い夕方の光がそこから漏れてくる。玄関には男の人が立ってた。
あたしはほっと息をついて、「お客さん来てるよ」て言ってみおの方を見ると、目を大きくしてるみおがいた。インターホンよりそっちのほうに驚いちゃった。
「え?お客さん?」
「え?」
その言葉で気づいちゃった。誰もいないのにインターホンが鳴る現象。それはイタズラじゃなくて、本物の怪奇現象で、今まさにそれが起こってる。
みおには男の姿見えてない。
でも、あたしには見えていた。玄関前に立つ男の姿。カメラ越しにこちらを凝視する男。その異様な雰囲気。生身の人間じゃない。その男が呼び鈴を鳴らしている。
パニクって考えがまとまらなかった。普段幽霊見ているときは冷静なのに、こんな時は思考がまとまらないの。ホント悔しいし、自分に腹が立つ。
あたしにはやっぱり除霊なんてムリ。何にもできない子供だということを実感する。怖くて体が固まっている。その場から動けそうにない。
ああ、何で肝心なときに「見えて見えぬフリ」ができないかな。
「ほんとだ、みおが言った通りひとりでにインターホンが鳴るね。イタズラかもね」って言えば、お互いに怖い思いせずに済んだかもしれないのに。
ピンポーン。もう一度チャイムの音が鳴り響く。見たくないのに、顔がインターホンを向く。やっぱり男が一人立ってた。どうすればいいんだろう。玄関開ける?でも、それじゃ霊が家の中に入ってこない?このまま居留守をする?今までもそのまま放っておいたら鳴りやんだんでしょ?
頭の中がめちゃくちゃで悲鳴を上げそうになった。
そのとき、ぎゅっと手を掴まれた。暖かい、体温を持つ人の手。体のこわばりが少し解けた。
「きりこには、見えるんだよね。よかった、きりこが来てくれて」
そんなこと言わないでよ。もう見間違いなんて言えないじゃない。気持ちはみおを助けようって言ってる。
あきらめて伝えた。男の人が見えること、あたしには除霊の類ができないこと。
がっかりされるかと思った。力になれなくて申し訳なくも思った。でも、みおはなんかほっとした様子。だから聞いてみた。「除霊できないけど、いいの?」って。
そしたら、「別にいいよ」って笑いかけてくれた。意外とあっけらかんとしてて、拍子抜け。放っておけばそのうち鳴り止むからいいらしい。
そう言われると、別の意味で悔しくて腹立たしくなった。「もともと期待してないよ」って言われてるみたい。
気が付いたら音は鳴り止んでて、モニターにも男の姿はない。家の中に入ってきた気配もない。それは去っていた。
霊が入ってきてないかあたしが家の中を探し回ってる横で、みおは紅茶作り始めた。疲労困憊して戻ってきたあたしに差し出してくれた。それ飲んだらさっきまでの悔しさがまた込み上げてきた。別に怖くないのに、むしろ安心してるのに泣きそうになっちゃった。ほんとあたしってなにもできない子供。なにやってるんだろう。かっこ悪い。空回り。
一応みおには調査結果を報告。インターホンに映った男のこと。家の中には入ってきてないこと。
そしたらみおに「どんな男だった?」て聞かれた。
どんな男?比較的小柄で、若い男だった。濃い眉に高い鼻。改めて考えるとどこかで見たことのあるような顔立ち。ふと思った。みおに似てるかもしれない。でもそれって...
念のため。念のために頼んで写真を見せてもらった。みおのお兄さんの写真。
最近の家族の写真。家族で引っ越し作業をしたときの写真。いた。みおのお兄さん。みおに似てる。眉の具合といい、鼻の形といい、兄妹ともに母親似。背も高そうじゃない。みおとそれほど変わらない。
「インターホン鳴らしてたの、お兄さんだよ」
ちょっと不安になった。もしかしたらお兄さんになにかあったかもしれない。
「でも、兄貴生きてるよ。昨日電話してるもん」って、あっさり返答された。
あれ、違うのかな?でも、念のためお兄さんに連絡とるようにお願いした。電話はつながらなかった。みおは両親にも連絡して、お兄さんに連絡とろうとしてくれた。
結果として今日は電話は通じず、あたしはそのまま帰宅。結果は明日聞こう。
あたしは不安だったけど、みおは焦ってなかった。きっと昼寝して、寝ぼけた拍子に魂だけ帰省したんだろうって。
不安になってるのは、あたしだけ?両親と電話してるとき、みお笑ってたしなぁ。
落ち着いているなぁ、みおは。ああ、でも結果はちゃんと教えてよね。気になってしょうがないもん。
今日の日記は長くなっちゃったなぁ。でも、あんな心霊体験したんだからこのぐらい書かないとね。
あたしはみおの力になれたかなぁ。無駄に心配かけさせたような気がする。
あたしの霊感に意味はあるのかな。見えるだけで、助けることができない。ただ苦しいだけ。ただ、周囲に迷惑をかけるだけじゃない?いらないよ、霊感なんて。もしも、誰かに売ったりすることができたら、そのお金で新しい服を買えるんだけどなぁ。