第十九話「歩く本棚とチョコタルトとメガネ」
「お城では本棚も歩くんだねえ、ミルカ」
「え?お姉様何を……ああ」
遠くに見える本棚を指さすとミルカもそれに気付き、教えてくれた。
「あれは本棚が歩いてる訳ではありませんお姉様。本棚を背負ってる人が歩いてるんです」
「ですよね」
そっかー流石に本棚は歩かないよね。うん、知ってた!
いやあでも魔法もあるし、そういう事があってもおかしくはないと思うますの。
「あの方は……例の学園の先生で対策委員会のメンバーでもある、シーダ先生ですねきっと」
そんな説明を受けていると、本棚さんも私達に気付いたようでこっちへ歩いてきた。
確かにそれはでかい本棚を背負っただけの人だったけど、驚いたことにその人は結構華奢な女の人だった。
でかい本棚とのギャップで違和感がハンパない。そもそもなんで本棚背負ってんだろこの人……
「ごきげんようミルカ様。お久しぶりですぅ」
「ごきげんようシーダ先生。相変わらず重たそうな本棚を背負ってるんですね」
いつも背負ってんだ。
「強化術式を使ってますので、見た目ほど大変では……あ、ええっと、そちらの方は……あ、失礼しました!クロエ王女殿下ですね!」
慌てて頭を下げようとして本棚が上から降ってきた。
それどっかでみたネタだ。私はマンガに詳しいんだぞ!
ミルカを抱えて間一髪避けたけど、先生は気付かず頭を下げている。この人面白い。
んでもこれ、周りの人は止めないのかな。めっちゃでかい本棚だし、壁とかこすりそう。
うちだと多分セバスさんが激怒して、出入り禁止になっちゃうお?
「頭を上げて下さいシーダ先生。出来ればミルカと同じように接してくれると嬉しいです。新米王女なのでまだそういうのに慣れなくて。後、本棚背負ったまま頭を下げると危ないですよ」
「……あっすいません!前にも怒られたのですが、いつも背負ってるのでどうにも忘れがちで……」
じゃあせめて鞄にしようよ。
と思うんだけど、ミルカは平然としている。
こういう人は珍しくないんだろうか……
「ええっと、なんでいつも本棚を?」
「え?ええ、最近私、学園の準備や対策委員会の会議等で資料の管理や色々やってるんですが、結構量があるので準備したつもりが抜けてたり、忘れたりとかがちょこちょこあったんです」
「なるほど」
「なので忘れないように、いつも全部持っておこうかと」
「なるほど?」
ま、まあいつも持っておけば忘れないしね!うんうん。
でももう少し扱いを丁寧に、ね?
「それで、学園の方はどうですか?」
「ええっと……難航してますぅ」
「そうなのですか……良かったら気分転換にお茶でもいかがですか?」
「あ、ありがとうございますぅ……!」
よほど切羽詰まっているのか、段々泣きそうになってきた先生。
まあこの後は予定もないし、愚痴を聞きながらマンガのネタでも頂くとしよう。
しかしなんか、妙に仲いいなこの二人。
という感じの視線を向けていたら、それを察したのか、ミルカが教えてくれた。
察し系女子、素晴らしい。
「お姉様、シーダ先生は私の元家庭教師なんですの」
「あ、そういう事なのね」
それでこんなに仲良さそうなのか。しかし若い先生だけど、王族の家庭教師やったり対策委員会にも入ってたり、実はすごい人なんだろうか。頭のいい人はへんなとこあるっていうし。
そんな失礼な事を考えながら、私達はわいのわいのと月影宮に戻っていった。
本棚はもちろんお城に置いてきたよ。
■ ■ ■
月影宮に戻った私達は、早速ミトさんにお茶と甘いお菓子をお願いした。
疲れてる時はなんといっても、あったかい飲み物とあまーいお菓子に限るのだ。
今日のお菓子はピュイスという果実を使ったケーキと、好物になったチョコタルト。やったぜー。
実はここに来た最初の日にもチョコタルトを食べさせてもらったんだけど、その時は「これがセレブ味……」と感動しつつも、なんというか苦みが強めの甘さ控えめのなんというか大人な感じのタルトで、正直いまいちだった。
でもなぜか数日後にまたおやつに出て来たチョコタルトはすごーく甘い、私好みのめちゃくちゃおいしいチョコタルトへと変貌していて、以来私のお気に入りの一つになったのだ。
これはきっと、心の中を読める魔法をもったすごいシェフがいるに違いない!
是非教えを乞わねば!
と私は大興奮。
この興奮を分かち合おうと横で煎餅をかじっていた御爺にも教えてあげたら、「そんな魔法、聞いた事もないわい」といい、めんどくさそうにお茶をすすっていた。
もうちょっとノッてくれてもよくないですか御爺様よ。
実際ちょっとほんとにあるかもしれないと思ったのに、現実って悲しいね。
まあそんな私オススメのタルトはシーダさんにも好評で、とても幸せそうに食べてくれた。
いつのまにか沈んだ表情も晴れ、とってもいい笑顔である。やっぱおいしいお菓子は偉大なのだ。
「それで、そんなに大変なんですか?学園の方は」
「あ!あの、はい……ちょっと愚痴っぽくなっちゃいそうですけど、いいですか?」
「先生のお役に立てるのでしたら、喜んでお聞きします!」
「私もマンガのネ……こほん、学園に興味がありますので、是非聞かせて下さい~」
本音が漏れかけたけど、ミルカにジト目で睨まれて我に返った。
いやあジト目のミルカもかわいいね。またやってもらおう。
「ありがとうございます!あの、なんでもいいので、思った事があったら教えてくださいね」
という事でシーダ先生の授業を拝聴。
その内容は、こんな感じであった。
現在この国には、日本でいう小学校のような学習施設はないらしい。
ならば「私、勉強したい!」っていう特殊な人達はいったいどこで習うのか。
まず一般的なのは、貴族なら家庭教師。そして一般の人はある程度裕福な家の子だけだけど、時間がある時に教会に行って教えて貰うんだそうだ。イメージとしては塾?寺子屋?に近い感じなのかな?
教会だから道徳的なお話もあるらしいけど、主に読み書きをボランティアで教えて、希望すれば簡単な算数も習わせてくれるみたい。
この辺が小学校的な役割を持ってる感じだ。
中学以上といえる学問の施設は、国内には現在三つ。
街にじゃなく、国にだ。意外に少ないんだね。
その施設の一つ目は『ガーベラス国立大学』
ガーベラス王国の最高学府で、ガーベラス国立病院と併設されている。
医学は勿論、魔法、法律、政治等、様々な分野の最先端知識を学べる。らしい。
二つ目は『貴族学院』
王立となってるけど、王族と貴族の出資によって運営される、名前の通り貴族の為の学校だ。
一般教養に加え、政治や軍学、作法等様々な事を勉強できるが、実質は若い貴族の子女たちの交流の場としての役割が大きいらしい。
ここで貴族同士が困った癒着とかして色々グフフとかいってるんだろう。
はーいやらしいいやらしい。
三つめは『高等商工学舎』
ここは国も関係しているが、街の各ギルドの共同出資をメイン資金として運営されている学校だ。
各分野のプロフェッショナルを育てる為の学校で、ギルドのお偉いさんの子供や見込みのある若者などが推薦されたり滅茶苦茶難しい試験をクリアしたりして入学する。
ここの卒業生はある意味将来が約束されていて、ギルドの幹部候補だったり大手の商家や工場の幹部候補として巣立っていく。
この三つを見ると、不思議な事に気付く。
教会や家庭教師、はたまた近所の物知りおじさんなりに基礎的な習い事をした人達が次に勉強しようと思ったら、次の三つという選択肢になる。
一つは貴族の社交クラブ予備校。
一つは商工会の職業訓練校。
そして大学だ。
つまり、中学や高校といった位置にある学業施設が無いのだ。
貴族が優秀な家庭教師に習えば大学受験もなんとかなるかもしれないけど、平民の子なんかはどこにも大学への導線が無い。
それが理由かは定かじゃないけど、最近になってまた新たな公共学業施設が建てられた。
四つ目となる予定である、『王立ガーベラス学園』だ。
その学園は魔術に関しては勿論、あらゆる分野の学問を学ぶことができ、これから国を背負っていくあらゆる人材を発掘、育成していく為の学園、という触れ込みで設立された。
大学に入る為の前段階としての学び場としての機能も合わせ、他の学院ではカバーできないあらゆる科目を揃えた最先端の学校……になる予定だった。
あいにくと現在は休園状態で、再開の為にシーダさん達が日夜奮闘しているという状況。
さて、その学園が休園となった理由は主に三つ。
一つ目、教師陣の不足。
当初最新の学園として最高の人材を揃えました!みたいなうたい文句だったけど、反対派等の貴族さん等の工作により予定人員が辞退する事案が相次いだ。反対派の中には一部豪商と呼ばれる方々もいたそうだ。
それにより高名な〇〇先生に師事を!と行きこんで入学した生徒達に不満がつもった。
二つ目、微妙な施設内容。
最新の学園という事と、国王自らが主導した事もあり、学園の造りやデザインは素晴らしい物になった。
でもいってみればそれだけで、なんかすごい施設や道具があるに違いない!と思ってた生徒達にまたも不満がつもった。
最後に、生徒間のいざこざ。
そういった色んな不満、身分差等が色々と重なった結果、それは生徒間の争いへと発展した。
大貴族の息子さん娘さんが平民出の生徒をイジメ始めたのをきっかけに(つぎはぎの服を笑ったとかそんな程度だったらしいが)色々な諍いが勃発。
一方的に平民側がやられたかというとそういう訳でもなく、平民とはいっても一部の生徒の親は下手な貴族よりよっぽど力を持った大商人やギルドの最高幹部等もおり、そういった生徒を中心に報復が始まった。
そういう力を持った親がいる事で教師陣も仲裁に走ったはいい物の諫めきれず、事態は収拾不可能となっていく。
その段で学園の緊急一時閉鎖が決定。
それぞれの生徒は一旦貴族学園、商工学舎へと編入し、再開を待っている。
そのまま帰ってこない生徒も多そうだね……
「……という感じで、主にその三つについて連日対策協議を行っているのですが、どの件についても有用な解決策が出なくて、今は雰囲気もぶっちゃけ最悪なんですぅ……」
話している内にお菓子の幸せ成分を使い切ったのか、シーダ先生はまた暗い顔になっていった。
まあぶっちゃけそのまま閉鎖した方がいいんじゃないかぴら。
「でもあのおっさ……国王陛下の権限でなんとかすればいんじゃないの?揉めた奴は処罰!とか」
「諍いを禁ずるという触れはありましたけど……生徒は多いですし、目の届かない所でやられる事も多く……それにあまり強権を使おうとすれば、必ず貴族からの反発が生まれますから」
まあ法律を強化しようっていってる本人が強権ドン!とかやってたらだめかあ。
でもだからこその法律なんじゃないかなあ……
「教師陣も今回の事で更に尻込みをされる方が増えてますので、呼び戻す以前に引き留める方でいっぱいいっぱいなんです。施設の方は大学関係者と協議はしてますけど、そちらもなんとも……」
「お姉様、何かいい案はありませんか?私はこういう事はさっぱりで……」
「いやあ、タルトおいしいね」
私だっていった事もない学校についてなんてわかる訳もないよ!
前世の記憶に何個か使えそうだなあって案はあるけど……うーん。
「教師に関しては私より御爺に聞く方がいいかも。ってあれ?御爺いない?」
最近仕事もせずに煎餅消化マシーンとなりはて、ユキちゃん以下の存在になりつつある御爺。
なのに、こういう時に限っていらっしゃらない。
ほんま御爺つっかえ!とか思ってたらひょこっと帰ってきた。
「おう、お客さんか。儂の事は気にせんでな」
と何か大きな袋を嬉しそうに抱えて、奥へと引っ込んでいった。
あの袋は多分御爺が最近ハマっている、フォスター堂の煎餅パックだ。
「なんか御爺は煎餅タイムっぽいから、後で私が……シーダさん?」
シーダさんは顔を真っ赤にし、尋常じゃない勢いでプルプルしていた。え?何が起こったの?
もしかして子供の頃に煎餅を買い占められた辛い思い出がよみがえったとか……
「フッ、フフフッフ」
「ふふふっふ?」
「フリード様……!!」
そう叫び、先生は動かなくなってしまった。
もしかして御爺になにかされたのかぴら……
なんとなく動かなくなったシーダ先生のメガネを外し、ミルカにかけてみた。
やっぱりメガネかけてもかわいい!とにっこりする私。
そんな私を見るミルカの目は、とっても冷たかった。
ごちそうさまです。