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商人の街グリド③

 立ち上がろうとしたマリは、ふらつき、座り込んでしまう。

 ウィルは思わず駆け寄り、無理して立ち上がろうとするマリを支えながらベッドへと寝ころばせた。


「いつもはあなたが寝てから洗礼をしているのですが」


「すみません、今日は急ぎのことでしたので」そう話しながら苦しそうに目をつむるマリを見て、ウィルはおろおろと見守ることしかできずにいた。


「じゃぁいつも配っているワインって」


「はい、このワインは神の使徒である私の血により洗礼されたものです。祝福の前日、神の敬虔な信者は一堂に会し食事を摂り、このワインを飲む決まりですから」


 気持ちが悪い 


 後ずさるウィルはすべての瓶を叩き割りたいような衝動に駆られながら、忌々しいものを見るようにワインを見る。脳裏にはこれまで嬉しそうにワインを受け取った人たちの顔が思い浮かんでいた。


 そんなウィルを構うことなく、マリが外の兵士に呼びかける。すると待ってましたと言わんばかりに2人の兵士は部屋に入ってきて、嬉しそうな顔をしながらワインを受け取るとすぐにその場を去っていった。

 それきり兵士の2人は二度と戻ってくることはなかった。


 ウィルはどういうことなのかもっと話したかったのだが、マリは気分が悪そうに横たわっている。ウィルはそれ以上話を聞くことを諦め、マリに掛布団をかけ頭を撫でるのだった。


 君はあと、どれだけの秘密があるのだろうか。


 ウィルはマリの寝顔を見ながら考え込んでいた。マリの顔はうっすらと青白くはなっているものの、依然美しい。そうこうするうちに、ランプの灯りが音を立てて消えそうになっていく。


 ランプの油ももうすぐ無くなるな。


 暗くなっては寝るほか、できることも何もない。しかしウィルは、


 もし自分が人を襲うモンスターになってしまったら


 と考えずにはいられない。そこで寝てしまわないようにベッドに腰掛け、眠りに落ちそうになるとその度に人を襲う悪夢を見て、何度も目覚めた。


 だから何事もなく朝日が窓から差し込むのを見たとき、ウィルは心から安堵したのだった。



 グリドの街ではマリの体調が回復するのを待って、3日間滞在することになった。


 その間ウィルが人を襲うことはなく、ウィルがようやく安心して眠れると思った頃、半ば追い出されるような形で2人は街を出ることになった。


「あれ、この匂い」


 スラム街を囲む門を市民街へと抜けるとき、ウィルはかすかにどこかで嗅いだことのある匂いがした気がした。しかし後ろから兵士に急かされていたためそのときは思い出すこともなく、2人はグリドの街を立ち去った。


 グリドの街を出て以来、マリの体調はますます悪化する一方だった。白く、張りがあった肌は青みが増してかさつき、頬は落ち窪んできた。


 せき込むことも増えた。しかし心配したウィルが何を言っても、「祝福を待っている人がいるから」と言って休むことさえしようとはしない。体が生気を無くしていく一方で、瞳はらんらんと輝きを増していくようだった。

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