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青春は初恋のはじまり  作者: 長野智
■第1章
8/43

8,五回目 夕方

 




 


「ねえ、不藤さんと七々原さんてその、やっぱり、そうなの……?」

 部活に向かう絢芽の背中を見送った後、いつもは遠巻きに絢芽を見つめているグループの一つに声をかけられた。三人組のグループで、名札の色から二年生であることが分かる。

 もちろん知らない先輩だ。

「……あの……そう、とは?」

「え! いや、その、ねえ?」

「う、うん。……えっと……」

 もじもじとする先輩方は結局何が言いたいのか、どれだけ待っても言葉は来ない。

 しかし少しすると、そのうちの一人の先輩が突然、意を決したような鋭い顔つきで口を開いた。

「私たち、はっきりしたいの!」

「え、は、はい……」

「私たちは『白薔薇様と白雪様を見守る会』の役員としてそれを知っておかないといけないの! それで応援の仕方も変わってくるし!」

「――――は、い……」

 なぜか怒っている風な先輩に答えを返さなければならないのに、問われた意味が全くわからないために何を言えば良いのかが分からなくてつい口ごもる。

 異性よりは同性の方がやっぱり接しやすいけれど、こういった「先輩からの恐喝」のような行為はさすがに「異性との交流」くらいには怖い。ましてやよくわからない単語が飛び交っていて、どうすれば良いのかも分からない状態だ。

「ちょっと! そんな言い方したら白雪……じゃなかった、不藤さんが……ほら、泣いちゃう!」

「ッ……わ、私……なんてことを……!」

「お話できて興奮するのは分かるけどそこは自制出来なくちゃ! 私たちは役員なんだから!」

「そうよね! ……自分が恥ずかしい……」

「でも見て……震えているわ……」

「あら……本当……」

 うふふふふ、なんてなんだか生暖かい視線で見られては、怖くて動けそうもない。

 どうしようどうしよう、と震えていると、遠くからこちらに駆けてくる足音が聞こえた。それは後ろからで、すぐに近くにやってきたその音は、私の隣でピタリと止まる。

「万結に何かありましたか?」

 絢芽の声だ。

 安心して見上げると、泣きそうな顔に気づいたのか、険しい顔をした絢芽は私をさっと背中に隠してくれた。

「はゥ……! お揃いよ!」

「見た!? 今、白薔薇……じゃない、七々原さんが不藤さんをかばったわ!」

「生まれる……! ロマンスよ!」

 キャー! なんて素晴らしい余韻だけを残して、三人は校舎へと同時に駆け出していく。

 結局なんだったのかは分からなかったけど……小さく絢芽に「ありがとう」と言うと、絢芽も少し怖かったのか安堵した表情で首を振っていた。

「なんか大きな声が聞こえたから戻ってきたら、万結が先輩に絡まれてて驚いた。……なんだったんだろうね」

「分かんない……なんだったんだろう……」

 それじゃあ今度こそ、なんて絢芽に手を振って、少しだけ急ぎ足に駅へと向かった。
















「…………三島さん?」

 いつもの時間のいつもの車両。乗り込んだ先に居た三島さんに声をかけたのだけど、こちらを見た三島さんはとても困ったように笑って、どこか気まずそうに目を落とす。

 そして珍しく、三島さんの隣には一人の女性が居た。

「……康介、この子誰? 桜丘の子じゃん」

真奈美(まなみ)には関係ねえよ」

「関係あるじゃん!」

「ねえの。……ごめんね万結ちゃん、こいつ次で降りるから」

「ちょっと、あんた康介の何?」

 むすっとした顔で私を見たその人は、ゆるりと制服を着崩して、首元にはネックレスを下げている。長い髪は少しだけ明るく、スカートの丈も膝よりも十センチは上だ。はっきりとした、どちらかと言えば絢芽のような綺麗な顔立ちの女の子である。

「……えっと……」

「なによ。会話もできないわけ? 桜丘の女子って気取っててほんっと嫌い。あたしらのこと馬鹿にしてんでしょ」

「おい、おまえいい加減にしろよ」

「なによ! あのねえ、康介はあたしのことが好きなの。このネックレスだって康介とお揃いだし、えっちだっていっぱいしたんだから」

「やめろって!」

 今日の電車内には私たち以外に人が居ないとはいえ、あまり大きな声で言う内容ではない。

 私だって子どもじゃないんだから、意味は分かる。つまりこの人は、三島さんの恋人なのだ。

 だって、え、え、えっち……とか言ったし……。

「あ、あの、あの……私、三島さんとは……」

「あんた、康介とどこまでしたの?」

「へ!?」

「おい、本気で怒るぞ」

「康介は黙ってて! その様子じゃえっちしてないんでしょ? じゃあキスは? 手は繋いだの?」

「え、い、え、あの……えっと……」

「もうほんとおまえ黙っとけ」

 三島さんがぐいっと後ろからその人の口を塞いで、背中から抱き寄せるように押さえつけた。

 まるで自然なじゃれあいのようなその光景から、なんとなく目を逸らす。

「離して! なんなの! 康介、あたしのこと忘れられないんじゃなかったの!?」

「そもそもおまえが浮気したんだろうが」

「だって康介があたしのこと放ったらかしにするから……!」

「だからそれは謝っただろ! それに今はもう関係ねえよ」

 まだまだ続くその応酬は内容があまりにもあけすけで、聞かないようにと気づかれないように二人から離れた席に座る。だけどやっぱり三島さんは私を心配そうに見て、それでもその人が居るからかずっと口を塞いだまままるで抱き合しめるように押さえつけていた。

 そういえば、加賀さんや金好さんが何度か言っていた。二股された彼女のことが忘れられない、だったか。きっとあの人がそうなのだろう。そうなれば、恋人、という関係ではないのだろうけど、時間の問題という感じなのかもしれない。


「ちょっと逃げないでよね」

 逃げたのにそれでも追いかけてきたその人は私の正面に立つと、腰を折ってぐいっと顔を近づける。

「あ、の……?」

「ふぅん……あんたさっきから真っ赤だけど、まさか処女?」

「へ!?」

 ますます顔に熱が集中するのを感じて、動けなくなってしまった。

 そんな単語を外で聞くなんて思わなかったし、大きな声で話す内容でもないはずなのだ。それをこの人はとんでもなく平気な顔でしかも電車で――――!

「はは、あんた康介に手も出されてないんだ? ふーん? ねえ康す……」

 その人が三島さんを見上げて、言葉を途切れさせた。それがあまりにも不自然だったから私もその視線を追えば、真っ赤になって私を見ている三島さんと目が合う。

「……康介処女厨だったの!?」

「ちっげえよ! おまえほんと黙れ! でかい声でそんなこと言うなよ!」

「なによホントのことじゃない! あたしが処女じゃないからってこの女に移る気なんでしょ!」

「いやまじで! 万結ちゃん下ネタ無理なんだって!」

 ガタン、と微かに揺れて、電車が止まった。駅に着いたのだと気づいた三島さんがいち早く動いてその人の背中を押すと、まだ何かを言っているその人をそのまま電車から追い出す。

 やがて電車の扉が閉まると、沈黙が落ちた。

 ゆっくりと機械音がして同じようにゆっくりと電車が動き出すと、ハッとした三島さんが私の隣にいつものように座る。

「ごめん万結ちゃん、ほんと……失礼なことばっかだったね……」

 力なくそう言うと、三島さんは「あっつ」と小さく言いながらパタパタと手で顔を扇いでいる。まだ寒さは残っているのに、確かにこの車両内は熱気がすごい気がした。

「いえ……その……私も、あの人に勘違いさせてしまったみたいで……」

「え?」

「あ、あの、あの人のこと、好きなんですよね……?」

「は!?」

 想像以上に食いついてきた三島さんは、すぐに小刻みに首を振った。

「いや、ナイナイ。ほんっとにナイ。あいつはもう完全に過去です」

「……でも、加賀さんや金好さんが、三島さんは二股された彼女を忘れられないって」

「違うから。あれはただ、真っ最中の現場に遭遇して落ち込んでたのを周囲が面白おかしく脚色しただけだから……!」

「……真っ最中……?」

 どうやらその「真っ最中」の場面に遭遇して、三島さんは落ち込んでいたらしいのだけど、主語がなかったためによく分からなかった。しかしそこを教えてくれる気はないのか、三島さんは「なんでもない……」と私から軽く顔を逸らす。

「あ、でも……素敵な方でしたね。あの……綺麗で、ハキハキしていて……」

「いやー、ああいうのはどうなんだろ……」

「私はあんな風に堂々とできないので、憧れます」

「真似しなくていいからね? 絶対真似しないで、万結ちゃんは今のままで充分素敵だから」

「……そうですかね……せめて、こう、ああいう話題でも恥ずかしがらないくらいにはなりたいです」

「いや、恥ずかしがっていいから。むしろその方がいいから」

 はあー、と疲れた息を吐いて、三島さんがぽそっと「今日がラストなのに」と呟いた。

 それに、何がだろう、とそちらを見ると、私の視線に気づいた三島さんがむっとした目で視線を返す。

「今日が一緒に帰れる最後でしょ。……寂しいって言ってくれたのに」

 少しだけ赤くなったのを誤魔化すように、三島さんは一度眼鏡を取ってそれを服でゴシゴシと拭うと、再び耳にかける。

 私もなんだか釣られるように恥ずかしくなってきて、三島さんからパッと目を逸らした。

「……それは、その……」

「朝はちゃんと声かけてね。いつもの車両に居るから」

「は、はい」

「はあー……放学がなけりゃなあ……」

「……そういえば、どこの大学に行かれるんですか?」

「ああ、隣の県の、桐島国際大学」

「え! 汐田商業からですか!?」

 勢いで言ってしまってから、失言だったと口を押さえた。しかし三島さんは気にしていないのか、はは、と力なく笑っただけだ。

「だよね、先生にもそう言われた。そんだけランク上の大学目指したかったんなら、入学する高校が違うって」

 だけど。

 そう続けたために、私も静かに頷くに留める。

「多少無理してでもさ、グローバルなこと学びたいって思って。日本はどうしても島国だからさ、閉鎖的で、独特の国民性がある。だからこそ、海外の文化とか宗教とか考え方とか、そういのを自分自身に取り入れて視野の広い人間になって、この国でそれを活かしたい」

 そう言う三島さんはとても凛々しい横顔をしていて、縫い止められたように動けなくなった。

 三島さんは、優しくて、気遣い屋さんで、余裕があって、大人なだけじゃなく、どうやら格好いい人でもあるらしい。目標を持って現実的に頑張っている、しっかりとした信念を持った人。

(……あの人は、どうして浮気なんてしたんだろう)

 こんなにも素敵な人と恋人であれたのに。

 なんて。

 そんなことを考えてなんだか恥ずかしくなったために、小さく「応援してます」とだけ返すのが精一杯だった。

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