第一話「かくて謎の記憶と共にマンガ道は始まり」
「うあああぁぁ!!」
「クロエ!起きたか、大丈夫じゃ。大丈夫じゃぞ」
恐ろしい夢を見て、私は飛び起きた。
目の前に御爺がいて、思わずしがみついた。
「悪い夢でも見たのかの?」
「し、知らない、知らない人がいるの」
「知らない人?ここには儂とクロエとユキしかおらんぞ」
夢じゃない。
私の頭の中に、突然わいた記憶。
知らない世界の、知らない人の記憶。
「分かんない、怖い、怖いよ御爺」
私は必死に御爺にしがみついた。
「アナタは誰なの!!」
そこで再び、私の意識は途切れた。
■ ■ ■
それからしばらく、私はおかしくなりそうな頭で必死に考えた。
突然わいた記憶、鈴原黒奈という人の事を。
度々訳が分からなくなり、叫び、暴れ、気付けば漏らしていた事もあった。
そんな私を御爺はいやな顔一つせず、看病してくれた。
この人は、前世の私なんだろうか。
でも、この世界の過去とは思えない。
私の妄想?
そんな訳はない。
それはあまりにリアルで、知らない事だらけで、膨大だった。
ワタシは転生したのか。
ではこのクロエというのは誰なんだ。
私は私。
じゃあワタシは?
そんな事を、ベッドの中で考え続けていた。
■ ■ ■
謎の記憶が頭に広がったあの日から、しばらくの日が過ぎた。
「クロエ、調子はどうじゃな?」
「うん、だいぶいいよ。ごめんね御爺」
「ふぉっふぉ、クロエが笑いながら小便を垂れ流して走り回った時は流石にびっくりしたわい」
「それはもういわないでって、何回も言ったよねぇ?」
調子はだいぶよくなったけど、私は相変わらずベッドの上で過ごしていた。
一生の不覚をとってしまったダメージもあるけど、まだちょっと起きるのは辛い。
ぷいっと顔を背け、再びベッドに潜り込む。
結局私はこの記憶を、前世の私だと思う事で折り合いをつけた。
なんともおかしな話だ。
言葉も文化も顔立ちも全く違う、しかも過去というよりは未来といえる世界だ。
魔人領でも獣人領でもないだろう。
深く考えたらだめだ。
どうせまたおかしくなって御爺を困らせる。
それに、悪い事だらけでも無かった。
「まあ元気でいてくれるならなんでもいいわい」
「ふふ、愛してるよ御爺」
「む?今度は何が欲しいんじゃ……?」
「アタイ、ダイヤのネックレスが欲しいワ」
「クマンゴくんで我慢せい!」
私のベッドには、御爺が魔眼成功のお祝いに渡そうと準備していた、クマンゴくんという名前のぬいぐるみが一緒に寝ている。
きゅっと抱きしめ、思わずニンマリしてしまう。
前世を知って、色々と分かった事がある。
例えば、私はとても恵まれているという事。
前世に比べると、今の世はとても不便だ。
テレビも洗濯機もエアコンもガスコンロもパソコンも無い。
一体地球に何があったのか、そもそもこの星は地球なのか。
ともかく文化的には著しく退化している。
それでも私は恵まれている。
何に?家族にだ。
前世のワタシは世に何も希望はなく、でも死ぬ勇気も無く、不満と怒りにまみれて生きていた。
そして特にドラマもなく、あっさり死んだ。
家族に愛されず、人に愛されず、自分を愛せず、他人も愛せなかった。
ひどい人生で、寂しい最後だった。
今は違う。
私は御爺とユキちゃんの愛情を受け、幸せに過ごしてきた。
前世の記憶がなければ、こんなには分からなかったのかもしれない。
愛情をそそいでもらえるという、幸運と幸せを。
「ん?どうしたクロエ」
ほら、今も心配そうにこっちを見てる。
心配かけてばかりだけど、それがとても嬉しい。
「御爺、あのね……」
「ん?」
「私、前世があったみたい」
■ ■ ■
やっとベッドの重しになる生活も終わり、以前と同じような生活が始まった。
違いは勉強のレベルが少し上がった事と、暫く話題が私の体調と前世についての事ばかりになったくらいかな。
「んで、ニホン?という国はどんな国なんじゃ?」
「んっとね、鉄の塊が空を飛んだり、こんな小っちゃい機械で隣の国の人とでも話が出来たり、ボタン一つで国が一つ消滅する武器があったりねー。あ、その武器は日本にはないか」
「いつのまにか年寄りを騙す悪い子になって……じいちゃん悲しい」
「ほんとだってば!」
まああんまり信じてもらえないけど。
でも御爺もやはり研究所勤め。便利道具については色々聞かれた。
スマホ、パソコン、カラー印刷、エアコン等々。
いつか作ってくれれば私も嬉しい。
でも御爺の一番のお気に入りは、試しに作った将棋もどきだ。
どんな世界でも、じーちゃんというのは将棋が好きというのは変わんないらしい。
後はだいたい、今までと変わらない生活を過ごしていた。
それまでの私の世界は、この家とその周辺にある森や川が全てだった。
森の中にある広場の真ん中に、ぽつんと建っている麗しの我が家。
黒い毛玉の謎生物が大量に隠れてそうな家だが、割としっかりしててこじゃれた感じの木造住宅だ。
家の中も、御爺の趣味なのかやたらかわいい食器や小物が揃っている。
私に合わせてくれたのかな?嬉しい話だ。
この地域は気候も穏やかで過ごし易く、近くには綺麗な川が流れている。
お魚もいっぱいいて、たまに御爺やユキちゃんと釣りに行く。
シャモンやアルイユ、クルピス等、色んなお魚が釣り放題。
でも悲しいかな、ご近所さんは驚きの0軒。
この家は深い森の中にあるらしく、ご近所さんは動物さんか虫さんしかいない。
はたから見れば、魔女の家って感じなのかな?
ユキと庭でじゃれたり散歩したり川に釣りに行く以外は、だいたい家にいた。
たまに御爺が本とかぬいぐるみを買ってきてくれると、いつも大はしゃぎだ。
森を抜ければ割とすぐ街はあるらしいけど、そんなに行きたいという気持ちも無く、はっきり言えばその生活に満足していた。
生活は変わらない。
でも前世の記憶の影響で、ひとつの強い欲求が生まれてしまった。
「うー、マンガ読みたいよおぉ……!」
鈴原黒奈は結構な漫画ヲタクだった。
ラノベやアニメも好きだったけど、それは漫画からの派生という感じで、基本はマンガだ。
彼氏彼女の事情にハマり、手塚神に出会い、松本大洋に驚愕し、羽海野様を教祖と崇め、路地恋花の世界に焦がれ、西原漫画で笑い転げ、スーパーくいしん坊に戦慄した。
マンガは生きて行く上での、重要な糧だった。
でもこの世には手塚神も羽海野様も居ない。
ラノベもアニメ会社もない。ルルもいない。
私ももう、御爺の買ってきてくれる本だけでは物足りなくなってしまった。
最初は我慢していた。
相変わらず、なんて事のない出来事が楽しいし、ユキは可愛いし、御爺は大好きだ。
前世には存在しなかった、くすぐったいような温もり。
いい人生だとはっきり言える日々。
将棋もどきを御爺と指したり、ユキちゃんとフリスビーしたり、楽しい事は多い。
でもやっぱり、それはそれ。
マンガを見たい欲求は常にあった。
ノーマンガ・ノーライフ。
そしてとうとう我慢出来なくなり、「街に行ってみたい!」と御爺にお願いしたのだ。
主な目的は本屋さんだが、そこにマンガやラノベやDVDが無いのは勿論分かっている。
目的は、この世界に漫画文化を広める為の調査。
無いなら作ればいいじゃない。
私がこの世界に、アキハバラを作るのだ!
……なんて大それた事は考えてはいないけど。
でも地球にはメイドの猫娘がアキハバラを作ったという伝説もある。
なら私にも出来る可能性はある。かもしれない。
ならばやるしかない。
それがきっとシュタインなゲートの選択なのだ。
けど、大きく立ちはだかる問題があった。
私は現在、とある法律によって、自由に外を出歩けないらしい。
それについて説明すると、まず私が魔眼の持ち主である事が関係する。
遺伝や血筋は関係ないらしいけど、私と御爺はどっちも魔眼を持っている。
先天的な物で、特徴として魔眼持ちは全員瞳が金色だ。
私と御爺も勿論おそろいで、二人とも金ピカおめめである。
それはいい。
とってもいい。
でもそれに関する法律が問題だった。
やっかいな事にこの国では、
『魔眼を持つ者は、その制御において正式に認可を受けるまでは、認定の魔眼育成士、並びに面会許可を受けた者以外への接触を禁ずる』
という法律があるというのだ。
まあ聞けば聞くほど危ない物だし、納得はしてるんだけどさ……
そんな危険物扱いな魔眼。
それを持って生まれた子は、本来は教会にある魔眼持ちの為の施設で過ごさなきゃならないらしい。
んだけど、御爺も魔眼持ちであり、そして魔眼の教育資格を持っていた。
なので私は魔眼持ちではあるけれど、施設に行く必要が無く、実家でぬくぬく育てられたのだ。
結論。
外出の為には、私の魔眼の育成士でもある御爺に『認可』を貰わなければならない。
私に甘い御爺でも、そこはやはり甘くないみたい。
なので、認可を出せるようになるまでは、外出は不可という事だ。
という事で、私は外出の為に日々奮闘している。
魔術や教養、作法等、他にも覚えなきゃいけない事も多い。
あ、魔術は別に魔眼と違い、認可は必要ない。
御爺の方針で、全てをバランスよく修得していく事が大事!という感じだ。
ダンスやら教養やらは本当に必要なのか疑問だけど……
魔術の修得は望むところなので、問題ないけどね。
色々忙しいけど、その分マンガ欲も紛れて、これはこれで充実した日々。
遊べる時間が少し減って、ユキちゃんがちょっと拗ねぎみだけど……
空いた時間はなるべくユキといるようにしたら、機嫌を直してくれた。
「ユキちゃんはなんでこんなにかわいんだろうね~」
思わず顔をうずめてクンカクンカしたら犬臭かった。
今日はお風呂ですね!
感想等良ければお願いします