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第4話

 




「……万結、大丈夫?」


 絢芽が陸上部の部室に向かう道中、途中までは方向が同じであるため、そこまでは二人で並んで歩き、別れ間際に不安そうに確認された。

 昨日のことを言われているのだということは理解したけど、今日は三島さんも居てくれるのだ。


「大丈夫だよ。……私より絢芽の方が心配。絢芽、金好さんと一緒に帰ればいいのに……」

「だってあの人、彼女が五人も居る人だよ? なんか怖そうじゃん……」

「確かにそうだけど……」

「万結は大丈夫なの? 三島さん」

「あ、うん。……なんか三島さんて、雰囲気が合うのかな? 優しそうだし、加賀さんとか金好さんとかよりは全然大丈夫」


 なら良いけど――――と、まだ少し不安そうに呟くと「じゃあね」と絢芽は陸上部の部室に走って行く。

 その背中に「また明日ね」なんて手を振れば、わざわざ振り返って手を振り返してくれた。


 ちなみに。

 絢芽の周囲を見れば、ヒソヒソと、いくつかのグループになっている女の子たちが絢芽を目で追いかけて何かを話し合っていた。

 その目はなんだか潤んでいるようにも見えて、やっぱりクラスメイトが言っていたことは本当なんだなと妙に納得する。



 クラスメイト曰く――――絢芽はモテる、らしい。



 ここは女の園。女の子しかおらず、男子禁制であり恋愛も禁止、ともなれば、同じ学園内で「そういった対象」を探すのは自然の流れなのかもしれない。確かに絢芽は美人で身長も高くて性格もさっぱりしているけど、それでも私たちはまだ入学して一週間だ。なのにどうして、絢芽を見ているグループのほとんどが上級生なのか。


 ……いや、深くは考えないでおこう……。

 絢芽が消えた方向から目を逸らし、三島さんを待たせないようにと私は駅へと小走りに向かった。






「あ、万結ちゃん、こっち」


 連絡のあった二車両目に乗れば、一個前の駅から乗っている三島さんがすでに座っていた。それを確認して歩み寄ると、三島さんはむっとした顔で私の後ろを睨みつけている。

 また何か居ただろうかと振り返ったけれど、誰も居ない様子だ。


「……あの、三島さん……?」

「いや……うーん。なんだろ、万結ちゃんは今までどうやって生きてきたんだろうね」

「え? 何かありました?」

「だよね、気づいてないよね。……さっき俺が声かけるまで、後ろからずっと見られてたの気づいてなかったね」


 え、と思ってホームを見ても、すでに扉の閉められたその先はよく見えなくて、それでなくても誰も居ない。


「すごいよねそこまで純粋培養って……」

「……でも私、後ろに目なんてついてませんし……」

「いやうん、ごめん、そうだよね、分かるよ。言いたいことすっごい分かる」


 なんて言いながらも体を丸めて、まるで机で寝ている体勢のように膝に顔を伏せている。

 空気的に、何か気に障ることを言ったようではないのだろうけど……後ろに気づけ、なんて誰にもできることではないのだからきっと私は悪くないはずだ。


「今まで電車に乗るときは一人だったの?」

「……いえ、友人と一緒に」

「あー、なるほど。それ以外は?」

「えっと、一人での時は……わりとどこに行くにも、弟がついてきます」


 お前が一人で歩くとか迷惑、とかいうよく分からない理由をつけて、どんなに逃げ出しても無理やりにでもついてくるのだ。そういう時の弟はどんなに言っても絶対に引かないと分かっているから諦めて一緒に歩くのだけど、見てくんなようざいな、とか、ほんっと信じらんねえブスだな、とかしか言わないから、出来れば本当について来てほしくはない。


 そう言えば、なんて、口うるさい弟を思い出して、その流れで思いつく。


 弟――――理久には、変なおじさんに会った話をしていない。もしもこれがバレたら「おまえみたいなブスが勘違いすんな」とか言われるのだろうし、これ以上罵られないためにも、何があっても理久だけにはバレないようにしなければ。


「はー……偉いなあ、弟さん」

「え、偉い?」

「うん。ああ、気づいてないから、そっか……」

「お、弟は……その、私にすごく意地悪なんです。毎日毎日ブスとかデブとか言ってきますし、小さな頃から私の物をとったり、髪を引っ張ったり……だから別に、偉くなんか……」


 今だってそれは変わらない。

 せっかくセットした髪もぐちゃぐちゃにして「似合わないからやめろ」とか、長い時間をかけて選んだ服も「丈短すぎだろ気持ち悪」と一刀両断してくる。肯定してくれたことなんか一度もないのだ。


「なるほど。だいたい分かった。あと、万結ちゃんは全然ブスでもデブでもないから大丈夫だよ」

「…………いいです、気を遣わなくて」

「いやほんとに。どう見たって真逆だから。自信持って」


 疑うように三島さんを見ると、伏せた体勢から復帰したのか、座席に深くもたれる体勢でこちらを見ていた。その瞳には特に理久のような意地悪な色もなくて、なんだか拍子抜けである。


「……そんなこと言うの三島さんだけです」

「え、まじ? 誰も何も言わないの?」

「……はい。そもそも私男の人のお友達いませんし、女の子だって、絢芽と、あと二人しか仲良くしてなくて……」

「うわー、まじか。だからそんな……なるほどねー」

「なんですか?」

「なんでもないよ、大丈夫」


 両手で顔を隠してしまった三島さんは、しばらくして「よし」と手を戻す。


「……えーっと……そうだな……」

「え、あ、はい」

「いや、ごめん。俺さあ、女の子楽しませるとか分かんなくて……」


 苦笑気味の横顔は少しだけ赤くて、本当に恥じているのだとそれだけで分かった。

 だけど、なんだかその言葉に違和感を感じる。何が変なんだろう、と少しだけ考えて、ああそうかと思いつくままに口を開く。


「私を楽しませる必要はないのでは?」

「ん?」

「その……今この場では私が三島さんのご厚意に甘えている立場にあって、むしろ私が三島さんを楽しませなければならないというか……別に三島さんが気を遣う場面ではない、と思うのですが」


 だって、ただ三島さんが「心配だから」と一緒に帰ってくれているだけなのだ。

 私が気を遣うならまだしも、三島さんがそうするのは絶対に違う。


「……ああ、そっか。じゃあいいのか」

「はい。それに私、今つまらないなんて思ってません。大丈夫です」

「……そっか」

「はい」


 私の返事に、またしても「そっか」と呟いた三島さんは微かに笑って、もう一度、だけど今度は「そうだよな」と小さく言う。

 未だにどういう人なのかは分からないけど、心配だから一緒に帰るなんて面倒くさいことを申し出てくれるのだから、きっと良い人で間違いはない。今だって、面倒そうな雰囲気は微塵も出さず、ただ私を楽しませてくれようとしていたのだ。

 そこまでになると、もはやお人好しなのかもしれない。


「三島さんは、ご兄弟とかいらっしゃるんですか?」

「え、俺……? えっと、うん。姉が一人」

「ああ、だから女性の扱いに慣れてるんですね」

「え!?」


 何故か焦ったようにバッと振り向いた三島さんは、固い表情のままで数度首を振る。


「慣れてない慣れてない。隼斗ならまだしも、俺一番慣れてないから」

「あ、その、変な意味じゃなく……ほら、口調とか、私と話す時は優しくしてくれてますし、金好さんとか加賀さんが強引な時、いつも止めてくれてましたし。そういう、小さなところが、なんというか……」

「そういう意味か……姉って生き物は怖いもんでね……全部仕込まれるんだよね」

「仕込み……」

「そう。女王様だからほんとに」


 三島さんの苦々しい表情から、よほどそのお姉さんが「女王様」なのだと分かる。

 そこでふと気がついた。

 理久から見れば、私は姉だ。姉という生き物が怖い、のであればつまり、理久の目に私は「女王様」に見えていて、もしかしたらそれが嫌でたくさん意地悪をしてくるのではないだろうか。


 いつもいつも理久が意地悪だと思っていたけど、私が無意識のうちに何かをしていて、それの反撃を食らっているだけ……?


「その……お姉さんは三島さんに、例えばどのようなことをされたのでしょうか」

「姉に? んー、例えば、歩くときは絶対に車道側歩けとか、荷物は絶対に私には持たせるなとか、つまらないから何かして楽しませろとか」

「……なるほど……」


 だけど理久はいつでも自然と車道側を歩いているし、荷物も「とろくせえんだから」とか言いながらも持ってくれる。別に理久と居て楽しいと思ったこともなければ楽しくないと思ったこともないし、無言でも、というよりもむしろ無言である方が楽だったから会話を急かした記憶はない。

 ――――ならこの線は違うということか。


「あとは、絶対に優しくしろって。……絶対に、って百パーセントの確率で頭に付けるんだよなあうちの姉」

「…………優しくしろ……ですか……」

「え、なに、なに考えてる?」

「いえ、私が女王様だから弟が私に意地悪なのかなと……ですがどう考えても、車道側を歩くのも荷物を持つのも全て自発的に弟がやってくれますし、無言でも気を遣えなんて言ったことはなくて……でも、もっと優しくしてっていうのは、そういえば言ったことあるかもしれないと思って……それが原因ですかね」

「いやーもうほんとにブレないよね万結ちゃん」

「え?」


 ちなみに、優しくして、の返事はなんだったの? と聞かれて、どうだったかと思い出す。


 私がまだ中学二年の頃だった。リビングで、帰り際に隣のクラスの男の子からもらった手紙を読んでいたら、そんなもん捨てろ、とそれを理久に奪われた。そして矢継ぎ早に「ブスなんだから」とか「思い上がるなよ」とか言われて、すごく嫌で「どうして優しくしてくれないの! もっと優しくしてよ!」と涙ながらに訴えたのだ。あれが初めての私からの反抗で、理久も驚いたように一瞬固まった。

 そして、


「ブスの泣き顔なんか見てられるか、って、泣きながら出て行きましたけど……」


 思い出したままに伝えると、三島さんはまたしても大きな手で顔を覆い、そして今度は足をじたじたと動かす。何かを我慢するような動きにも見えるけど、何か理久について分かったのだろうか。


「あの……?」

「うん、うん、大丈夫。多分ね、弟さんは困っちゃったんだろうね、万結ちゃんが泣いたから。うん。でも嫌われてはないから安心していいと思う」

「そうですかね……」

「そうそう。あと万結ちゃんは、女王様じゃなくて、どちらかといえばお姫様だから安心してね」


 女王様でなくお姫様だから、弟には嫌われていないんですかね。

 私がそう聞くと、三島さんは優しく笑って頷いた後「だってお姫様は守られる人でしょ」とおかしそうに眉を下げた。

  

 

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