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青春は初恋のはじまり  作者: 長野智
■第1章
9/43

9,六回目 朝

 




 

 おはよう、と言った後、顔を上げた私の表情を見て、絢芽が口を閉じた。

 いつもの駅前のいつもの時間。やっぱり先に絢芽が立っていたらしく、私を見つけて駆け寄ってきてくれたらしい。どれも曖昧な表現なのは私が足元を見て歩いていたために気付かなかったからだ。

「……えーっと……大丈夫?」

「おはよう絢芽……大丈夫じゃない……」

 肩を落としながらも改札を抜けて、もう慣れたようにホームへと向かう。

「あー、そっか、今日から三島さんと帰れないから寂しいんだ」

「それもだけどそこじゃないー。……今日から理久が迎えに来るって」

 そうなのだ。

 今朝、私と妹と両親で朝食を食べていると、気だるそうに理久が起きてきた。これはいけないと逃げるように口にご飯を詰め込んでカバンを持ったまでは滑らかだったのに、朝の挨拶も忘れた理久に「おい待てブス」ととても面倒くさそうに呼び止められた。しかし負けないようにと聞こえなかったフリをしてリビングを出て、駆け足で玄関にやってきたところで、やたら不機嫌そうな理久が乱暴に腕を掴んできたのだ。

 そして、

「ブスの一人歩きは迷惑かけんだから、ぜってー逃げんなよ」

 なんて、私からすれば呪いの言葉とも思えるそれを低い声で言い切った。

 ――――まったく悪夢だ。

「憂鬱だよー……」

「うーん……理久くんはアレだよね。ツンデレのデレがないやつ」

「それただのツンだよ。それにツンデレは愛があるけど、理久は愛がないの」

「うぅぅーんん……」

 何故か唸る絢芽は、難しそうな顔をして頭を抱えてしまった。

「理久くんの場合はさ、言葉面だけを見るんじゃなくて、内側も考えてみるといいのかも。ほら、あの子照れ屋さんだから、きっと素直に言えないんだよ」

「そんなことない。私は小さい頃からいじめられてきたんだから分かる」

「そうだよねえ、長年のものがあるよねえ」

 そこなんだよねえー、とため息混じりにそう言って、やってくる電車に気づいた絢芽はそちらを眺める。どこか嬉しそうなその横顔に、本当になんとなく、金好さんと会うの嬉しいのかな、なんて思い浮かんだけど、きっと言ったら否定されるだけだろうから言葉にはしなかった。

 そうして、本当に自然と、一瞬だけ三島さんの顔が浮かぶ。あの電車に乗っているのかな、なんて。




「おっはよー、二人ともー」

 いつものように手を振ってくれた加賀さんに歩み寄って、もう見慣れた三人に私と絢芽で挨拶をする。ここ最近ではもう最初ほどの緊張もなく、絢芽も私も、全員と普通に会話が出来るようになった。最初は怖かったけれど、今になってみれば本当に良い出会いだったのだろう。あのまま異性が苦手では、きっと社会に出ても大変な目にあっていたはずだ。


「わー、二人とも生足になったねー」

「基樹、おまえは本当に言い方が悪い」

 三島さんが加賀さんを軽く小突いて、加賀さんが「本当のことだろー」と三島さんに言い返した。

 実は、少し温かくなってきたために黒タイツを卒業したのだ。とはいえ本当に少し温かくなってきただけだから全然寒いし、それでもこれに慣れないと月末に突然タイツを卒業するのは無理である。

 そんなことを絢芽も考えていたらしく、じゃあ明日から合わせて、なんて張り切ってタイツをやめた。

「絢芽ちゃん脚綺麗だね、さすが陸上部短距離選手」

「セクハラですよ金好さん。あんまり見ないでください」

 なんてやりとりをしながらも、金好さんはつつがなく絢芽を独り占めしようと少し離れる。とはいえ金好さんは私にも優しいから嫌な人ではなくて、絢芽と話すのが好きなだけなのだろう。

「あっれー、康介はなんか言わないの? ほらほら、万結ちゃんの綺麗な御御足(おみあし)ですよー」

「うるっせえな。俺はセクハラなんかしねえの」

「ほーんと、お堅いんだからなー。ただでさえ今日から放学で帰り別々なのに、ためらってる時間なんかないぞー」

 ニヤニヤとする加賀さんの言葉に、現実を再び思い出す。

 そうだ。今日から理久が、迎えに来るのだ。

「あー……今は大学のことだけ考えるわ……」

「なんだかんださー、康介は二年の頭から頑張ってたし、今だって学一キープなんだから俺はいける気がするんだけどなー」

「あのなあ、汐田商業の学一なんかしれてんだろ。もっとやんねえとダメなの」

「え、三島さんて頭良いんですね」

 まったく意外な事実にそんなことをつい言ってしまって、すぐに「すみません」と軽く頭を下げる。

 頭の良い人のイメージとかけ離れていたために、三島さんに対して頭が良いなんてことを思ったことがなかったのだ。

「いやいや、意外だよねー、分かる。康介ってこんななのにさ、なんだかんだ志望大学、射程範囲内なんだよー」

「え!」

「違う違う。めちゃくちゃ勉強したら誰だって点数は取れるようになるし、志望大にはまだまだ手え届かないから」

「先生はいっつも厳しく言うだけだよー、放学受けさせるのだって保険なのー」

 少し照れたように「余計なこと言うな」と加賀さんの頭をぐしゃぐしゃにしている三島さんは、加賀さんに認められていたのが嬉しいのか頬がほんのりと赤い。

 桐島国際大学に行きたいことについては聞いたけれど、二年の頭からコツコツと努力していたことは知らなかった。そしてその努力を無駄にすることなく、しっかりと実力に変えているのだ。目標に向かって着実に段階を踏んで、うんと遠くにあると思われていた理想を現実に変えつつある三島さんはすごくキラキラとして、眩しい。

 やっぱりとても格好いい人だ。

「隣の県に行っても俺たちのこと忘れないでね康介……!」

「行くって決まってねえし、忘れねえだろ。JRですぐだし」

「あ、そっか」

「それより、基樹は大丈夫なんかよ。いくら入りやすい大学だからってこないだの中間、赤何教科あった?」

 まるで親のような口調でそう言うと、三島さんは加賀さんを静かに見下ろす。それには加賀さんもいつもの軽口が出ないようで、ささっと私の方を見た。

「ねえ万結ちゃーん」

「え? はい」

「こら、逃げんな」

「だってー、どうやって勉強したらいいか分かんないんだもーん……康介教えてよー」

「いいけど基樹の家でな。俺ん家、今姉さんが生き生きしてるから」

「え、そうなの?」

 そういえば三島さんにはお姉さんが居たのだったか。加賀さんは三島さんのお姉さんと面識があるようで、思い出すようにやや上に視線を持っていくと、悩むように顎に手を置いている。

「そっか、キョーカ先生元気になったのかー……くそー、じゃあ頑張って部屋の片付けしとくー」

「先生?」

「ん? うん。康介のお姉さんね、ある意味先生なの」

「おい、あんまり言うなよ」

「わーかってるよー」

 確か、三島さんが以前お姉さんに対して言っていたのは「女王様」だったはずだ。その言葉の印象から強気で勝気で鞭と革が好きな人なのかなと思っていたけれど、加賀さんの発言からしてどうやら教職に就いているようだし、想像よりはうんとマイルドな人なのかもしれない。

 なんて考えていると、加賀さんが三島さんに近づき、こちらに聞こえるか聞こえないかの小声で「なんで元気になったんだよー、こないだまで死んでたじゃん」と言っている。それには三島さんも困ったように「なんか白い薔薇と白い雪の萌えがどうとか言ってた」と返して、そこからはゴニョゴニョとしていてあまり聞こえなかった。

「そういや万結ちゃんはさ、もう志望大とかあるの?」

 加賀さんの言葉を咄嗟に理解出来なくて、少しだけ間が空いた。そんな一瞬に、三島さんがすかさずフォローを入れる。

「まだ考えらんないよね、万結ちゃん」

「あ、そうなんだー。ほら、桜丘女子に通ってるから、行きたい大学あるのかと思った」

「…………大学、ですか……」

「うん?」

 少しも、考えたことはなかった。

 だけどたぶん、あと半年後にはきっと進路希望調査を取られる。分かってはいたはずなのだけど、将来の夢なんてものもないために、進路については全て曖昧なままだ。

 両親もただ「したいようにしなさい」というスタンスで見守ってくれているし、きっと私がどこに行くにも応援してくれるのだろう。

「……あの」

 チラリと二人を見ると、まるで問い返すような視線が返った。

「大学って、どう決めたら良いんですかね……」

「……どう、かー……俺は別に、近いから行くだけだからなー。学歴は大学まであった方が就職した後給料が違うし、昇進の早さも違うから、それだけ」

 高卒で就職した父さんが言ってた、とニカッと笑った加賀さんは「康介ほどしっかりした理由はないなー」なんて言うけれど、それでもそれもしっかりとした志望理由だと思う。

 就職したくなくて、就職までの時間を引き伸ばして遊びたいから、なんて人も居る中でのそれは、大学ならどこでも良いということを除けば、今の私よりはうんと考えている。

「なんか、憧れとかある?」

 三島さんの言葉にそちらを見上げると、優しい笑顔がそこにあった。

「憧れとか、それこそ基樹みたいに『給料が良いから』でも良いけど……進路なんて、案外そんなもんだよ。難しく考えてもきっと分からないし」

「…………憧れ……」

「そーだねー、桜丘女子からならどっこも有利だし、何にでもなれるよー」

 二人が左右から私の頭にまるで慰めるような優しい手つきでポンポンと手を置いた。そこで絢芽が戻ってきたから絢芽は首をかしげていたけれど、私は「なんでもないよ」と笑顔で答えておいた。

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