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清貧な街クリナ そして最後の街③

「ウィル、神の使徒である私たちが、審判者であるあなたたちの下へ遣わされるとき、何をするのか知っていますか?」


 マリはウィルをあやすようにゆっくりと話し出す。


「その身を清め、神に不屈の誓いを立て、そして最後に教会から薬を渡されるのです。

 強い祝福の光を放つ、あなたたちの傍にいるための薬。

 神がかったあなたたちを正気に戻す、洗礼の光をこの身に宿す聖なる薬。

 しかしこれは劇薬で、飲めば3月ともたず死んでしまうのです」


「死ぬことがわかっていてなんで……」


 傷が痛むのか、マリは「うっ」と声をあげたがすぐに笑顔を取り戻し言った。


「身寄りもなく、何の力もない私が、汚れた身を持つこの私が、世界にほんの少しでも神の祝福を届けることができる。それは何て素晴らしいことか。

 そのためにはこの道しかなかった。それが私の誇りだったのです」


 荒かったマリの吐息は、徐々に安らかなものになっていく。


「私のこの身は清められ、この髪の毛から足の指先に至るまで。すべてが主よあなたのものです。

 私は祈りの言葉もすべて暗唱できます。

 私は誰よりも、私を救ってくれたあなたを愛しています」


 マリはうわごとのように同じ言葉を繰り返し繰り返し言っていた。



「ねぇウィル、私を食べてくれませんか?」


 驚くウィルにマリは言った。


「このまま死んでしまうのはあまりにも恐ろしい。怖くて怖くて仕方ないのです。

 私のこの血と肉には、あなたを鎮める力があります。きっとあなたを救う力になる。

 ねぇウィル、お願いです。私はただ醜く朽ち果てていくよりも、あなたと共に生きていきたい」


 マリはその言葉を最後にこと切れた。


……ウィルの手元には、冷たくなったマリの亡骸だけがある。


 いつの間にか出ていた月が照らしだすマリの顔は、最初出会ったときと同じ、いやそれ以上に美しく見えた。

 ウィルはマリから修道服を脱がし、矢を抜いた。

 ウィルはそのとき初めて、マリが少女ではなく少年だったことに気がついた。


「嘘ばっかりじゃないか」


 ウィルは思わずつぶやいた。その体には、服の上からではわからない沢山の古傷がある。マリが、いやこの少年は一体、どんな生活を強いられていたのだろうか。


 マリの体にぽつぽつと涙が落ちた。


 マリの体を汚してはいけない。


 ウィルは咄嗟に顔をそらした。

 ぐしぐしと目から涙を拭い、ウィルはマリへと向き合った。


「いただきます」


 ウィルはマリを綺麗に平らげた。髪の毛から足の指先まで。


 ウィルはその血の匂いを嗅ぎながら、あることを思い出していた。それはあのワインの匂い。祝福の日の後、生き残った司祭や領主が話す口から漂ってきた匂い。


 そしてあの日、グリドの街の門で嗅いだ匂いだった。


 彼らはきっとマリの血で、祝福という災いを避けていたのだろう。


「マリ、ボクは君と僕をこんな風に扱った奴らと教会を、許しておくことはできない。

 たとえボクが醜いモンスターであろうとも、人間として生きたい。マリ、それを君に見ていて欲しいんだ」


 見知らぬ土地で一人、ウィルは涙を拭うこともしないまま立ち上がった。

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