第七話「王国」
「ほんとはナイショにしててってお願いされて、うんっていっちゃったんだ。だから私の事は怒っていいけど、ミルカとセラさんの事は怒らないであげてね……?」
ちょっとお小言をいわれるくらいかなと思ってたけど、なんか御爺の反応が思ったよりも大きかった。
お肉を刺したフォークをそのままに、難しい顔で何かをぶつぶついっている。
ホントに最初はナイショにしておこうと思ったのだ。
でも何かがおかしい気がした。
何がおかしいっていわれたらよく分かんないけど、でも伝えておいた方がいいと思ったのだ。
御爺の反応を見るにメチャオコされそうな感じだけど、それは仕方ない。
やがて御爺はぶつぶついうのをやめ、こっちに向き直った。
「クロエ」
「うん」
「ミルカの正式な名前はの、ミルカ・ガーベラスというんじゃ」
「うん?」
「ガーベラス王国の第三王女。それが奴の今の身分じゃ。そして……」
「んんん?」
御爺は何かとても辛そうな顔で、いった。
「ミルカはお前の、腹違いの妹じゃ」
適当な嘘だ。
まあ私好みのいいネタだね。
そんな感じで笑おうとまず思った。
でも御爺のこの顔は、冗談をいう時の顔じゃない。
じゃあなんなのか。
本当なのか。
とても信じられる話じゃない。
「冗談だよ……ね?」
「すまんクロエ。いつかは言わねばならなかった事じゃが」
「じゃあ、私の親って国王様……?」
「そうじゃ」
「じゃあお母さんは、そいつに遊ばれて殺されたの……?」
街の娘をたぶらかして、面倒になったら殺す王様。
そんな物語を思い出した。
ありがちだけど、本当にやられたらこんなにも気分が悪い物なのか。
「ん?ああいや!違う!すまん儂も動揺しておってな。説明が雑じゃったの……」
「あれ?」
違ったらしい。
「ふう、ちとお茶を頼めるかの」
「あ、うん」
食事どころの雰囲気ではなく、私は一旦それらを片付け、お茶を淹れなおす。
御爺の好きなマリ茶の葉をポットに入れ、蒸らす間に私も深呼吸。
ちょっと話が現実味なさすぎてどこかふわふわしてる。
御爺は淹れたてのお茶を一口すすり、ふうっと息を吐いて、何かを決心したような顔でいう。
「クロエ、お前の父の名は、ブリザ・ガーベラス。母の名はシルフィア・ガーベラス。この国の王と、その第一王妃じゃ。つまりお前の本当の名は……」
御爺はそこで一呼吸置き、絞り出すような声でそれを告げた。
「お前の本当の名はクロエ・ガーベラス。そして王国の第三王女なのじゃ」
■ ■ ■
現在のガーベラス国王、ブリザ・ガーベラスには二人の王妃がいる。
第一王妃、シルフィア・ガーベラス。
第二王妃、メルティナ・ガーベラス。
シルフィアは穏やかで少し気弱な性格。
メルティナは派手な振る舞いを好み、そして野心家であった。
二人にはそれぞれ子供がいた。
シルフィアには第一王子となるジュアス。
メルティナには第二王子となるマーコス。
このままいけばシルフィアの子であるジュアスが次期国王となる。
野心家のメルティナが、それを許容するのか。
そんな懸念が家臣の間で囁かれ始めた頃、ジュアスが謎の病に倒れた。
偶然だったのか、メルティナが何かしたのかは分からない。
だがメルティナは父である大貴族のゴーズ・グランタと手を組み、隠れて利を貪り、その金で着々とシンパを増やしていた。
国王にもメルティナは囁く。
跡継ぎが病弱では、不安ではないか?と。
対するシルフィアの味方は少ない。
頼みの国王であるブリザも、メルティナを溺愛している。
ジュアスの警備を過剰にするくらいしか対策はなく、不安な日々を過ごすシルフィア。
そんなシルフィアは、ある日もう一人の子を授かる。
そして生まれた子は、シルフィア似の元気な女の子で、そして魔眼を持っていた。
魔眼は一部で忌み嫌われているが、その神秘の力を畏れ敬う者も多い。
そんな我が子を見て、シルフィアは恐慌した。
きっとこの子はメルティナに殺される。
泣きわめくシルフィアの手を取ったのは、当時相談役として城に滞在していたギベルだった。
ギベルは出産に立ち会った者達と共謀し、まずは替わりとなる亡くなった赤子を探す。
そして赤子は死産となったと発表した。
そして赤子はギベルの家へと匿われ、少ししてギベルは教会からの依頼で魔眼の子を預ったと報告し、相談役を外れた。
現在も大学の特別研究員、宮廷魔術師団特別相談役等の役職にはついているものの名誉職に近い状態で、その空いた時間でクロエの世話をしつつ、王城で密かにメルティナ、ゴーズの不正、ジュアス毒殺等の証拠を捜査している。
御爺が話してくれたのは、こんな内容だった。
「お前を城に帰すのは、メルティナがジュアスの病に関わっているか、不正の証拠を掴むか、もしくはそれらがただの勘違いであったか……それらが分かるまでは隠しておこうという事になっとった」
「うん……」
「じゃが、ミルカがお前を見つけ、そして気に入ってしまった。ミルカはいい子じゃと儂も思う。じゃが問題は、メルティナがミルカを溺愛しておる事じゃ」
今までは上手く誤魔化せていた。
でもミルカが私と関わろうとすれば、必ずメルティナの眼がこちらに向く。
そうなると、私という存在に注目するだろう。
「お前はシルフィア似の子じゃ。ミルカもそこらへんに惹かれた所もあるのかもしれん」
ミルカは親の陰謀など知ることなく、メルティナともシルフィアとも仲がいいのだそうだ。
清楚な雰囲気のシルフィアは密かにミルカの憧れでもあるらしく、それが余計にメルティアを刺激しているそうだ。
「最近はメルティナも大人しく、捜査も進展がない。そして何より……儂は、クロエとの生活が楽しくてしょうがなかった」
そして御爺は、私との思い出をぽつぽつと語った。
中には私にとってはすごく恥ずかしい物もあったけど、御爺には全てがいい思い出だったらしい。
「もうこのままでもいいんじゃなかろうか、心のどこかでそう思っておった」
「うん」
「じゃがやはりそういう訳にはいかんの……」
「なんで?」
「なんでって、そりゃあ……」
「私は今の生活がすごく気に入ってるし、御爺とユキちゃんをほんとの家族だと思ってる。御爺に預けてくれた母親には感謝するけど、別に今更どうでもいいよ」
「クロエ……」
そんな面倒な陰謀渦巻く世界なんて、マンガだけでおなかいっぱいだ。
肉親だから愛してくれる、大事にしてくれるなんて幻想だって事は知っている。
そんなよく分かんない人達より、御爺とユキちゃんの方がよっぽど大事な存在だ。
「よし御爺、引っ越そう!」
「ふぁっ?」
「国外の、出来れば海辺の街に!」
この森もいいけど、どうせなら今度は海辺とかそういうとこに住んでみたい。
海のお魚は川と違って色々いるらしいし、すごくおいしいと聞く。
私はその街でパン屋を開き、そしてある日、箒にのった女の子がやってきて……
「まてまてまてクロエ、帰ってこい」
「旦那役は御爺ね!……え?御爺、やっぱり私と一緒はいやなの?」
「そうじゃない!儂はお前を本当の孫だとおもっちょる!」
やん、照れるぜ御爺様。
「……いやまあ最悪それでもいいかの……じゃがもうちょっと待ってくれんか」
「なんで?」
「儂も怠けとったがの、本格的に捜査してみようと思うんじゃ。出来れば解決しておきたいし、お前さんが会うかどうかは別にしてもシルフィアの事もあるしの」
「むう」
まあ私の兄さんらしいジュアスさんという人も、もしかしたら殺されかかってるのかもしれないらしいし。
でもゆっくりしてたら、あっちからなにかしてくるんじゃないかなあ。
「大丈夫なの?」
「ミルカとセラに関しては、儂から直接言っておけばまず喋らんじゃろう。一応クロエの護衛を雇って、それからギリギリまで捜査してみるつもりじゃ。まあいざとなったらその時は海辺の街じゃ!」
「分かった!でもムチャしないでね?絶対だよ?」
「ほっほ、本気になった儂を捕まえられる者なぞ、この国にはおらんわい!」
いつもの御爺のイキりがすごく不安だったけど、話が本当なら御爺は世界最強の闇魔術師なのだ。
教会のツテもあるんだし、大丈夫と信じよう。
こうして御爺は私に付ける護衛を探しつつ、メルティナとその周辺の操作を全力で行う事になった。
私はのんきに、護衛といえばSP、SPといえばラブロマンス!なんてアホな事をかんがえつつのお留守番となった。
それからわずか数日、事態は急転する。