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欲望の街ソドム②

 門を抜けた2人は、すぐに街中にある教会へと向かった。


 マリから教会に行くと聞き、何となく村にある質素な教会を思い浮かべていたウィルは進むにつれいったい自分たちはどこに向かっているのかと首を傾げずにはいられなかった。そしてようやく教会に辿り着いたとき、ウィルは開いた口が塞がらない気持ちだった。なんとソドムの教会は「何故こんなところに」と思わずにはいられないような、きらびやかな繁華街の中にあるのだった。


 教会を訪れたマリの姿を見ると、身なりからして下級神官だろう男はすぐに奥に引っ込み、司祭と思われる人物を連れてきてくれた。


「こんなところまで、ようこそお越しくださいました」


 慌てて駆けてきたのだろう。これまたでっぷりと太った司祭は、汗をぐっしょりとかいていた。マリがその姿を見て一瞬顔をしかめたのを、ウィルは見逃さなかった。


「この度神より賜りました祝福を、この地にもたらすために参りました。こちらが審判者のウィルです」


 マリの言葉を受け、ウィルは気まずそうにしながら会釈をした。


「おぉこの方が……」


 司祭は目を大きく見開くとすぐに恭しく頭を下げ、ウィルに向かって「主よ感謝いたします。この地に祝福あれ」と祈りを捧げた。その手は緊張のためか、震えているようだった。


 マリはその姿に満足したように頷き言った。


「これは主より賜りしものです」


 マリは荷物の中から、3本のワインを取り出した。その色は赤黒くてまずそうだ。司祭は「おぉこれが」とつぶやくと、大げさに祈りを捧げる動作をしてそれを受け取り、何度も何度も感謝の言葉を述べていた。


 なんだか馬鹿らしいや。

 ウィルはそんな二人の姿を見て、白けたような気分になっていた。



 2人はその後、司祭の強い勧めもあってこの街で一番上等な宿へと案内された。ふかふかなベッドに、ほのかに花の香りがする湯舟。村では味わったことも、見たことすらない贅を尽くした夕餉。

 ウィルはこれまで経験したことのない歓待を目を白黒させながら堪能し、幸せな気持ちでベッドの柔らかな毛布に包まるのだった。


 緩やかな眠りにつく途中、ウィルは微かな耳鳴りを感じたような気がした。だが心地よい眠気は容赦なくウィルを眠りへと誘い、ウィルはなすすべもなく深い眠りに沈んでいった。




 ……その日の夢は、素晴らしいものだった。


 酸味や甘味をたっぷり含んだ果実。噛むと肉汁が滴り落ちるステーキなど、ウィルが故郷の村で夢にまで見た食べ物が、次々に夢に出てくるのだ。

 どれも噛みつくと、信じられないくらいの旨味が口いっぱいに広がる。コリコリとした歯ごたえも、アクセントにぴったりだ。ウィルは夢中になって貪り食った。


「……ウィル、ウィル。目を覚ましてください」


 楽しい夢はあっけなく終わってしまうものだ。聞き慣れた声に呼び起されウィルが目を覚ますと、目の前にはマリがいた。その表情は痛みを堪えるように歪んでいる。どこで怪我をしたのだろう、腕には、はっきりと歯型のような傷跡があった。


「え、何で? ……ここはどこ?」


 寝ぼけ眼を擦りながら、ぼんやりとしたままウィルが辺りを見渡すと、そこはさっきまでいたはずの宿屋ではなく、どこかの路地裏のようだった。


「安心してください。祝福の時が始まったのです」


 マリはそう言って、愛おし気に歯形の残る腕を撫でている。ウィルはその姿に思わず見惚れていた。ウィルがまじまじと見つめる中、マリの手がゆっくりと動く。


「あそこをご覧ください」


 言われるがままマリが指差した方向を見るとそこにはなんと、村でも見た恐ろしいゾンビが人を襲おうとしているところだった。


「大変だ! 助けないと」


 ウィルは思わず駆けだした。


 あと少しで噛まれる。そのギリギリのタイミングでウィルが駆け付けると、そこにいたのはまだ幼い少女だった。慌てて逃げてきたのだろう、寝間着姿のまま、クマのぬいぐるみを抱きかかえうずくまっている。思わず手を差し出し少女を庇ったウィルは、ゾンビに噛まれてしまった。


 痛い!!


 強烈な痛みに、ウィルは顔をしかめた。ウィルはそこから更なる追撃を覚悟して目をつぶっていたのだが、いくら待っても何も起きない。恐る恐る目を開けると、そこにはこちらを怯えるように遠巻きに見るゾンビの姿があるのだった。


「だから安心してくださいと言ったのです」


 肩透かしを食らった気分でへなへなと座り込んでいると後ろからマリの声がする。その声に振り向くと、そこにはマリの姿があり、その背にはいつの間にか荷物まで背負われていた。

 少女はウィルの腕の中でもがいて脱出すると、走って逃げて行ってしまった。


「ゾンビはその身の穢れの証拠です。神の祝福はその身に潜んだ穢れをつまびらかにするのです。

 ですから、穢れのない者がいくら噛まれたとしても、その身に何の影響もあるはずがありません。ゾンビは穢れなき姿に恐れおののき立ち去るしかないのです」


 ウィルが呆気に取られていると、背後でか細い悲鳴が聞こえた。そこには先程助けたはずの少女を複数のゾンビが囲み、その小さな身を貪るように噛みついているところだった。


「罪深きことです」


 マリはぽつりとつぶやくと、興味もないように目をそらした。


「どうやらこの街は、神の意向に背く罪深い街だったようです」


 ゾンビがそこここに溢れかえる街の姿を見て、マリは言った。


「じきここにも火が回ります。さ、次の街へ急ぎましょう」


 さっきまでの光景に固まるウィルに対し、マリはいつものように美しい笑みを絶やさない。ウィルはその顔が、恐ろしくてならなかった。

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