第十八話「ドレスを作りましょう」
自然を周りに残しながらも王国で最も栄える街、王都ルピス。
そしてその街の中心にあるガーベラス王国の主城、炎王城。
そこに、とある問題を抱える王女様がいました。
その問題とはーーー
「田舎臭い」
そう語るのは、今回の依頼者であるミルカ・ガーベラスさん。
問題の王女様の妹であるミルカさんは、悲しそうな顔で悩みを打ち明けます。
「お姉様はとても美しく凛々しいお方なのですが、そこはかとなく漂う……うう、私の口からはこれ以上いえませんわ!でも、お姉様はもっと輝ける筈なんです……!」
ガイアがもっと輝ける筈だと囁いている……
そんな悲痛な依頼者の叫びを聞き、一人の匠が立ち上がりました。
『美のファンタジスタ』ネム・ノキリナ。
彼女の提案するドレスは、常に時代の最先端を提示する。
その斬新かつ優雅なドレスの数々は、正にドレス界のファンタジスタ。
例え王族であれど無下には出来ぬ、ドレス界の至宝である。
更にメイク、トータルファッションにもその審美眼はいかんなく発揮される。
女性の美を百年進めたと称される、レディースファッション界のパイオニストと賞される女傑である。
そんな国内最高峰の匠の前に立ちはだかるは、ぷるぷると震える一人の少女。
その人物を前に、匠は戦慄するーーー
「くっくっく、面白い仕事になりそうじゃないか……」
匠の眼が、ギラリと光ります。
それは歴戦の戦士にも劣らぬ、鋭い物でありました。
匠の挑戦が今、始まります……!!
と、懐かしの某番組風のナレーションがいきなり始まった訳だけど、そのまんまの感じでミルカが発端でドレスを作る事になったのです。
始まりは国王のおっさんとお話をした数日後。
その日、私はユキちゃんにうずまったりしながら「どーすんべやー」とお部屋でごろごろしていた。
何かしなきゃと思っても、これといった案もでない。
夜会で紹介っていってたし、もうそのままなるようになれでいいんじゃないかなあとも思ったりするけど。
なんてだらだらと考えてた所へ、ドアを派手に開け放ちながらミルカが入ってきた。
こらこら、淑女はドアをバーンと開けたりしちゃ駄目ザマス。
しかしはて、今日はなんか約束あったっけな?
「お姉様!ドレスを作りましょう!」
「なるほど。いやです」
「なんでですか!?」
「いやだって、もう五着もあるんだよ?」
「まだ五着しかないんですか!?」
最初は不安や緊張であまり色々考えてなかったけど、ママンと仲良くなって落ち着いてきた私。
そうなると他にも色々と思う事が出てきたのですお。
「服なんて五着もあれば十分だよ。私もともと三着くらいを着回してたし」
「……フリード様!お姉様を庶民として偽らなければならなかった事は理解しておりますが、仮にも王女であるお姉様に一体どういう生活をさせていたのですか!」
「ちうても庶民はそんなもんじゃろがい……」
「お姉様は庶民ではありません!!」
まずこれ。
なんというか、隙あらば生活にお金をかけようとしてくるのだ。
ずっと御爺の財布を心配しながら(余計なお世話だった可能性は高いけど)自給自足混じりにやってきたのだ。急に贅沢しなさいといわれても結構困っちゃうのデス。
作ってくれるドレスはどれも綺麗だし、クリノリンやバッスル(スカートをふくらませるアレ)なんかは入ってないから思ったよりは着やすいから悪くはない。
それでも着るのも脱ぐのもメンドクサイし暑苦しいし、ドレスを作るのはここじゃなくてわざわざ本城のドレス室にわざわざ行かないといけないのもいやなのだ。
もうほとんど気にしなくなったけど、やっぱりいやな視線はたまに感じるんだよね。
そんなのより、メイド服を作って欲しいな。
密かに着てみたいとずっと思ってるし、あれを着てのお掃除はとっても楽しそう。
煙突を掃除したり、玄関ドアで貴族のぼっちゃんを攻撃したり、忘れ物の手袋を届けて恋に落ちたりするのだ。
「……聞いてますか!?お姉様!」
「え?ええ、先生によろしくと」
「なんの事ですかお姉様!」
普段はかわいいミルカだけど、こういう事にはなにかとうるさい。
なんか使命感みたいなのすら感じる。
私が普段着にしている森の家時代の服もなんとか処分しようとしてくるし。
でもこういうの、着やすいし楽でいいんだよ?
「あ!そうではありませんお姉様、今日は夜会用のドレスです!」
「夜会用」
夜会用にドレスを新調。
このセレブ感よ。
■ ■ ■
そういう感じでお城に連行された私は現在、すごい眼ぢからのある匠に睨まれてぷるぷると震えているという訳です。いやまじですっげー目が怖いんだけど、あれ魔眼じゃないよね……?
「あ、あの、てきとーでいいですよ……?」
「何をおっしゃっているのですかお姉様!お姉様の記念すべき第一回目の夜会なんです!ご自身が放つ輝きで相手の目を潰すくらいでいいんです!」
「わあ斬新」
まあお母様の輝きはもしかしたら潰せそうな気はしたけど。
「ふふふ、まあそう固くならないでくれクロエ様。悪いようにはしないから安心して覚悟してくれたまえよ!」
「服を作る前に聞くセリフとは思えないんですが……」
とりあえず猛者感がはんぱないネムさんに身長、体重、肌の色、質、髪の色と状態、他様々なデータを取られ、そのデータを元に早速デッサンを描き始めた。
助手っぽい方もいたようで、ネムさんの指示の元、作成の準備にかかり始めた。ネムさんと対照的にめっちゃ静かな感じの人で気配まで薄かった。こっちの人の方がいいなあ……
「クロエ様、お茶をどうぞ」
「あ、ありがと」
この異様な空気の中、ミトさんはいつも通りの平常運転。
実にクールでびゅーちふる。見習いたいね。
何枚かデッサンが終わったらしいネムさんと助手っぽい方、そこにミルカもいつのまにか加わって会議を始めていた。
なんとなくその会議を盗み聞きしてみると、
「クロエ様はお顔は大変可愛くそれでいて凛々しさもあり、パーツひとつひとつみれば素晴らしい」
「でもなんで全体で見るとなぜか野暮ったくなりますわね……」
「そしてどことなく醸し出されているカッペ臭……」
「お姉様は苦労なされてきましたから……」
三人の話の内容は大体そんな感じだった。
もうちょっとオブラート厚めにした方がいいと思います。
本人がここでお茶飲んでますよ?
……まあ私は自分でいうのもなんだけど、確かにけっこー母似でかわいいのだ。
でも長年庶民として暮らしつつ、更に御爺の加齢臭等を身近で浴び続けた結果、かわいいけどどっか田舎臭い雰囲気を醸し出す王女となってしまったのですよ。
という事を前に御爺にぐちったら無言でほほをおもっきり抓られたけど、私は悪くないもん。
とりあえずなんとなくそんな事を考えたり自分の匂いを確認してみたりしながら、どこかワクワクしながら待つ私。
まあなんだかんだいっても、こういうのはやっぱ嬉しいよね!
■ ■ ■
最初のデータ取りから、実に五時間。
ドレスの仮縫いまで終わり、ついでにサンプルとして持ってきたアクセでごりごりに盛られてメイクまでばっちり決められ、ついにアルティメットクロエは完成した。
勿論レア度はURだ。
髪の輝きもママンに劣らないレベルの輝きで、ついでに全身いたる所が輝いている。
これはもしかしたらLEDが仕込まれてるかもしれませんね。
「相変わらず素晴らしいお仕事です、師匠」
「とっても綺麗ですお姉様!」
「む?目が死んでるぞクロエ様!もっと喜びたまえよ!」
勘弁して下さい……五時間は予想外でした……!
普段の五倍の時間が掛かり、流石にぐったり。
テンション高めなネムさん達も同じようにお疲れのようで、ご飯にしましょうと提案した。
食事は既にミトさんが手配していたらしく、隣の部屋に移動するとテーブルなどがにセッティング済みで、料理もすぐに運ばれてきた。
私にはもったいないくらいの有能さでございます。
そういえば前世の私はよく「有能な秘書兼メイドが欲しい……」なんて死んだ目で呟いてたな。
やったね黒奈ちゃん!来世で夢が叶ったお!
料理のメインはシャモンだった。この魚、実は貴族の間では殆ど食べられていないらしく、最初に食べたいといった時は驚かれた。
ないなら釣ってくるよ!と宮殿をでて釣りに行こうとした所で止められたけど、その後仕入れてもらってみんなにも食べて貰ったらとっても好評で、それ以来ちょこちょこ出てくるようになった。
お母様やミルカもお気に入りだ。ネムさんも気に入ってくれるとうれしいな。
「ほう、シャモンかね」
「知っているの……ですか?ネムさん」
おっと、脊髄反射でネタが出そうになっちゃった。
ジャンプは名言が多すぎて日常会話かネタかたまに分かんなくなっちゃうよね。そゆのない?
「ああ、貴族の食事の席で見るのは珍しいな。やはり庶民の生活の頃に知ったのかい?」
「うん、よく近くの川で釣って食べてたよ」
「ほう……それはかわいいな!」
どこにかわいいポイントあったんだろうかと不思議に思ってると、
「釣りと少女。次のテーマはこれでどうだ?」
「素晴らしい提案です師匠。魔眼を際立たせ、少し憂いを帯びた雰囲気にすれば……」
「お前……天才だな!」
という謎の会話を始めた。
なんだこの会話。
「ネム様は有名な人形愛好家でもいらっしゃいますので、その事でしょう」
「知っているのかミト」
どうも私を人形にしたいらしく、なんかしばらく二人で盛り上がっていた。
幼女の人形化について白熱する戦士達。闇の深そうな世界です。
その流れで熱い人形談義なんかも聞かせてもらい、人形が出来たら見せてもらう約束で人形制作も了解したら、早速作成に取り掛かるという事ですごい勢いで帰っていった。
「なんだか面白い人だったね」
「はい、凄いお方なのですが気さくで話しやすくて、私もたまにお願いしてるんです」
「また人形も見せてくれるし、その時にまたゆっくりお話しさせてもらいましょ」
「はいお姉様」
「んじゃ私達も戻ろっか」
お茶を飲み終わった私達も、おうちに戻ろうと部屋を出て入口へと歩いていく。
そして入口に向かう途中で、またも謎の歩く本棚を発見した。
お城ってよく本棚が歩いてるんだなあ。流石王城だ。
そんな事で感動する私を、ミルカは不思議そうにみていた。