清貧な街クリナ そして最後の街②
……耳鳴りがする。
どこかで聞いたことがある音だ。
ウィルがこれまでに何度も味わってきた、人の首元に噛みつく感触。そしてこちらを見る恐怖の目が思い浮かび、ウィルは跳ね起きた。
痛む頭を押さえながら辺りを見渡すと、そこには見知らぬ黒ずくめの男がいた。首から下げた笛を持ちながら、信じられないものを見るような目でウィルを見つめていた。
「お前は誰だ!?」
ウィルが問いかけると、バネがはじけたように男は逃げ出した。ウィルは呆気にとられつつ慌てて男の後を追う。
男は時折こちらを振り向きながら、必死に逃げている。
まるでウサギみたいだ。
足が羽のように軽い。ウィルは走りながら、気分がどんどん高揚しているのが自分でもわかった。
しばらくして遂に男に追いつくと、肩を掴み、地面に叩きつけた。
「ゆ、許してくれ」
男は今にも泣き出しそうな顔をしてウィルに言った。押さえつけられる手から逃れようと、その手は誰かに救いを求めるように必死に地面を掻いている。
「俺は、教会の指示に従っているだけなんだ」
いくらウィルが問い詰めても、男はそれを繰り返すばかり。ノドが渇いてきたし、どうしたものかとウィルが悩んでいたそのとき、
「それはどういうことですか?」
いつの間にかそこにはマリが立っていた。マリは息も絶え絶えで、今にも倒れそうだ。
「教えてください。教会の指示とは、いったいどういうことなのですか?」
鬼気迫る勢いで問いかけるマリに、男はマリとウィルの顔を見てしばらく考えていたかと思うと、観念したように語りだした。
「あんたたち、祝福を授ける旅をしているんだろ? 俺はただその手伝いをしているだけさ。
今回の神様は引っ込み思案なようだ。だからなかなか姿をお見せでないとき、俺がこいつを一つ吹いてやる。するとたちまち神の祝福が顔を出すってわけさ」
マリの反応を試すようにして話すにやけ面をした男から、ウィルは首にかけられた笛を奪い取る。男は悲鳴を上げ抵抗をしたが、何度か殴りつけると大人しくなった。
ウィルは奪った笛を吹いてみた。その音は耳鳴りを感じるとき、いつもウィルが聞いていた音に間違いなかった。
「では、では私たちのしていたことは」
マリはぶつぶつと何かをつぶやいたかと思うと、へなへなとその場に倒れこんでしまった。ウィルは思わず男から手を離し、マリの下へ駆け寄ると、男はチャンスとばかりに走り出してしまった。
忌々しそうに男の後姿を見ながら、ウィルの手はマリを支える背中から離れることはなかった。
「マリ、大丈夫か?」
ウィルは優しく問いかける。
「ごめんなさいウィル。私はあなたをなんてことにあなたを巻き込んでしまったのか」
ウィルは何て言葉をかけていいのかわからず、狼狽えるマリの顔をただじっとみつめていた。
……そのとき、どこからともなく風を切る音がしてウィルはマリに突き飛ばされた。
ウィルが何事かとマリを見ると、ウィルを庇ったマリの腹部には1本の矢が深々と突き刺さっているのだった。
歓声を上げ、走り去る男の声がする。
殺してやる。
ウィルは瞬間、目の前が真っ赤に染まり、いますぐに駆けだしてこの手で殺してやろうと初めて思った。しかし、そんなウィルの手に、そっとマリの手が添えられた。
「ウィル、待ってください。もう、もういいのです」
マリは力なく言った。頭が急速に醒めていく。
「マリ、なんでこんなことを。ボクのこの体は傷つけられても平気だってこと、マリはよく知っているだろ?」
「どうせ私は元々長くない命です。この地で最期を迎えられるなら、もうそれでいい」
「マリ、そんなこと言うな! いますぐ治療すれば」
マリはふっと笑うと力なく首を振った。




