第九話「教会にて」
どうやら御爺の声は、幻聴では無かったらしい。
眼を覚ました私は、ふかふかなベッドの上で寝ていた。
「よかった……」
死なずにすんだんだ。
まだ生きていける事に、自分でもびっくりする位安心している。
「わふっ!」
「ユキちゃん!?」
ユキちゃん!生きてた!
思わず抱きつきクンカクンカ。
ちょっと犬臭かった。
なんかデジャヴだ。
「ユキちゃんお風呂は……っていうか、ここどこ?」
「おはようございますクロエ様」
「ふぉっ!?」
私達だけかと思ったら、見知らぬお姉さんが顔を覗き込んできた。
なんというか、気配の薄い美人さん……ええっと、どういう状況なの?
「おはようございます。ええっと……?」
「私はリティカ。リティカ・クアッドと申します。そしてここは白人教会のガーベリア本部ですよ。あ、魔眼の防護もしてますので、こっちを向いてもらって大丈夫です。体の調子はいかがですか?」
「え?あ、はい、ちょっとけだるい感じです……」
「ん、一応確認しておきますね」
教会……?御爺が来てくれたと思ったけど、姿はない。
あれこれ考えてる内に色々触診され、更に魔法で何かされた。
御爺もたまにやってるけど、何をされているかはよく分からない。
でも、なぜか気持ちは安らぐんだよね。
「取りあえず大丈夫のようですね。ですが治癒魔法と出血による疲労がまだあります。当面は安静にして、ゆっくり休んで下さいね?」
「は、はい。あの、御爺……ギベルはどこですか?」
「あ、そうでした!すぐに呼びますね。御師匠様は今、事件の後処理で王城にいますので」
ああ、そうか。そりゃ大事件だよねあれ。
一体どうなってんだろ……
リティカさんはなんか知ってそうよね。
……ん?師匠?
不思議に思いリティカさんを見ると、丸い宝石のような物を耳に当てていた。
突然波の音とか聞きたくなったんだろうか。
あれは貝殻だっけか。
「あ、もしもし御師匠様。クロエ様が御目覚めに」
(すぐにいく!!)
「すぐ来るそうです」
「電話かよ!!」
まさかのケータイに唖然としてる間に、リティカさんがお茶を淹れてくれた。
取りあえず一口飲んでホッとしたくらいで、バーンと御爺が飛び込んできた。
御爺の速さにも唖然とした。
「クロエ!なんともないか!?」
「うん。やっぱ御爺が来てくれたんだ。ありがと」
「そんなのは当たり前じゃ!どこか痛む所はないか!?」
「御爺落ち着いて。大丈夫」
「そ、そうか……ふうぅ、リティカ、儂にもお茶じゃ」
「はい御師匠様」
あ、そういやさっきのケータイボールにびっくりして飛んでたけど、師匠?
御爺の弟子は私だけなんですけど?
「御爺、なんか師匠っていわれてるけど、なんか弱みでも握ってるの?」
「なんでじゃ!まあ基本あんま取らんのじゃがなぁ。あ、お前の方が姉弟子じゃし、パンとか買いに行かせてもいいんじゃぞ?」
「買いに行かされる未来しか見えない」
「あらあら、では姉上の為にお食事を用意致しましょう」
「すんません……」
御爺のウザめな振りをさらっと流し、ご飯を用意してくれるお姉様。
元気になったらパン買いに行きますね……
御爺曰く、なんとリティカさんは私の護衛候補だったんだとか。
あんな優しそうで華奢な感じなのに、お強いのかぴら。
「まあ間に合わんかったがのう……」
「間に合ったよ」
「ふぉっふぉ、そうかの」
「そうだよ」
私生きてるしね!
ユキちゃんも生きてるし、ばっちりだ。
「まあさて、クロエも気になっとるじゃろ。一応少し、状況を話しとこうかの」
「あ、うん!」
「まずはの……」
御爺が言うには、駆けつけた時にはやっぱりみんな倒れてたんだそうだ。
今は治癒魔法で回復し、意識は取り戻してるらしい。
あのおばちゃんも私と同じく衰弱気味なので、少し待ってから詳しい聞き取りを始めるんだとか。
驚いた事に、罪自体はあっさり認めたそうだ。
妙に素直で逆に怪しいんじゃがの、と言って御爺は変な顔をしてた。
後、共犯であったメルティナの父、ゴーズ・グランタさん。
彼のの方は言い逃れしようとしたけど、屋敷にあった証拠でアウト。
最後には、執行には厳しい制限があるらしい魔眼を使われ、全て喋らされたらしい。
これで長年御爺や母(仮)を悩ませていた事件は、あっさりと終焉を迎えたんだそうだ。
今は詳細の調査を進めながら、処罰の内容なんかを検討中なんだとか。
私にとっては数日の事件だったのでなんとも言えないが、御爺は数年かけて掴めなかった事件だ。
さぞ拍子抜けしただろう。
「さ、食事の用意が出来ましたよ」
「あ、ありがとうございます!」
ベッド用のテーブルに並んだのは、優しい香りのするスープと、サンドイッチ。
すっごいおいしそう。
リティカお姉様……素敵ですぅ……
以前私が風邪をひいた時に御爺が作ってくれた物は、血の滴るような分厚いステーキだった。
それはそれで気持ちは嬉しいけど、やっぱ病気の時はこういうのだよ!うん!
我が家にはもっとこういう成分がいるよなあ。私も結構ガサツだし……
リティカさんとの結婚について脳内討論をしながら食べてたら、一瞬意識が飛びかけた。
貧血かな?
すげー流れた気がしたもんねえ。
しんどいならそう言えと御爺に怒られながらもなんとかご飯を食べ、再び横に。
いつもはベッドではあれこれ考えるが、そんな間もなく私はすぐに眠りについた。
眠るまで御爺が頭を撫でてくれた。
■ ■ ■
それから数日、私は教会でゴロゴロニートを満喫していた。
御爺は連日お城へ事件の後始末に出かけている。
私は体が重く、まだ上手く動けない。
そんな私を、リティカさんはイヤな顔ひとつせず世話してくれた。
最初は色々遠慮してたけど、優しく微笑みながらご飯を作ってくれ、暇そうにしてればお話をしてくれ、マンガの話を楽しそうに聞いてくれ、ならばとおススメの本を貸してくれ、いつのまにかお茶とお菓子も用意され。
ユキちゃんも綺麗に体を洗ってもらい、ブラッシングしてもらい、おいしいご飯を出してもらい、散歩にも連れてってもらい。
気付けばわずか数日で二人とも、リティカさん無しでは生きられない体にされてしまっていた。
恐ろしい。全くもって恐ろしい話だ。ほら、絶妙なタイミングでおやつが出て来た!ムシャムシャ。おいしいです。
これが理想のヒモ生活ってやつなのね……
そんなダメ人間製造機であるリティカさん、実は教会では若くして司祭の地位にあるらしい。
お世話上手で仕事も有能で美人。全く恐ろしいです結婚して下さい。
そんなダメ人間状態を満喫してた私だけど、流石にいつまでもという訳にはいかない。
大分調子も戻った所で、私は血涙を流しながらも日常に復帰し、部屋の掃除なんかをし始めた。
まあ殆どする事なかったけど。
そんな折り、改めて御爺が私の救出劇を詳しく話してくれた。
私が襲撃を受けていたあの日、御爺は丁度護衛を決めたらしい。
それがリティカさんだ。
王国関係者もまずいが、教会関係者もよくない。
そう思っていたが、そうも言ってられなくなった。
そこで教会関係者だが腕が立ち、女性であるという事もあって、リティカさんに護衛を依頼。
快い了承を得れ、私に早く知らせてやろうと早めに帰宅。
帰った我が家はぐちゃぐちゃで、誰もいなかった。
すぐに事態を悟り、そして御爺ブチギレ。
とって返し、一番の情報源であろうメルティナの父、ゴーズ・グランタの屋敷を襲撃。
そのグランダとかいうおっさんから私の居場所を強引に聞き出し、すぐにその現場を急襲。
中に入ると人気はなく、調べ回ると地下への入り口を発見。
その地下で、縛られた私と、倒れて動かない人達を見つける。
倒れている人の中にメルティナもおり、色々不思議に思いながらも私を教会へ搬送。
因みにメルティナ軍団を倒してくれた勇者様は、まだ見つかっていないらしい。
ふむ。
もしかしたら助けてくれたのは、目立ちたくない病を患った転生者かもしれないな。
なんかチートでも貰ってハーレムでもやってるんだろうか。
私は年齢的にダメだったんだろうか。
ハーレム要員はいやだけど、是非ともヲタ知識を世界に広めて欲しいもんです。
どうせ転生勇者なんて全員ヲタクだろうし!
「んふふ、ありがとう御爺」
「ふぁっふぁっふぁ、余裕じゃて。あーそれとのう……」
「ん?」
「事件の調査も進んどるんじゃがの。それで、クロエの話も聞きたいっちゅう事になったんじゃったわい。めんどいじゃろうがの」
「しょうがないよ。でもこれで引っ越ししなくてよくなったね!サラバ海辺の街……」
前世の知識の影響だけど、西洋な世界=海辺の街が素敵!みたいなイメージがあるのですよ。
まあ西洋っていうか、エルフの世界って感じだけど。
街でも思ったけど、ガーベリア王国の人達ってエルフ感がぱないんだよね。
私の顔も、そう気付いてからはエルフにしか見えないし。
「いや、引っ越しはする事になるじゃろう?」
「え?海辺の街?」
「海辺?いや、だってお前王女じゃもん」
「はは、わろすー」
いやワロえない。
そういやそうだった、あたいってば王女なんだった。
いや忘れてた訳でもないけど、どうもピンとこないしなんか嘘っぽいというか。
「御爺も一緒に来てくれるよね?」
「ふぉっふぉ、勿論じゃ」
「ならいいや」
王族とか不安しかないけど、まあしょうがない。
ちょっとだけ憧れるとこもあるしね!
まあそんな事より何より、アレですよ。
聞きそびれてたけど、まるいアレですよ。
「それよりも御爺、電話作ったんだね!」
「ふぉ?おお、あれか」
「私も使ってみたい!」
「ダメじゃ」
「なんだとぉ……」
いきなりの拒絶に思わず「私と電話とどっちが大事なのでござる!」と叫びそうになったが、何やらよく聞いてみると、あのまるいアレは大変危険なアイテムであるらしい。
声を魔力で運ぶというよく分かんないシステムで作ってみたという魔力電話。
出来たはいいものの、その消費魔力が尋常ではないらしい。
尋常じゃない魔力を持った御爺や、そこまでではないものの膨大な魔力を持つリティカさんですら近距離通話がやっとで、もしそこそこくらいの魔力持ちがうっかり遠距離で話したら、それだけで死んでしまう可能性があるらしい。
通話料金が自分の命とか、意味が分からない。
なんつう物を作ったんだ御爺……
あ、でも考えてみたら前世のパソコンだって、元は部屋一個埋まるくらいのデカさで、通信量も激しょぼ、通信速度も亀だったのだ。
それがスマホでネトゲが出来ちゃうくらいまで進化した訳で。
つまり、これは偉大なる第一歩目の電話なのだ。
電話の仕組みなんて全くわかんないけど、もしかしたら魔力のあるこの世界では魔力電話が発展するのかもしれない。
魔道具にしてバッテリーみたいに魔力をためて置けば普通の人でも使えそうだし……
更には、魔力通信でパソコンが出来るかも……
やばい、私の世界に2ch出来ちゃうかも。
「クロエ」
やばいわー、モジョ板に張り付く日々始まっちゃうわこれー。
最終的には王国民総スマホ時代きちゃうわこれー。
アプリで大儲けだわークロエ困っちゃうにゃーうひょひょーい!
「クロエ!」
「ひょいっ!?」
おっと、すぐに自分の世界に行っちゃう癖はよくないね。
どうも前世から継がれた業のような気がするけど。
「ごめんごめん、何?」
「うむ。王城にはどっちにしろ行かんとならんしな。認可式やるぞい」
「認可式……?あ、魔眼の認可式!えっ!?私もう認可取れるの!?」
「うむ。というか、かなり前から余裕で取れるレベルじゃったわい!」
「なんだとぉ……!?」
なんで威張ってんだこの御爺は!
いやまあ確かに事件が解決しなきゃ、認可なんて出せないよね確かに。
しょうがない、許してあげましょう。
……ふへへ、つまりこれで大手を振って本屋巡りできちゃう訳だ!
ん?でも王女とかだとどうなんだろ。
まあミルカもうろちょろしてたし大丈夫か。
あ、ミルカ今どうしてるのかな……
「大分調子も戻ったようじゃしな。数日後にはやるぞい」
「分かった!何か準備する物はある?」
「特にないの。まあ一応の晴れ舞台じゃし、かわいい服を用意しとくわい」
「あざーす!」
「あざーっすってなんじゃい」
そんな訳で、とうとう私も一人前の魔眼持ちとなる事になった。
この年で認可を受けれるのは結構まれなんだとか。
ふふふ、頑張ったからねー。
まあ前世の記憶に助けられたのもあるけど、素直に喜ぶとしましょう!
やったぜー!