第三話「小悪魔クロエちゃん」
御爺に魔眼勝負を挑んでから一年が過ぎ、私は11歳となっていた。
御爺の熱心な教育で、私もそれなりに魔術を習得する事が出来た。
強化魔術だけは体の成長が止まるまでは体によくないらしく、概要しか教えてもらえないけどね。
早く習いたいものです。
御爺に魔眼をかける賭けは連敗中。孫に優しくない御爺です。
負ける=肩もみなので、将来は整体師も夢じゃないくらいにもみもみスキルが上がっている。
御爺の気持ちよさそうな顔が憎い……!
さて、今日も今日とて変わらずお勉強の時間がやってくる。
最近は結構一通り出来るようになって、ちょっとマンネリしてるけど……
とはいえ、まだまだ覚える事は多いんだけどね。
本日は風曜日なので、風魔法と~作法の勉強だったかな?
読み書き算数はもうほぼ大丈夫なので、最近は歴史や作法、ダンスなんかを中心に習っている。
でもぶっちゃけダンスと作法は苦手だ。
正直いってダンスとか必要とは思えないけど、教育爺ゴンには逆らえない。
「クロエ、始めるぞーい」
「はあい!ちょっと待ってー!」
ここで一計。
御爺の近くまで小走りで走って行き、御爺の手前で躓いてみる。
御爺が慌てて手を差し伸べてくれ、その手に捕まる私。
目論み通り、御爺と目があう。
『踊って!』
「甘いわ!」
別に本当にじいちゃんの踊りが見たい訳では無い。
魔眼の勝負は一日中いつでもこいという事になっているのだ。
予想していたようで、私の魔眼を気合一発でレジスト。
今日も当然のように失敗。ぐぬぬ……!
「クロエ、それちっとずるくない?」
「あはは、でもまともにやったら絶対勝てないじゃない。これくらい多めにみてよ」
やれやれ、と言いつつもあまり怒ってはいない。
なんだかんだこんなやり取りも、お互い楽しんでるのだ。
御爺の優しさを感じられる所もポイントが高い。
「じゃあ今日は風刃の軽くおさらいからじゃっ」
「はあい師匠!」
「え?今師匠の事、ハゲって言った?」
「いってないよ?御爺とうとうお耳がボケちゃったの?」
「あれぇ……」
まあそれはそれとして、失敗にちょっとムカついている訳で、復讐は忘れないのですぞ。
■ ■ ■
本日のお勉強も無事終了し、御爺は仕事で出掛けて行った。
残った私とユキちゃんは趣味のお時間だ。
だいたいお茶を飲みながら、のんびりと色々やっている。
「お湯は魔術でっと……」
最近は日常生活でも出来るだけ魔術を使って慣れるようにいわれている。
なのでお湯も魔術で沸かす。
楽でいいので一石二鳥だ。
まずはポットにお茶の葉をいれて、と。
「おいでよおいで、精霊さん。楽しい宴の始まりよ。水が奏でて火が踊る。恵みを少し、下さいな」
お湯を出すだけの魔術だけど、混合なので地味なのに結構難しかったりする。
丁度いい温度と量のお湯を出せるようになった時は感動したもんです。
ちなみに御爺がお湯を出してくれるのは、お風呂のお湯だけだった。
若いうちから魔法に頼りすぎてはいかんのじゃ!とは御爺の弁。
使えばいいのか、使っちゃダメなのか。
お茶の準備が出来たら、まずは資料の整理だ。
記憶の中にある漫画や小説の内容を、ノートという名の紙束に纏めた資料。
その資料をまずはをチェックし、なにかあれば書き足す。
それが終わったら、マンガの絵の練習。
絵柄は気に入ったマンガ家さんの物を丸パクリだけど、まあこの世では誰も見た事は無いので問題無し!
大分上達してきたので、簡単なストーリーマンガも描き始めた。
題材はこの世界で人気の冒険譚「勇者アクセルハルトの冒険」にした。
昔々、白人族を襲った魔王を討伐したという勇者様の物語で、シリーズで何篇も出ている。
その中の一遍、御爺に買ってもらった「勇者と聖女」をチョイス。
話も分かりやすく、短いので丁度いい分量だ。
日本の偉大なる名作をパクろうかとも思ったけど、まずはマンガというジャンルがこの世界に受け入れるかどうかの調査をしたいし、なじみのある物がいいよね。
自画自賛だが、結構いい出来になってきた。
描き上げたそれをニマニマと読み返していると、ユキにツンツンされた。
これは「遊んで?」の表情……
うーん。
よし。
今日は終わりにして、庭で遊ぶぞぉユキイイイィィィ!!
自慢の自然がたっぷりすぎる庭に出て、お気に入りの自作フリスビーをぶん投げまくる。
魔術を使って方向を変えたりしても、ユキは涼しい顔で100%キャッチだちくしょー。
小一時間程で私がダウン。
ユキが「大丈夫?」といいたそうな顔で、ペロペロと顔をなめてくれた。
うーあっつい……ちょっと一休み。
湿度が低く、気持ちのいい風が吹いているので、汗の乾きも早い。
お手製の木彫り水筒に入っているお茶で一服。
魔術で冷え冷えにして飲む。うまいにゃす。
うーん、まだ今日は時間があるなあ。
と考えながらユキちゃんを眺める。
改めて思うけど、でかい。
ずっとユキちゃんをでかいワンコだと思ってたけど、もしかして狼なんじゃね……?
なんかレタラにそっくりだし。
いやでも狼って犬とそう変わんないんだっけ?
地球じゃないし、考えてみれば私が勝手に犬って認識してるだけか。
この世界ではユキちゃんみたいなのが犬なのだ。うん。
……一応また御爺に聞いてみよう。普通なのかどうかだけ。
なんて考えながらユキちゃんを見てたら、ユキちゃんもこっちを見てた。
暇そうだ。
んーよし!時間も早いし、少し川へ釣りにでも行ってみようかな。
という訳でユキに乗っけてもらい、竿を担いで近くの川へと出発。
なんといってもこの季節の旬はシャモン。
日本でいう鮭にそっくりで、すっごく美味しいんだよね。
ふっふっふ、今日こそ釣って見せる!
麦わら帽子も作ったし!
御爺のおすすめポイントで糸を垂らし、無心に……はなれないので、ぼーっとしてみる。
そうしている内に、また考え事が頭に浮かんだ。
御爺に魔眼勝負を持ち掛け、変な踊りをさせると誓って一年。
勉強は順調だが、魔眼の制御はまだまだ甘い。
そして相変わらず御爺のガードは固く、魔眼術を掛けれてはいない。
流石は守護者様という事か。
実に腹立たしい。
しかし、このままじゃいつになったらお外に出られるのか……
私だって女の子だ。
たまにはかわいい雑貨を眺めたり、服とかも見に行きたい。
市場調査にも行きたいし、おしゃれなカフェーでコイバナとかもしたい。
まあコイバナは別にいいか。
うーん、何かいい攻略法はないかなぁ……
ポク
ポク
ポク
チーン
あ、閃いた。
ズルすぎるかなあ?けどこれなら……!
怒られるかもだけど、御爺だって大人気ないのだ。
子供らしく、イタズラしてやる!
邪念が過ぎたのか、結局シャモンは釣れなかった。
まあまた挑戦しようっと。
と思ってたら、いつのまにかユキがシャモンを三匹捕獲していた。
ホロケウカムイ様じゃなくて、キムンカムイ様だったのか!
ってかすごいねユキちゃん!
---御爺視点---
「御爺、ご飯出来たよー」
クロエの声にハッっとし、顔を上げた。
もうこんな時間になっとったか。
集中したせいか、目と肩と腰が痛む。
年のせいか、最近はよく体のどこかが痛むのう……
一体後何年生きられるのかの。
まだまだ若いもんに負ける儂では無いが、クロエを嫁に出すまでは絶対に死ねん。
あまり無理をせぬようにしないとの。
変わらずかわいい孫じゃが、前世らしい記憶を思い出してから、時々酷く虚ろな目をするようになった。
前世の記憶の話を聞くのは楽しいのじゃが、あまりよくない記憶もあるのじゃろう。
とても便利で平和な世の中であったそうだが、結局人はどのような境遇でも満足いく事は無いという事なのか。
せめてこれからは、そういう目をしないで済むようにさせてやりたいものじゃ……
ま、取りあえず飯じゃ飯。
リビングに行くと、どうもクロエの様子がおかしい。
いつもはあれこれと煩いのに、今日は黙って俯いておる。
またいやな事でも思いだしておるのか……
「どうしたんじゃクロエ。調子でも悪いのかの?」
「あ、ううん……なんでもないよ」
なんでもないようには見えんが……
食事中も返事はするが、やはり表情は暗い。
ふうむ、なんぞ失敗でもしたんじゃろうか?
それともまた、いやな記憶でも思い出したのか。
儂が言うのもなんじゃが、クロエは優秀じゃ。
勉強の飲み込みも早く、魔術以外はもうそれほど教える事が無いくらいじゃ。
性格も優しく、明るく素直に育ってくれた。
外に出たがるのは今はちと困るがのう。
本当は早く、どこへなりと連れて行ってやりたい。
じゃが、まだ問題は解決しておらんのよの。
大丈夫じゃとは思うが、どうも過保護になっていけんわい。
しかしさて、今日は何を落ち込んでいるのかのう。
「クロエ、正直にいってみぃ。なんぞあったのか?」
「……御爺って、私の魔眼に絶対かからないよね」
「それを気にしとるのか?まあ儂も師匠としての意地があるからのう。ふぉっふぉ」
「やっぱり、御爺は私の事嫌いになったんだ。前世とか変な事いうし、わがままだし」
見れば、クロエは目に涙をあふれさせておるじゃないか。
そんなに不安にさせてしまっとったか……!
「そんな事はないぞ!前世の記憶があるのはすごい事じゃが変ではない。それにお前のわがままなどかわいいものじゃ!」
「ほんと?」
「ほんとじゃ!」
『じゃあ、好きって言って』
「ああ、好きじゃ!儂がクロエを嫌うはずが……あ!?」
やられたわい……!!
「ドーン!今ちゃんと私、魔眼使ってたよね!?御爺、私のいう事聞いたよね!?やったー!魔眼成功したー!御爺ざまぁー!!」
……ふふっ、やりおるの。
まさかこういう手に来るとはのう。
いつも「踊れ!」しか言わんかったからか、油断したわい。
幼くとも女は怖いという事かの?……いや、儂が甘いだけか。
不安な気持ちが嘘じゃと分かってホッとしとる儂も、ただの孫バカよの。
呆れ半分嬉しい半分の微妙な顔ででクロエを見ておったら、視線に気付いて急にしおらしくなりおったわ。
「……ごめん御爺。やっぱ無効かな?ずるい事してごめんね」
……くっくっく。
全くこの孫は、どこまで計算なんじゃかの。
色んな意味で、まだまだ当分目が離せそうにないわい。
「約束は約束じゃ。そういう戦略も必要よの」
「ほんと!?ありがとう御爺!愛してる!」
「こういう時にしか言ってくれんのじゃからのう、もう」
「そんな事ないよ!お詫びに私のおかずちょっと上げる!」
いらんわい!と言おうと思ったが、仕返しにメインのシャモンを全部食べてやった。
地獄の底から響いてきそうな声で恨み言をいうクロエ。
そんな孫が可愛くて、思わず笑ってしまう儂。
儂もクロエも、まだまだじゃの、ふぉっふぉっふぉ。