第六話「ファン」
盛大な誕生日から数日、私は相変わらずな生活をしていた。
いや、ちょっと変化があった。
買ってもらった指輪を眺めてニマニマしてたり、ポーズをキメて鏡の前でニマニマする時間が出来た。
やっぱこういうニューアイテムは心がウキウキするね。
御爺に感謝の愛孫弁当でも作ろうかな。
まあ今日は既に出掛けちゃってるけど。
あ、そういえば指輪の効果をまだあんまし試してなかった。
デザインがいいから装飾品として眺めてるだけで満足してたけど、これは護身装備なのだ。
「ユキちゃん!いくよ!」
ついでにちょっと魔術の練習しようかな。
……ん?そういえば、魔眼にも効果あるのかなこれ。
ま、とりあえず影剣辺りを試しすかな。
■ ■ ■
ちょっと気分を変え、家から少し離れた広場にやってきた。
思ったけど、普段おうちから離れた所に行く時って、魚釣りとかキノコ探しばっかだ。
お出掛け理由の大半がご飯探し。
別に趣味で取ってるだけなんだけど、ちょっと悲しい。
「おいでよおいで精霊さん、楽しい宴の始まりよ。闇は微睡み宴を愛でる……みんなを守る闇の剣、すこ~し貸して下さいな!『影剣』!」
指輪なしでの私の現在の影剣は三本。
そして指輪付きでの数は……五本!
おお、倍近い。
「すごいねーユキちゃん!」
わふん、と結構どうでもよさそうなユキちゃんにちょっと傷ついたけど、めげずに次だ。
操作感とかも試して……
どうしようかなと考えていた私は、何かが聞こえたような気がして後ろを振り向いた。
「ん?」
今何か、人の声が聞こえたような……?
いや、この森で人なんて見たことないし、気のせいかな。
と続きをやろうとしたけど、だんだんとその声ははっきりと聞こえ始めた。
「ミルカ様、やはり戻りましょう!この森は別名『帰らずの森』と言って」
「私は先生にお会いするまでは帰りません!それにセラがいれば大丈夫でしょう?」
「それはお任せ下さい……いえそうではなく!フリード卿に何を言われるか分かりませんよ!あの方はちょっと頭のネジが特殊なのです!」
「だからわざわざギベル様がお城にいる時を狙ってきたのではないですか」
どうも御爺の知り合いっぽい。
でも会話の内容が訳が分からない。
「ユキちゃん、帰ろう」
なんか怪しい。
そう思い、こっそりと家に向かう。
でもなんかあの子、どっかで見たような……
「あ、劇場で見た女の子!」
あ、やばい。
思わず声に出してしまい、そしてあっちも私に気付いた。
「あれはもしや……先生!」
「先生?」
その子は輝く金髪を揺らしながら、こっちへと猛然とダッシュしてきた。
とっさに私とその子の間に入るユキちゃん。
「わあ!白くてかわいい!」
満面の笑みで走ってくる女の子。
そうであろうそうであろうと頷く私。
困り顔のユキちゃん。
そのままその子は勢いよくユキちゃんに抱きついた。
ユキちゃんは「どうすんのこれ?」と困ったような顔を私に向けている。
そんなの私が聞きたいです。
「ミルカ様!不用意に抱きついてはなりません!」
「ご、ごめんなさい。あんまりキレイでかわいかったから……」
後ろからついてきた長身の女性にひょいっとつまみ上げられ、しゅんとする女の子。
ユキちゃんを褒められるのは自分の事のように嬉しいけど、結局この人達はなんなのか。
「大変失礼しました。貴女はクロエ殿で間違いないかな?」
「は、はい……」
「お会いしとうございました!先生!」
降ろされた女の子……ミルカと呼ばれる少女は、今度は私に抱きつき、そんな事をいった。
「あ、あの、すいません。何が何やら……」
あっ、そういえば私、この子に魔眼を見られたんだった。
え?やばい?やばいやばいやばい!
あの時は気分が高揚しててあんまり考えてなかったけど、よく考えたら認可前なのに魔眼を何人かに見られたし、今現在御爺もいないのに魔眼丸出しで喋ってるじゃん!
え?もしかしてこの人達、証人と警察?先生ってもしかして犯人とかそういう意味!?
無言で少女をはがし、ユキに跨る私。
「逃げてユキちゃん!」
「わふっ!」
取りあえず逃げて、後で御爺に謝って何とかしてもらうしかない。
やっぱり街なんか行くんじゃなかった!
ごめん御爺!
後悔しながらもダッシュで家へと戻る私達。
それを彼女たちは、走って追いかけて来た。
「御爺かよ!」
まさか御爺みたいな変態ダッシュが出来る人が他にもいるなんて!
しかもあの人、女の子を抱えたまま走って追いついてきた!
「クロエ殿ォ!何か誤解があるようだ!」
「私はクロエじゃありませぇん!ついでにこの眼も魔眼じゃありませぇん!」
「その金に輝く目は間違いなく魔眼でしょう!あ、そうか、違うのだクロエ殿!私達は魔眼をどうこう言いに来たのではない!」
「じゃ、じゃあなんなんですか!ヤダー!くさい飯はヤダー!」
「私達は、貴女の描いたマンガという物について……!」
「えっ!?」
マンガ?
え?何、どゆこと?
動揺している私の横に、既に彼女は追いついてきていた。
「取りあえず話を聞いてくれないか。魔眼の事は対策済みなので大丈夫だ!」
「は、はい……」
ユキちゃんに止まってとお願いし、一応ユキちゃんを盾にしながら二人と再び対峙した。
変な事したらウチの番犬が黙っていませんぞ……!
「魔眼については対策をしているので気にしなくても大丈夫だ。本来は許可なしに人に会ってはいけないという事も承知している。済まない」
「それでも、お会いしたかったのです。これを描かれたという、先生に……!」
そういってミルカという少女が取り出したのは、私のマンガだった。
■ ■ ■
「改めまして、私はミルカ……こちらの者は、私の護衛をしてもらっているセラと申します」
取りあえず私は二人を家に招いた。
その二人、ミルカとセラさんは、なんと私がハラマさんに預けたマンガを見て、是非作者に会いたいという事で訪ねてきてくれたらしい。
その事実に私は舞い上がり、二人に秘蔵のプリム茶をお出しした。
そしてこっそりと二人を観察する。
ミルカと名乗る女の子はまだ幼いみたいだけどすごくキラキラしててお姫様みたいな雰囲気。
私の銀髪もなかなかのものだと思ってるけど、彼女の輝く金髪は素直に羨ましかった。
魔眼とお揃いの金髪はちょっと私もそうだったらいいなあと思ってたのだ。
セラさんの方は陸上部にいそうなポニテの美人さん。
キリッとしててかっこよく、頼りになりそうな人だ。
しかし今はそんな事を考えている場合でもない。
なんで二人はここへ来たのか。
「それで、確かに劇場で会ったのは覚えてるんだけど、なんで私のマンガを?」
「えっと、それは……」
少し気まずそうに、ミルカは喋り始めた。
彼女は好奇心旺盛な性格で、あの日も新しい公演の初日という事で見に行っていたそうだ。
「それで、後ろを見て何かヒソヒソと話してる人がいて、気になって私も後ろを見てみたんです」
「それで、そこに私達がいた、と」
「はい。劇場内で色付きのメガネをされてたので、一体どんな意味があるのだろうとマジマジと見てしまい……すいませんでした」
「いやいや、確かに変だよね……!」
「いえ、あれは魔眼を隠されていたのですね。外されたのを見て、納得しました」
「それは是非ご内密に……!」
はい、勿論です!とかわいい笑顔で頷き、綺麗な所作でお茶を一口。
うーんきまってるなあ。作法もやっぱり無少し真面目に勉強しよ……
「それでですね……ギベル様にご挨拶しようかと悩んだのですが、魔眼に関する法律は私も伺っていましたので、話しかけてはまずいと思いまして」
「それはすいません。ナイショでのお出掛けだったので」
「そうだったのですね!よかったです」
はーかわいいなあ。
もしこの子が妹だったらチョーかわいがるのになあ。
なんてことを考えてたら、ちょっとユキちゃんが不機嫌そうな顔になった。
いやいや、ユキちゃんが一番だからね!
「それで私達はその後も街を散策していたのですが、本屋さんの前で偶然ギベル様とクロエ様が出て来られるのを見かけて」
「あ、それであのマンガを。あれ?でも」
「これを見たのは偶然でした。……実は私、同じ年ごろの友達がいないんです。それで、クロエ様は同じくらいに見えましたし、もしかしたら今後ギベル様を通じて知り合う機会もあるかと思ったら、一体どういう本を買ったのか気になって……」
なるほど、私も友達いないよ!
「それでお店に入って訪ねようと思ったら、店長さんが何かを真剣な眼差しで見ておられて」
あら、早速見てくれてたんだハラマさん。
ありがたやありがたや。
「それでなんとなく覗いてみたのです。そしたら……!」
そこでミルカはガバッと立ち上がり、ちょっと危なげな目つきで迫ってきた。
「そこには私の見た事もない不思議な絵と形式の物語……!」
「私は衝撃を受け、彼からその束を奪い取り熟読致しました!」
「そして店主に尋ねました!これを描いたのは一体誰なのかと!」
あれ、なんか怖いぞ。
「そしてその尊名を聞き、私は尋ねずにはいられなかったのです!!」
プスーっと鼻息を鳴らし、顔を限界まで近づけて力説するミルカさん。
めちゃくちゃ嬉しいけどめちゃくちゃ怖いです。
「ミルカ様!」
またもセラさんにひょいっと持ち上げられ、元の椅子に戻されるミルカ。
よくあることなんだろうか、手慣れた感じだ。
「……申し訳ありません。でもこの感動をどうしても伝えたくて……」
「うん、ちょっとびっくりしたけど……すごく嬉しい。これがウケるかどうか、私も不安だったから」
「この『マンガ』という形式は、世界を揺るがす程の発明だと思います!」
そんな大興奮のミルカに驚きつつも、私は喜びで胸がいっぱいだった。
記憶の中にあるマンガはどれも素晴らしい物だ。
でもこの世界で受け入れられるかは分からなかった。
そんな不安を、彼女は吹き飛ばしてくれたのだ。
そんな彼女と私は、アクセルハルトのマンガを見ながらあーだこーだと色んな話しをした。
それはとても楽しくて、時間はあっという間に過ぎて行った。
■ ■ ■
「ミルカ様、そろそろお時間が」
「そう!ここのハルト様の……!え?もうですか……?」
「はい、これ以上は」
気付けは既に日は傾きかけている。
結構な時間、私達は夢中で喋っていた様だ。
「うう……残念です……」
「よかったら、また来て欲しいな」
「ほ、本当ですか!はい、必ず!」
私から行く事は出来ないけど、そっちから来てくれるのなら大歓迎。
あ、でも御爺に許可をもらえば私からも……
「あ、そういえば聞き忘れてたけど、御爺と知り合いなんだよね?どういう知り合いなの?」
「あ、それは……父がギベル様とお知り合いで、それで」
「そうなんだ」
研究所の人なのかな?
お嬢様っぽいし、スポンサーの方かもだけど。
そんな事を会考えていたら、後ろでずっと黙っていたセラさんがずっと前に出てきて、私に話しかけた。
「それでですね、クロエ殿」
「はい?」
「我々が来た事は、くれぐれも、くれぐれもギベル殿には内密に願いたい。勝手に伺った事が知れたら何を言われるか……」
あ、確かにこれって法律違反だ。
監督する立場の御爺に知られるとまずいかも。
そういうセラさんも顔を青くして、少し震えているようにも見える。
「分かった。御爺にはナイショですね!」
「はい、有難うございますクロエ殿!」
そう約束し、セラさんと何故か握手。
「では、また来ますね先生!」
「出来ればクロエって呼んで欲しいな。私達もう友達……だよね?」
「……はい!ではまた来ますね、クロエ様!」
その後、ミルカは名残惜しそうな顔で帰っていった。
私ももっとお話ししたかったけどしょうがない。
また今度会える日を楽しみにしておこう。
こうしてこの日、私に初めての友達が出来た。
■ ■ ■
「帰ったぞーい」
「お帰りー!」
夜、ご飯の支度が丁度終わり、ユキちゃんが床ドンで催促を始めた頃に御爺は帰ってきた。
今日のご飯はボルボブルの煮込みでございますぞー。
「おう、うまそうじゃの」
「うん、試しに入れたギリム粉がまたまた大正解だったよ」
最近ギリム粉の万能性に気付いて色々試している。
少しピリッとした刺激と独特の香りは、色んな料理にマッチするのだ。
「ふむ、楽しみじゃの。今日はなんぞ変わった事はあったかの?」
「あ、ミルカちゃんとセラさんが尋ねて来たよ」
「なんじゃとぉ……」
ごめんねセラさん、クロエちゃんは正直者ですゆえ!
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