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欲望の街ソドム①

「あの、そろそろ参りませんか?」


 どれほどそうしていたのかはわからない。日が昇り始めた頃、いつまでも立ち上がろうとしないウィルにしびれを切らしたように、マリは言った。


「いつまでもこのような場所にいても仕方ありません」


 マリはそう言って火の手が弱まり、廃墟と化した村に目を遣った。


「……こんなとこって何だよ?」


 その言葉に、ウィルはきっとマリをにらみつけ手を振り上げた。しかし自分よりも小さなマリは怯えなどおくびにも出さずただ自分を見つめている。そんなマリの姿を見て、ウィルは力なく手を降ろした。


「先程も申し上げましたが、あなたと私には果たすべき使命があり、そのための時間を無駄にするわけにはいかないのです」


 ウィルを見つめるマリの目は一切揺るがない。その強い瞳を直視することができず、ウィルは俯いた。


「つとめつとめって言うけどさ、ボクに何をしろって言うのさ」


「ボクには何もできないよ」ウィルは力なく言った。


「ご安心ください。あなたは私とともに聖都カナンへと向かう、ただそれだけでいいのです。

 あなたは神を代行する審判者として、過ぎ行く街や村に祝福をもたらすことでしょう」


 マリは満面の笑みを浮かべてウィルの手を握った。いつの間にか昇った日はマリの顔を照らし出している。ウィルはその勢いに押されるようにして思わずうなずいていたのだった。


 こうして、ウィルはマリとともに、聖都カナンを目指し旅立った。



「救済の旅と申しましても、特別なことをする必要はないんですよ」

 

 道すがら、いつまでも不安そうな顔をしているウィルにマリは言った。

 マリは華奢な見かけとは裏腹に力持ちで、その背には2人分の重そうな荷物がある。重そうな荷物を見かねてウィルがいくら荷物を持つと言っても、

 「あなたにそんなことをさせるわけにはいかない。それにいざというときに身軽に動けないから」

 と言うばかりで、ウィルは荷物を持たせてはもらえない。

 それでも情けないことに、旅慣れないウィルは道中へばってしまい、マリに頼んで何度も休憩を挟まざるを得なかったため、なおさら荷物を持つとは言えなくなってしまったのだった。


 女の子に荷物を持たせるなんて、情けない。


 ウィルは羞恥のあまり死にたくなりながらも、逞しいマリの背中を見ながら必死に着いていった。


「じゃあ聖都カナンだっけ? そこに行くだけでボクはいいの?」


「はい、あなたのその身には、ご両親の愛と、主の祝福が宿っています。ですから道中、あなたが立ち寄る、ただそれだけで十分なのです」


 マリはそう言ってにこやかに笑った。


 そんなこと言われてもな


 ウィルが首を傾げていると、前を進むマリが何か見えたのか、唐突に言った。


「見えてきましたよ、あれがソドムの街です」



 その街は低いながらも立派な塀に囲まれた大きな街だった。ウィルは自分の村と比べ圧倒され、しばらく口を開けながら見ていたほどだ。


 門の外には浮浪者のような者が口を開けながら空中をただ眺めている。中にはウィルと同い年のような少年や、働き盛りの青年もいる。ウィルは口が開きっぱなしになっていることに気がつき、恥ずかしそうに口を閉じた。


 こんな若い人たちが何をしているんだろう?

 

 さぼっていると村の誰かにすぐにどやされていたウィルは、その光景が信じられず立ち止まってしまった。しかしマリはそんな光景には目もくれず、スタスタと前に進んでいく。ウィルはこんなところに置いてかれてはたまらないと、後ろ髪を引かれながらも慌てて追いかけるのだった。


「おいそこの2人、止まれ!」


 門を抜けようとしたとき、門番だろうか、鎧に着られた男が2人、ニヤニヤとしながら近づいてきた。


「この街に入りたければ、通行料を支払う決まりだぞ」


 マリは2人を見て、露骨に顔を歪める。


「私が着ているこの修道服が、あなたには目に入らないのですか?」


 2人の内片方の門番はその言葉を聞き、じろじろとマリの修道服を見ていたかと思うと、はっと何かに気がついたように引きつった顔でウィルを見た。


「おい、この2人は……」


 何も気がついてないのか、いまだにマリたちを見下ろすもう片方の男を戒めると、門番の2人は小声で話し合っている。「こんな……なぜ」、「もうおし……だ」ぼそぼそと何かを話しているのが聞こえたが、話が終わると二人はさっきまでの態度が嘘のように媚を売るような顔でウィルたちを迎えた。


「申し訳ありません。まさかこのような地に、審判者の方がいらっしゃるとは思いもよらず」


 しどろもどろになりながら早口で言い訳をする2人を、どうでもいいような目で見ながらマリは「どうぞお気になさらず。2人に神の祝福がありますように」とだけ言って門を通り抜けていった。


 2人の顔は青ざめ、姿が見えなくなるまで、決して頭を上げようとはしなかった。


 ソドムという街について、ウィルは近くの村に住んでいたということもありその名を何度か耳にしたことがあった。


 ソドムの街は賭博で有名な街だ。

 一夜で巨万の富を築くことができる街。

 うまい酒や飯、いい女。

 この世の贅のすべてがこの街にあると、村の酒場でまことしやかに囁かれているのをウィルは聞いたことがあった。


 しかし一方で、一度はまってしまったら、二度と抜け出せない街だともいわれていることをウィルは知っていた。借金やクスリ、人生が台無しになると子どもを脅す話は枚挙に暇がない。

 今まで嘘だろうと高をくくっていたウィルも、門の前にいた人たちのことを思い出し、あれは決して嘘ばかりではなかったのだと肝を冷やすのだった。

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