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青春は初恋のはじまり  作者: 長野智
■第1章
7/43

7,五回目 朝




 


 いつものように駅前について、絢芽に声を掛けようと小走りになったのまでは変わりなかった。

 しかし、私に気づいた絢芽が先にこちらに駆け出してきて、すぐに私の両手を握ってきたかと思えばぎゅっと眉を悲しげに下げた。これは想像以上の何かがあったということだ。

「おはよう絢芽、え、なに、どうしたの?」

「おはよう万結。やっぱり勘違いじゃなかったの!」

「え、え? どういうこと?」

「やっぱりつけられてたの! 昨日金好さんと一緒に帰って、家まで送ってくれた金好さんが、ずっとついてきてたその人捕まえてくれてね」

 怖かったー、と弱々しい声を出した絢芽に、いつものような強気な様子はない。

 その時のことを思い出しただけでも怖いのか手がまだ震えているし、何より私にすぐに走ってきたことから、誰かに縋りたくてたまらなかったのだろう。その時に一緒に居た金好さんは男の人でもちろん縋るなんて出来なくて、かと言って女手一つで育ててくれたお母さんにも心配かけたくなくてきっと相談なんてできず、もう家を出ているお姉さんたちに頼ることも出来ないまま。

 絢芽だって、強気だけど女の子なのだ。

「ね、絢芽。今日は手を繋いで学校行こう」

「……いいの?」

「うん! 私が不安な時はいつも絢芽が手を握っててくれたもん。いっつも何も返せなかったんだから、出来る時には私だってそうしたい」

「ありがとう……心強い……」

 嬉しそうにそう言って、さすがに改札で手を繋いだままは出来なかったけど、それからはずっと二人でぺったりとくっついていた。

 するとしばらくすれば安心してきたのか、絢芽は顔色も良くなってきて、電車が着く頃にはすっかりいつも通りに朗らかな笑顔が戻った。絢芽は美人だからどんな表情でも綺麗なのだけど、やっぱり笑顔が一番なのだ。


「おっはよー、二人と……も?」

 いつものように手を振ってくれた加賀さんは、私たちを見て、そして視線が繋がれている手に落ちてすぐにことりと首を傾げている。

「おはようございます、加賀さん。これはその……仲良しなんです。ね、絢芽」

「うん。そう。……おはようございます……」

 そう言って気まずそうに金好さんを見上げた絢芽は、微かに頭を下げる。そうして、いったい何があったのか、絢芽は金好さんの視線から逃れるように、恥ずかしそうに顔を伏せた。

「女の子同士、仲が良いのはいいことだよね」

 気にも留めていないのか、金好さんはにこりと笑う。

「今日の帰りも連絡してね。また家まで送るから」

「……いえ、いいです。その……」

「でも昨日みたいなことがあるかもしれないから。ね?」

 会話をしながらも金好さんが絢芽を少し離れたところにさりげなく連れて行ったため、繋がれていた手は離れたのだけど――――絢芽の表情が最初よりうんと良くなっていたから、それを引き止めることはやめた。

 きっと、私にとっての三島さんみたいに、絢芽にとっても金好さんは「大丈夫な異性」なのだろう。

「ねー万結ちゃん、まだ隼斗のこと『彼女五人居るのに』って思うー?」

「え? 金好さんのことですか?」

「そ。昨日の朝言ってたでしょ?」

「……そう、ですね……やっぱりまだ、よく分からない、怖そうな人だとは思いますけど……」

「あれねー、俺の勘違いだったみたいなのね」

「……勘違い?」

 ごめんごめん、と苦笑する加賀さんはすぐに「そうなの」と話を続ける。

「隼斗、もう彼女居ないんだってさー」

「はあ……でも最初からその、恋人という彼女は居ないんですよね? ただその……そういった行為をするお相手は居る、」

「あああー違う違う違うの。それも、居ないんだって。そりゃ前は居たけど、今はいないって」

 それがいったい何か――――? と、答えを求めるように、挨拶以降ずっと見守るように立っている三島さんを見上げれば、私に気づいて眉を下げる。

「つまり、隼斗は今誠実に、絢芽ちゃんに接してるってことだよ」

「……そう……ですか……」

 だからそれがどういう意味かが分からないのだけど、どうにも二人はそれを教えてくれそうにはなかった。しかし「誠実に接している」ということは、きっと悪いようにはならないのだろう。

「ところでー、結局康介は放学受けるの?」

「受けるよ。それについては昨日万結ちゃんに話した」

「え! 受けるんだ! じゃあ万結ちゃん一人で帰るのー……?」

「いえ! その、口うるさい弟が……」

「万結ちゃん弟居るの!? ……その、やっぱり似てる?」

 何故か興味ありそうな目で三島さんからも見られているけれど――――どうだったかなと、理久の顔を思い出す。


 似ている、と言われたことはある気がする。ご近所さんは特にそう言うけれど、小さな頃から私たちを知っているからという可能性も否めない。私がまだ小学校の頃にはとても似ていると言われていたし、その名残で言っている可能性が高いのだ。

 だけど、たまに来る理久の友達と偶然会った時にも「似ている」という言葉が聞こえたこともあったし、初対面の人がそう言うのなら、そうなのだろうか。いやでも、理久は中学に入ってから身長が伸び始めて、すでに私よりも背は高くなってしまったし――――そうなれば似ていない、気もしてくる。

「……似ていると言われたり、似ていないような気がしたり……」

「あー……大丈夫かな? 万結ちゃんが二人みたいな感じになるんだよね?」

「それはその、弟は実は柔道をやってまして……私よりも頼りになるのでそのあたりは……」

「……頑張ったなあ、弟さん……」

 何故か感動した様子の三島さんに、私も加賀さんも置いてけぼりである。

 それにしても。

 今日が金曜日だから、来週の放課後から理久との下校が始まるということだ。今日の理久は「中三だし部活やめてくる」と意気込んでいたから、きっと先生や後輩に引き止められたりなんやかんやで来れないだろう。それでも、休日が明けたらあの理久と下校なんて憂鬱でしかない。

「……あれー? どしたの万結ちゃん、酔った?」

「い、いえ……その……」

 大丈夫? と上から優しい音が降ってきて、答えるようにそのまま三島さんを見上げる。

 三島さんは気負わなくて良いし、気を遣わなかったからとても楽だった。何を言っても気さくに笑ってくれて、たまにおかしな挙動をする時もあるけど、それでもそれさえも楽しかったのだ。

 それが来週から、理久との憂鬱な時間に変わる、なんて。

「……三島さんと帰れないの、寂しいなと思って……」

 そもそも、来てくれるのが理久でなければ別にここまで嫌ではない。

 意地悪だし変に頑固で言うことを聞かないし、何をするにも何を言うにもいつもいつもトゲのあることばかり。いっそどうしてなのか言ってくれれば良いのに、それさえもしてくれないのだから陰険だ。

 なんて思い出していた最中、二人が動かないことにやっと気が付いた。


「…………な、なんですか……?」

 よくよく見れば、加賀さんが眉を下げて、何かをこらえるように両手で口元を隠していた。笑っている様子でもなく、ただ小さく「分かるけど耐えろよ」と三島さんに語りかけている。

「な、なんです……? あの……?」

 三島さんを見上げると、顔を隠すように手で押さえており、しかし私が見上げたことに気づいたのかふいと顔を逸らされた。

「大丈夫! 今の康介は元気になっただけだからね。万結ちゃんのおかげだよー」

「そうですか……?」

「そうそう。だけどそうだよねー。寂しいよねー。あ! ここは一つ、休日にお出かけとかしてみたらどうかな?」

「おまえ……!」

 私よりも先に反応した三島さんは勢いのまま加賀さんの肩を軽く掴んだけれどそれだけだったようで、その後ろに言葉が続かない。

 嫌がられているのかもそうでないのかも分からないけれど、

「だけど私、校則があるので……男の人と出かけるのは……」

「大丈夫大丈夫! 私服ならバレないって」

「いえでも、怖いですし」

「……むー」

「こら基樹、無理言うなよ」

「なんだよー」

 唇をつんと尖らせた加賀さんは「押し弱いなー」と三島さんに言うと、すぐに三島さんに頬をつねられて伸ばされるという反撃を受ける。そんな子どものようなことをする三島さんはなんだか新鮮で、その発見に少しだけ嬉しくなりながらも二人の攻防を見守っていた。

「次だよ、万結」

 いつの間に戻ってきていたのか、絢芽が隣に居る。そしてなんてことないように手を握られて「学校までいいんだよね?」と笑ってくれたから、それにも嬉しくなって笑顔で頷いた。

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